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クリスマス短編 城野の場合(アンティーク姫)

「ヒメ」


 洗濯物をたたみながらテレビを見ていた少女へ城野は声を掛けた。

 この同居生活も早いもので十カ月かそのぐらいが経過している。

 すべての悪を凝縮させたような組織『鬼』が壊滅したのも同じころだ。いや、まったく同時期なのだが。

 様々な隠し事をして、血の繋がらない妹だと偽って、十カ月。


 最初は家事はおろか洗濯機の使い方すらおぼつかなかったのに今は勝手に動かすほどに成長した。

 教えた通りに丁寧にタオルをたたんでいた少女は無表情のままに城野の方を向いた。

 怒っているのではない。これがデフォルトなのだ。


 感情の起伏が非常に平坦で、表情もめったに変わらない。加えて口数も乏しい。

 何が楽しいのか、何が不愉快なのか。ほぼ毎日過ごしていても理解できないところが多い。

 だから、


「クリスマス、何が欲しい」


 この問いに対しても特に反応がないのも予想していた。


「……」


 彼女は首を傾げた。

 これも予想通りだ。知らないという可能性も考えながら城野はもう一度繰り返す。


「クリスマスだよ。まあ、別に…」


 聞いてみただけだから。そう言おうとして、姫香の次の言葉にさえぎられた。


「私、いいこ、じゃないから」

「は?」

「だから、サンタ、来ない」



 翌日、である。

 椎名百子は笑いがこらえないといったように居酒屋のカウンターテーブルにつっぷしていた。

 小刻みに肩が震えている。

 城野はむすっとした顔で酒を口に運ぶ。


「で、あたしに…ふっ…おもちゃ屋の…カタログ集めを手伝わせたのね…」

「…悪いかよ」

「ふぐッ…べ、べつに悪いことは無いけど…えっ、なに、サンタにでもなるの?」

「なんねーよ。プレゼント渡すだけだ」

「どうやって?」

「寝ている間に枕もとに置く」

「サンタッ…! 圧倒的サンタじゃん…っ! もうだめ、死ぬ…!」


 とりあえずメニュー表でその頭を一発叩くと深いため息をついた。

 城野はなんだかんだで百子について来てもらわないとおもちゃ屋に入れなかったのだ。気恥ずかしいのもあるが、見た目が厳つすぎて前に一度事情聴取を受けたことがある。

 そのため、外見は清楚な女性である百子を連れていけば周りは勝手に解釈してくれるので楽だった。

 カタログの想定している対象年齢はせいぜい中学生まで。見た目年齢で高校生ぐらいのあの少女には子供っぽく映ってしまうだろうかと少し懸念した。

 だが城野には女子の欲しいプレゼントなんてわからないのだ。隣にいる百子は見た目は女子だが中身はれっきとした男だ。


「いいこじゃないって誰に言われたんだろうなぁ…」

「うーん、親じゃないかなあ。学校の友達に言われたぐらいで揺らぐかな」


 そもそも学校に行っていたのかも謎だ。文字の読み書きは出来るが、文法が壊滅的に酷い。

 親は――と想像し、『鬼』の顔が浮かんだ。

 姫香むすめを畏怖していた男。あれならば、なにか否定的なことを面と向かって言ってもおかしくはない。


「しかし鼻で笑うタイプだと思ってたんだけどな。意外に子供っぽいところがあるなんて知らなかった」

「そうだね。大人のような雰囲気の時もありながら、子供みたいにはしゃぐこともあるし」

「はしゃぐのか」

「はしゃぐよ。お化粧とかしてあげるとちょっとだけ」

「知らなかった」


 確かに好みの料理を出してやると少し口数は増える気もするが。

 ただ、増えると言っても一言二言程度の差なのでよく意識しないと分からないことも多い。


「とりあえずそれを見せてなかったらまた考えようとおもう」

「でもさ」

「うん?」

「仮に…ふっ、仮にだけどさ…」


 百子はまた震え出した。

 マナーモード並に。


「妹か弟が欲しいって言われたらどうすんの…?」

「んぶっ……」


 さすがにこれには笑わざるを得ない。

 実際に本当にそういうことをねがう子供がいるか、それ自体が都市伝説のような気もするが。

 というか酒が入っているためテンションの上りが容易すぎた。


「ど、どうし…くそっ…それはねえだろ…」

「おにいちゃん、わたし、いもうとかおとうとがほしいな!」

「ぶふっ…やめろ…裏声マジやめろ…」

「く…そういう場合どうすんの…?」

「おまっ…ふ…俺の親とかもう無理だろ…」

「じゃあ…ふふっ…あたしたちの出番かな…!?」

「ぶは! やめろ! 聖夜の奇跡どころじゃねえよ、ひぃ、苦しいんだけど」 


 ひとしきり笑った後に、ふたりは真顔で水を飲んだ。


「馬鹿だな」

「だね」


 酔いが回るのも早いが、酔いがさめるのも早かった。



 家に戻り、彼は就寝の準備をしていた義妹にカタログを渡す。

 カラフルでごちゃごちゃとした紙面は最初は見づらかったようだが、次第に見慣れてきたようでページをめくる速度が速くなった。


「これ、いい」

「スノードームか」


 液体で満たされた容器をひっくり返すとキラキラとしたものが落ちるあれだ。

 値段もそんなに高くない。

 じゃあ今度買いに行くから、と言おうとしたときほんのりと頬を染めて姫香はつぶやく。


「きてくれるかな。サンタ」

「……」


 そこまで楽しみにしている存在だとは思わなかった。

 髪をわしゃわしゃと撫でてやりながら城野は「来るだろ」とだけ言った。

 そして自室に行く姫香を見送った後にベランダに出て煙草を吸い、百子に電話をかける。


『はいはい、どうしたの』

「俺たちは馬鹿だ…」

『え、うん、馬鹿なのは今更なんじゃない…?』





悪ノリをしやすい二人

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