騎士と少女(仮)
少女は絶望していた。
牢屋の中でただ命が尽きるのを待つだけだ。
魔法で栄えた国の面影はどこにもない。
たった一つの病によって国が滅んだのだ。
疑心暗鬼が続き、魔法使いが病の原因と判断され国中の魔法使いは狩られた。
ここに囚われている黒のローブに包まれた少女もその被害を受けた一人である。
しかし、魔法使いを根絶やしにしても病を治ることはなく治療法も見つかることはなかった。
人を蝕む病は次第に国を飲み込んでいった。
病にかかった人の肌は爛れ、精神を崩壊させていき屍鬼として他の人々に襲いかかかった。
少女は力のない目で牢屋の外を見る。
屍鬼が近づいてきている。ここも時期に奴らに荒らされるであろう。
抵抗はしない。生き残れたとしても何もないのだから。
奴らが近づいてくる音がする。そっと目を閉じ死を待った。
だが死は一向にこなかった。
むしろ死は遠ざかっていった。
目を開けてみる。
一人の騎士が目の前で元看守だった屍鬼を斬り殺していた。
顔は見えない。騎士鎧に包まれた体は屈強な男を連想させる。
「生き残りか?」
少女に問いかける。
何も言わない。言えなかった。
牢屋に入れられてから声なんてほとんど出したことはなかったからだ。
騎士は辺りを見渡した後、元看守だった屍鬼から囚人の鍵を奪い取り牢屋の鍵を開けた。
「くるか?」
手を差し伸べられる。
死を待っていた少女はそっと手を握る。
手の温もりが伝わる。
死からほど遠い温もりに少女は涙を流した。
――騎士と少女は囚人が収容されていた建物を出る。道中には斬り殺された屍鬼が何人も切り殺されていた。
数年ぶりに出てきた外は霧に包まれていた。
湿った空気を肌で感じながら騎士についていく。
「なぜ……助けたのですか?」
騎士は振り返る。
「占い師のババアに言われただけだ」
暗い表情をしている少女に向かって言った。
「ババアに言われたんだ。この国に囚われている魔法使いが重要なのだと。助けて来いとおつかいさ。魔法使い狩りの件は俺も知ってるが生き残りがいるとは思わなかったが……」
その後ため息をつくように言葉を吐いた。
「しかし、まさか子供だとはな」
少女は少しだけムっとした。たしかに子供だがそれなりも魔法は使える。
その辺の魔法使いよりは自信はあった。
「屍鬼なら、なんとか倒せます……」
力のない声で返事をする。
「……その時は頼むかもな」
他愛のない返事で騎士は返した後
「このままこの町を脱出する」
力強い言葉を口にした。
騎士と少女は歩き出した。
囚われてた建物から出て城下町に向かうと何人もの屍鬼と遭遇した。
騎士は剣と盾を構え、屍鬼と対峙する。
少女はその後ろで構える。
杖はなくとも手のひらから魔法は出せるからだ。
屍鬼は走りながら向かい、爛れた腕でこちらを殴ってくる。
無論それだけなら問題はない。だが人としてリミッターが外れた彼らの力は常人よりも強い。
油断すればあっという間に倒され命を亡くすことになる。
複数で襲ってくる屍鬼に対し、冷静に騎士が盾で受け流す。
盾で受け流した後、首や胴体を斬り屍鬼を戦闘不能にしていく。
首を斬り、胴体から離しても奴らは動いてくる。
だが腱を切断し動かなくすれば問題はない。
流れるような動きで駆逐していった。
だが、建物の影から近づいてくる屍鬼には気がつかなかった。
騎士の背後を取り、襲い掛かる。
「――火球」
騎士が気がついて後ろを向くと火に包まれ悶え苦しむ屍鬼と震えた少女がいた。
火魔法を受けた屍鬼は焼けた匂いを振りまきつつ動かなくなった。
あらかた排除して安全を確保した後、騎士は震える少女に近づいた。
「さっきはありがとな」
少女の頭をなでる。ごつごつとした感触は少女を安心させた。
城下町に入ると鎧と剣を纏っている屍鬼が何人もいた。
この町の兵士だろう。人々を守る兵士が生き残りを襲うとは皮肉な話だ。
だが騎士はひるまなかった。
死を恐れない動きは奴らを瞬く間に倒した。
重装備の兵士もいただろう。だが正面から戦わず蹴り飛ばし、時には盾打撃をしつつ相手を転倒させ止めをさした。
――非常に戦いなれている。少女の目でもそう思うほどだった。
死を恐れない行動は少女を勇気付けた。
少女も援護をする。死角に入り込もうとする屍鬼を騎士を巻き込まないよう火魔法で燃やした。
倒してまだ動く奴も燃やし止めをさしていった。
「……何かくる」
町の出口へ進んでいく中、異変を感じた騎士が歩むのをやめ身構えた。
大きな音が近づいてくる。何かに釣られるように。
建物の横からそれはでてきた。
3mもある巨体。脂肪によりぶよぶよとした体をしているが不気味な雰囲気を出している。
何かを察したのかこちらを振り向く。
「巨鬼か」
騎士は呟きながら少女を守るよう前に出る。
巨鬼は何かを嗅ぐような仕草をした後にやけた顔でこちらを確認した。
不快感を与えるような笑いに少女は萎縮してしまった。
騎士は後ろを振り向く。そこには怯える少女のほかに燃えカスになった屍鬼があった。
「なるほど、匂いに釣られたってことか」
肉の焦げる匂いは巨鬼にとっては空腹を誘う匂いだ。
そこに釣られてみれば新鮮な肉が二つもある。
最近は腐った肉しか食ってない。今日は運がいい。
そんなことを想像しているのが顔からにじみ出ていた。
「お前は隠れていろ。奴の気を引く」
騎士は少女に伝えた。恐らく少女の『火球』ごときでは簡単に対処できない相手だからだ。
騎士の目的は少女の生存だ。巨鬼の注意を引き町からの脱出させる。
奴の脂肪のせいで剣が通りにくいことも知っている。長期戦になると考えた。
一緒に戦うことも考えたが少女は怯えている。恐怖に怯える足では満足に動くこともできないだろう。
残念だが今回に限っては相手が悪い。守りきる自信がない。
となれば、少女の命が最優先だ。町の出口も目と鼻の先だ。
屍鬼は粗方倒した後だ。一人や二人対処できるのなら現状これが一番であろう。
この考えを少女に手短に伝える。
少女も理解してくれたようだ。
そうこうしてるうちに我慢できなくなったのが巨鬼が迫ってくる。
一歩が大きいのか、その身に合わずこちらに近づくのが早い感じがする。
一撃で吹っ飛ばされるなら防御に意味はない。
騎士は盾を捨て、両手に剣を握りながら少女を庇うように前に出る。
巨鬼は走りながら巨木のような腕を振るってくる。
騎士は寸前で攻撃を避け、腹に斬撃を与える。
やはり、体にまとわりつく脂肪により思った以上に斬ることができない。
痛みもほとんど感じないのだろう。巨鬼は無鉄砲に腕を振り回す。
一撃当たれば終わり。人が蜘蛛を潰すかのような、そんな感じだ。
しかし当たらない。宙に舞う羽のようにすり抜ける。
イラつきが騎士にも伝わる。ここまで計画通りだ。
攻撃をかわしつつ奴を斬る。どうせ頭まで脂肪が回っているのだ。少女のほうにはしばらく向かない。
騎士は戦い方を変えた。適当に斬るのではなく次は急所だ。
心臓は分厚い脂肪と皮膚によって狙いにくい。ならば脂肪も皮膚も薄い首だ。
首を何回も斬り、脂肪をある程度削ぎ落とし斬り飛ばせばいい。
正面にいる巨鬼の攻撃をすり抜け、膝の部分を力いっぱい斬り裂きその場で膝を付かせた。
すぐさま背中に乗る。後ろから思いっきり首の後ろを突き刺す。剣の半分近くまで指したが当然脂肪によって奥までは届かない。
だがそれだけでも奴を動きを鈍らせることができる。後一回か二回刺せば致命傷になるだろう。
ここまでは順調だった。
「――!?」
突如、巨鬼が立ち上がる。振りほどくのか、それとも腕をこちらに回してくるのか。
騎士は身構えたが、どちらとも違った。
巨鬼はその場から後ろにいる騎士を潰すかのように仰向けに倒れた。
一歩間違えれば剣の柄が地面を刺し首を貫通させるかもしれない。
だが蓄えられた脂肪によってまだ致命傷とは言いにくい。
自滅覚悟ではないのだろう。このままでは倒れた衝撃で剣が折れる可能性もある。
戦いの中、剣を奪われるのは非常にまずい。
反射的に剣を抜いた騎士だが離脱が間に合わず、そのまま巨体に潰された。
鎧を通して重さが伝わる。
ベキベキと嫌な音が響く。
主に体の中心を潰された感じだ。
鎧が粉々に砕かれる。
巨鬼が立ち上がりこちらを見てくる。
醜い顔が勝ち誇ったような形になる。
腕を振り上げ、次の一撃で止めを刺す。そんな感じだ。
「――火球!」
横から顔に目掛けて火の玉が飛ぶ。
悶え苦しむ巨鬼
騎士は魔法が飛んできた先を見る。
少女が建物の影から魔法を放っていた。
巨鬼の姿に怯えているが、騎士を助けるために勇気を出して立ち向かっていた。
だが距離が離れていた。おまけに霧も降っている。
急所に傷ができているが一撃で倒すほど火力はなくなっていった。
巨鬼が少女に振り向く。
その目は怒りを宿していた。
イラつかせた獲物の止めを邪魔される。
これほど不快なことはないだろう。
標的が変わった。
死にかけている男は放っておいてよいだろう。
幼い子供を食い殺す。
そう語るように振り向いた。
恐らく巨鬼が近づいても魔法で倒せないだろう。
奴の皮膚は火に強い。火魔法を撃たれても何ごともないように少女の体をバラバラにするだろう。
――しかし、急所に傷を負っているなら話は別だ。
騎士は力いっぱい剣を掲げ、叫ぶ。
「俺に!火を!」
少女は悟った。少女は火球を放った。しかしそれは近づく巨鬼をすり抜け騎士のほうに向かっていく。
騎士は火球を受け止める。剣は巨鬼の脂肪がこべりついている。
火を纏った。
巨鬼は一連の行動を理解できなかった。後ろを振り向くと立つどころか体を動かすのさえできないはずの騎士がこちらに向かって飛び込んでくる。その剣には火が纏っていた。
騎士の剣が先ほどの急所に刺される。それと同時に火が巨鬼の体内から燃やした。
同じ過ちは繰り返さない。
騎士は手ごたえを感じた瞬間、素早く離れた。
巨鬼は悶える。首から炎が舞い、目を焦がし、口から黒い煙を吐く。
最後の抵抗か暴れていたが、空しくも倒れこんだ。
騎士は燃えている剣を地面を刺し膝をついた。
「大丈夫!?」
少女は涙目になりながら騎士に駆け寄る。魔法によって作られた火を少女は消した。
「問題はない……。早く脱出しよう……」
騎士は小さな少女に体を預けながら焼け焦げた臭いのする町を後にした。
町を出て、騎士と少女は近くの林に座り込んだ。
少女は騎士の傷の様子を見ようとした。
騎士はよせと言ったが少女は無視した。
重さによって打ち砕かれた鎧、その奥から騎士の身体が見える。
身体を見ようとしたとき、見覚えのある光景だった。
肌が爛れているようだった。
少女は思い出す。なぜ潰されても死なないのか。
少女はハッとして兜の中をよく見る。
兜の隙間から覗いていたのは醜く爛れた顔だった。
「あなたも……病に……」
兜に包まれた頬を撫でる。
「俺はもう人ではない……」
騎士は語る。
「かといって屍鬼でもない……。俺は……呪われた存在なんだ……」
心なしか遠い目をする騎士。
これ以上何も語ることはないように。
「なぜ助けた?あの状況でも俺は生き残れた。わざわざ身の危険を冒して助ける必要はなかったはずだ」
騎士は少女に言った。
その言葉には少しだけ怒りが混じっていた。
少女は黙った。少し考えた後、今まで見なかった顔で騎士に言った。
「だって……仮に町から出られてもどこいいけばいいかわからないですよ」
騎士は目を丸くした。
「……そうだな」
騎士は頭を撫でる。その言葉には笑みが含まれていた。
少女も微かに笑う。
「そろそろ行こう。夜になっても面倒だからな」
先ほどの戦いで体が粉々に砕かれたはずなのに騎士は立ち上がり、剣をとった。
行き先は占い師のとこに戻るらしい。
騎士の後ろに少女はついていった。
「そういえば聞き忘れていたことがあるのだが、名は?」
薄い霧の中を歩いていく中、騎士が問う。
少女は僅かに困惑したが答えた。
「私の名は――」
――これは呪われた病を治す旅である。騎士と少女の話はまだ序章に過ぎない。
初めての作品です。
ベタなファンタジーですが読んでくれたらありがたいです。
※修正しました




