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佐藤邦明の場合 5

「どういうことですか! きちんとした説明を求めます!」


 伊井島の母親がキンキン声で校長に詰め寄っている。


「まあまあ。お母さん落ち着いて下さい」


 校長は困り顔で伊井島の母親を(なだ)める。

 伊井島は右手を石膏で固められ首から吊っている。僕が椅子を叩きつけた時に骨が折れたようだ。だからあのとき変な呻き声出しながら(もだ)えてたんだな。いい気味だ。




 あれから僕は謹慎をくらった。まあ、当然だと思う。

 クラスメートとは名ばかりの同級生が先生を呼び出し、惨状を見て先生が事態を収拾しようとした。

 夢島がこれ幸いとばかりに嘘八百を並べ立て、全てが僕が悪いことになっていた。僕は僕でやってしまった罪悪感と達成感と恐怖心が綯交(ないま)ぜになって放心していたので、何も言えないままに、先生の言われるがままに職員室に呼ばれた。

 伊井島と日永田は病院に連れて行かれ夢島と湖林は事情聴取のために残されたが、やはり一方的に僕が悪いことにしていた。

 母親が呼び出されて、ペコペコと謝っているのをぼうっと見ていると、母親に対して腹が立ってきた。


 ――俺がこんな目に合ってるのを知らないで、よく親って言えるよな


 それから夜更けになりようやく先生から解放された。親は僕が悪いと決めつけて何を言っても誠心誠意謝れだの、なんだのと言っていたので、家に帰るなり部屋に閉じこもってやった。



「千木良さん。本当に大丈夫なの?」


 部屋に戻り興奮が覚めたところで急に心細くなり千木良さんに電話を掛けた。


「良くやった! 今月は家賃が払えるな〜」

「……千木良さん、何の話?」

「いやいや。こっちの事だから気にしないで。でも良くやった。で? まとめてある?」


 千木良さんから日記やボイスレコーダーをまとめてコピーを取っておくように指示をされ、後日の面談が決まったら連絡するようにと言っていた。


「でも、千木良さん。僕はいじめをやめてもらうように相談してたよね。学校まで巻き込んじゃって……」

「大丈夫。そうじゃないと面白くないし、確実性が薄れるし、何より僕のご飯が食べられない」

「僕のご飯?」

「いやいやいや。こちらの話。じゃあ連絡待ってるよ」


 あいつは本当に大丈夫なのかな。相談して失敗だったような……

 でも、もう後には退けないしな……




 関係者とその親が呼ばれ、校長、副校長、生活指導の教師、担任と学年主任と何故か千木良さんが一緒で総勢16人の大掛かりな会議になってしまった。

 開口一番で伊井島の母親がキンキン(わめ)いていたのは前述の通りだ。


「うちの子から聞きましたよ。何にもしてないのにその子(佐藤)が椅子で殴ってきたって。どういうつもりですか? 3年生で受験もあるっていうのに右手が骨折して勉強もできないじゃないですか! 先生方もどうしてくれるんですか! 貴方!その子のお母さん。どうしてくれるんですかちゃんとした説明と賠償を得ないと話になりませんよ!」

「……申し訳ございませんでした。通院代は私が負担させていただきます。ほらあなたも謝んなさい」


 僕は母親から促されても、そっぽを向いて無言の抗議をする。


「まー! なんて子なんでしょ。皆さん方ご覧になりました? 人を怪我させておいてあの態度。どういった教育されればあんな子に育つんでしょう。親の顔がみたいですわね」


 僕の母親の顔をじーっと見てるから親の顔をバッチリ見えてると思うんだけどね。


「まあまあ。伊井島君のお母さん。落ち着いて下さい。佐藤君からも話を聞いてからにしてください」


 校長が取り成すように話をするが、伊井島の母親はずっとキンキン声でこちらを非難している。先生方の顔がゲッソリしだした。


「……伊井島達が言っていたことは嘘です。やられてたのは僕の方です。いい間違えないように記録を取ります」


 メモ帳を取り出して、意を決して喋り出す。伊井島の母親はゴチャゴチャ言っているが先生達は僕の話に耳を傾けてくれた。


「僕は3年に上がってから、伊井島達4人にいじめられてました。ずっと小遣いを(たか)られ続けてました。あの日にもう嫌だと言ったら殴りかかってきたので椅子を投げました。それは悪いこととは知ってますが4対1だったらしょうがないでしょ?」


 一気に思っていたことを吐き出した。

 伊井島達は「嘘つき」とか「あいつ(佐藤)喝上(かつあ)げされた」とか色々言ってきて、更には伊井島の母親がエスカレートして喧騒に包まれた。


「はははっ!」


 突然、千木良さんが笑い出した。


「そちらのお子さん方は4人もいるのに1人に集られてお金出すの? 随分と弱っちいね」

「なっ! 何言ってるんですか!」


 夢島が突然言われたことに反応して言い返した。

 その声を無視して千木良さんは話を進めた。


「さて、先生方はどう判断されるんですか?」

「……それは、伊井島君が骨折していることですし。 ところで貴方は?」

「あら。申し遅れました。私はいじめ復讐研究所所長千木良と申します」


 サッと校長先生の前に動き名刺を差し出す。


「千木良慶次郎……弁護士?」


 千木良さんの肩書を見て校長先生が固まる。

 千木良さんがそれを見てニッコリと笑い両手を広げた。


「さて、まさか先生方は骨折させた側が全て悪いと言い出すんじゃないでしょうな。……そりゃあさせた方は悪い。ただそれに至る経緯が重要なんではないでしょうか」


 伊井島の母親がたちまち言い返す。


「まー。なんてバカなこといってるんですか。骨折させた方が悪いに決まってるじゃないですか。だいたいうちの子がいじめをするわけないでしょ? いじめられて骨折してるのに!」


 千木良さんは相手にしないでいじめっ子達の目を見渡す。


「キミ達。謝るなら今のうちだよ。今年進学だってね。大事になって高校にいけなくなったら大変だよね〜」

「……べ、弁護士だからってなんだい! やってきたのは佐藤の方だろ! 俺達は悪くない」


 伊井島は千木良さんから視線をそらし不貞腐れるように横を向いた。


「ほほぅ。強情だね。さてキミ達が佐藤君より喝上げした金額は覚えている限りだと37,500円らしいよ。あれだろ? 財布出させて500円玉も取り上げたから百円単位の端数が出てるんだろ?」


 千木良さんは伊井島をバカにしたように詰め寄る。

 伊井島はキッと千木良さんの見てきた。


「証拠はあんのかよ!」


 千木良さんはプッと笑い、バカにしたように真似してる。


「まるでテレビに出てくる小悪党みたいに言うね。ドラマの見過ぎじゃない?」


 千木良さんはそう言いながらボイスレコーダーを再生させると、僕の声や伊井島達の声が聞こえてきた。



 おぅ。どこ行くんだ? 連れねえな。ちょっと顔貸せよ

 やめてよ。用事があるんだよ

 ん? 俺達との友情が大事だろ?

 な、なんだよ。僕用事があるんだよ。帰らしてくれよ

 なあ、まだ今日の小遣いを貰ってないんだけどな

 え? こ、この前千円渡しただろ?

 あれっぽっちじゃ足りないだろ? 俺たち4人いんだぞ。簡単なわり算も出来ないのか? いいか一人当り……えっと200円? 300円? まあそんなもんだ。コンビニで飲み物買ったら終わりだ

 僕、もうお金ないよ……

 かあちゃんの財布から借りてくるとか色々あんだろ? 相変わらず頭悪いな

 そ、そんな!

 (ドンッ)

 痛っ!

 (ゴンッ)

 いいか? 明日までにもう千円用意しておけよ

 む、無理だ

 (ゴンッ)

 分かったな?

 ……わかったよ

 さすが親友だな。金がなくて困ってる俺たちを助けてくれるなんてな




 千木良さんがボイスレコーダーを止めた。


「さて、それぞれの声に聞き覚えはありますかね。録音しているのはこのシーンだけじゃなくてまだまだありますよ。続けますか?」


 千木良さんが見渡す。


「さて伊井島君、何か言いたいことは?」

「……」

「伊井島君のお母さん。何かご意見は」

「……こんなの嘘よ。間違いよ。貴方何を(たくら)んでるの? ちょっとそれ貸しなさいよ」


 伊井島の母親が千木良さんのスーツを掴んで手に掲げているボイスレコーダーを取り上げようとした。


「あっ!」


 千木良さんが叫び声を上げるとボイスレコーダーは床に落ちてヒビが入ってしまった。

 慌てたように拾い上げた。


「あ〜あ。これ高いのに」

「……ふん。これでつまらない証拠は無くなったわ。骨折させたことはどうするのよ!」


 伊井島の母親が勢いを取り戻したかのようにキイキイ喚いてきた。

 それを尻目に千木良さんはいい笑顔で懐から別のボイスレコーダーを取り出した。


「あれ? 伊井島君のお母さん。今のも録音させてもらいましたよ。それに録音したマスターは別に保管してありますし」

「キー! そんな違法に盗聴した録音したものなんて認めないわよ!」

「残念ですね。さっき佐藤君が記録を取りますって伝えてましたよ」


 そう。千木良さんはこの会議が始まる前に一言必ず言っておけって。


 (メモ帳を出して記録するって必ず言ってくれ。相手はボイレコに録音されるのは警戒するけどメモ帳には油断するからね)


 そろそろ締め時かと思ったのか千木良さんが先生方に向かって話し始めた。


「さて、先生方。どう決着されますか? いじめられてたことを認めて伊井島君達を処分しますか? それとも佐藤君を処分しますか? ボイスレコーダーの録音したものも日記も教育委員会やマスコミ各社に送れる手配は取ってありますがどうしましょう? ……当然、弁護士たる私の名義で。信用度が違いますよね〜」

「……少しお時間ください」


 校長先生は青い顔をしている。

 千木良さんは伊井島達に向き直った。


「さて、キミ達は何か言うことはあるかね?」

「……ご、ごめん」


 いきなり湖林が謝ってきた。


「伊井島が怖くて佐藤をいじめたんだ。ごめんよ。許してくれ」

「おい、湖林! 何言ってるんだよ!」


 伊井島が立ち上がり湖林に向かって手を上げた。



 その後は親同士、子同士でなすりつけ合いを始め収集がつかなくなったので校長が後日処分を発表するといってその場を強引に打ちきった。

 各自三々五々散り散りに帰って行く中、千木良さんが伊井島の母親に擦り寄っていったのは何故なのか……

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