佐藤邦明の場合 2
「キミが佐藤邦明君?」
「はぁ。 ……初めまして」
「スバラシイ! キミは運がいい! もういじめは解消したも同然だ。大船に乗ったつもりで私に身を委ねなさい」
【千木良慶次郎】は腕を大袈裟に振り回しながら興奮した面持ちで目の前に座っている。
千木良さんは黒いシワシワのスーツに真っ赤なネクタイを締め、黒縁のメガネを掛けている。見た目20代半ばで痩せている。無精髭を少し覗かせて高いテンションのままに僕に色々と話しかけている。
――頼りなさ気だな。騙されたのかも。
早くも家に帰りたくなってきた。あのまま家で寝てたほうが良かったかも。
学校で伊井島達からタカられて家に帰り、鬱々とした気分のままベッドに倒れこんだ。だが、ふと
今日の約束を思い出したのだ。
もしかしたら【いじめ復讐研究所】とやらの人が何とかしてくれるかもしれない、と。
――ヤクザやチンピラみたいな人が来るかもしれない。怖そうだな。でも彼奴等をギタギタにやっつけてくれるかも。
そう思い、少し軽くなった足を駅前の喫茶店まで運んでみたらハイテンションで身なりのだらし無いおじさんが居ただけだった。
「キミ。聞いてるかい?」
「はぁ」
千木良がぼっとしてた僕に呼びかけた。
「キミは私を見て頼りないな〜とか、だらし無いな〜とか考えてただろ?」
千木良が僕を見てニヤッと笑う。
「……そんなこと無いですよ」
「そうかな? 私がこんな格好しているのは人は好悪の判断を6割以上見た目でつけてるからなんだ」
「……? そしたら千木良さんがその格好をしているのは良くないんじゃ……」
「そう。いじめられっ子は考えがマイナスに行きがちだ。それが外面にでてくる。寝ぐせをつけっぱなしだったり、シャツの襟が汚れて黒ずんでいたり。それがいじめに拍車を掛ける。つまり、私がこの格好をしているのは……」
「千木良さんがいじめられてる」
「そう、私はいじめられてる。 ……いや違うだろ!」
千木良さんは大袈裟に横に顔を振りノリツッコミをしてくる。ちょっと嬉しそうなのは気のせいだろうか?
「私がこの格好をしているのは、クライアント、つまりキミのような依頼者に現状を理解してもらうために身を持って示しているんだ」
「……そんな事より相談にのってくれるんじゃなかったんですか?」
「そ、そんな事って」
千木良さんが項垂れて燃え尽きたような顔をしてる。
――この人に相談するのは間違ってたみたいだな。
僕はため息をつくと立ち上がり千木良さんに声を掛けた。
「ありがとうございました。失礼します」
礼をして振り向こうとすると千木良さんが立ち上がり両肩に手を掛けてグイグイ押し下げてきた。
「イヤイヤ。まだ相談を聞いてないかな。座り給え。座り給え〜」
千木良さんの目を見ると少し血走っていた。
勢いに押され座ると千木良さんが身を乗り出して僕に顔を寄せてくる。
「さて。前置きが長くなったが相談を聞こう。say! come on!」
「……」
この鬱陶しい感じが終わらないので仕方なく今までやられたことを喋り始めた。
「それで明日に千円持っていかないと行けないんですよ……」
「か〜みみっちいな。そう思わないか? どうせなら自宅の権利書持ってこいとか肝臓売ってこいとか言えば、スゲーって言えるのに。千円だって」
千木良さんは心底バカにしたような顔をして噴き出している。
「中学生でそんなことあるわけないでしょ? もう、いいですよ。相談した僕がバカだったんだ」
「まあまあ。キミにしたら重大事だってことは理解している。小さなことも積み重ねれば耐え切れなくなるよな」
急に真面目な顔をして僕の目を見てくる。
視線を合わせられると落ち着かなくて俯いてしまう。
「それ、それ止めな」
「それ?」
「その視線を合わせない感じは良くないな」
千木良さんの目をチラチラを盗み見る。
「だから。その目だよ。女の胸元を見る感じ。見るんだったら正々堂々と見ろ。見てられないんだったら相手の鼻でも見つめてろ」
「……だって」
千木良さんの鼻に視線を持っていくと、満足言ったように話し始めた。
「よし。で? キミはどうしたい?」
「どうしたいとは?」
「いじめっ子を精神的に苦しめたいのか、肉体的に潰したいのか」
「僕は千円をどうにかできれば……」
「キミはバカだな〜 今だけを解消しても、この先同じことの繰り返しだぞ?」
「でも、でも……」
「その言い訳を考えるのは止めろ。言い訳からは何も生まれない。自分の可能性を貶めるだけだ」
「……」
千木良さんはため息を一つつくと、懐から何かを取り出した。
「復讐の度合いが高いほど自分が傷つく可能性が高くなる。つまり逆襲されるってことだな。それを可能な限り食い止める必要がある」
「食い止める」
「そう、それは盾にも剣にもなる。復讐の三種の神器だな」
千木良さんは僕に携帯電話より少し小さい機械を僕に見せてきた。
「一つ目。ボイスレコーダーだ。本来であればビデオカメラが良いのだが撮影するのは難しい。これであれば常時録音できる。明日からこれで録音しながら学校に行きな」
「……」
「二つ目。日記だ。普通のノートでいい。これも今日からつけろ。昨日までのは思いつく限りここに書け。箇条書きで構わない」
「……」
千木良さんは安心したように注文したアイスコーヒーをゴクゴクと飲みだした。
――三種の神器だよね? 二つしか聞いてないな。
「三つ目は……?」
「……三つ目?」
千木良さんは不思議そうな顔をしてきた。
「三種の神器でしょ? 三つ目は何かなって」
「……まあ、色々だ」
「色々? 三種なんでしょ?」
「う、うるさい! ちゃんと録音と日記つけろよ? これの使い方を覚えておけ」
僕にボイスレコーダーを手渡してきた。
「でも、明日千円持ってかなくちゃ!」
「明日は安心してやられてこい。殴られたら俺に電話してくれ」
「そ、そんな」
僕は千木良さんの胸元を両手で握り縋りつく。
「おっ! いいな。すぐにいじめを無くしたいか? 簡単だぞ? 奇声を上げながら机をいじめっ子に全力で投げるんだ。相手を殺すつもりでな」
千木良さんは刺すような目つきで僕を見下ろしてくる。
「そ、そんなことは……」
「出来ないか? 出来ないだろうな。大方、親からは優しい子とでも言われて育てられたんだろ? やったとしても自分の社会的ダメージが大きい。正当な事由を作るためのボイスレコーダーだ。せいぜい気持ちよくやられてこい」
千木良さんは僕の手を振り払い外に出ようとする。
「そうだ。明日からの出来事は一日一回はメールしてきな。じゃあね〜」
僕は千木良さんの携帯電話の連絡先を受け取り、喫茶店から出て行く姿を見送った。