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「…………申し訳ありません。奥様の食事が先でございましたね」

 

 目を覚ますと、辺りは夕陽に赤く染まっていた。

 どれくらい眠っていたのか、考えたくない時間であることは確かだ。

 何故眠っていたのか考えて、あのクラウド様の妙な動きを思いだしぶるりと震える。

 出来るなら申告してからにしてほしかったと思うのは私の我が儘だろうか?

 とりあえず起きようとベッドから降りクローゼットを開く。

 ずらりと並んだ色とりどりのドレスに目をチカチカさせながら、その中でも落ち着いた色である紺青のドレスを選ぶ。

 舞踏会にでも行くのかというくらいたっぷりと布地を使ってあり、どれだけお金がかかっているのか考えて着るのも恐々だ。

 時間をかけてやっと着終わり、私はクラウド様に会いに行こうと扉に手をかけてはたと気付いた。

 クラウド様の部屋はどこだろう?

 あまりクレアを呼ぶのは手間をかけるようで気がすすまないが、私は呼鈴を鳴らすことにした。

 軽やかな鈴の音の後すぐにノックの音が響いた。


「失礼いたしま………奥様、御召し替えされるのでしたら、私を呼んでくださればよろしかったですのに。大変でしたでしょう」

「………ええ、今度からはクレアに手伝ってもらうことにするわ」


 クレアの言葉に同情が含まれているのを感じ正直に降参した。いや本当に大変でした。

 遠い目をする私にクレアは「そうしてください」と同意をしてから、思い出したかのように話を変えた。


「それはそうと、目を覚まされたのですね、奥様。旦那様が大変心配されておりましたよ。仕事を放り出してでも介抱される勢いだったんですよ。あんな慌てた旦那様は初めて見ました」

「え、あっ、そうか、クラウド様は仕事に行かれたのね」

「はい、つい先程渋々家を出られました。もう少し早く起きておられたら旦那様と顔を合わせることが出来たかもしれませんね」

「本当に申し訳ないことをしたわ。帰って来られたら謝らないと」


 溜め息を吐く私にクレアは少しだけ目を細めて「大丈夫です」と口角を上げた。


「旦那様に元気な姿をお見せすればそれだけで安心されますから。謝る必要はありません」

「そうかしら?」

「そうです。ついでに『お帰りなさいませ、旦那様』と出迎えて差し上げれば完璧でございますよ」

「………そうかしら?」

「そうです」


 何故か深く頷きを返された私はそういうものかと納得した。

 ………ところで、クラウド様はいつ帰ってくるのだろうか?


「クラウド様はいつお帰りに?」

「明け方、日が出始めた頃にお帰りになられることが多いですね」


 つまり、早起きすればいいのか。

 それにしても、クラウド様の出勤形態は変わっているような気がするのだが、それは何故なのだろうか?

 その辺りもクラウド様から説明して下さるのだろうか?

 疑問に頭を一杯にさせていると、部屋に地響きのような音が轟いた。

 しんとなる部屋で私とクレアは目を合わせた。


「…………申し訳ありません。奥様の食事が先でございましたね」

「……………」


 気を使われることがこんなにも羞恥心を掻き立てるなど初めて知ったのだけど。

 私は顔に熱が集まるのを感じながらクレアと共に食堂へ向かう。

 昨日と同じ席へ座りながら、広々としたテーブルに寂しさを感じていた。

 クラウド様はいつも1人で食事をされているのだろうか?

 豪華ではないながらも3人で顔を合わせて食べる食事が懐かしい。

 暫くすると、ワゴンのゴロゴロという音が聞こえてきた。

 そちらに顔を向けると、昨日のコックが料理を1つ1つ置いていっていた。

 昨日は感じられなかったいい匂いも今日は存分に吸い込む。

 色彩鮮やかなサラダに魚のソテー、根菜スープにデザートもついている。

 私はこれだけあれば充分過ぎるが、普通はもっと多くの品数が出るはずだ。

 思わずコックを見上げると、視線に気付いたコックがこちらを見た。

 40代位であろう男性だ。落ち着いた雰囲気だが、どこか影がある。

 褐色肌に正装がコントラストのように映え、その瞳はサファイアのように蒼く澄んでいる。

 彼は私を見つめたまま動きを止めていた。


「…あ、の。私は充分足りますが、料理の品数はいつもこれくらいなのでしょうか?」


 聞くつもりはなかったのに、何だかじっと見つめられると話しかけた方がいいのかと、思ったことを口にしてしまっていた。

 コックは一度視線をずらし、また私へと戻すと口を開いた。


「………奥様は、あまり、食べない、ようでしたから」


 ボソボソと小さな声だが、なんとか聞き取れた。

 つまり、私の胃袋の大きさを考えての量だったということか。

 私が感動していると、コックは胸に手を置き丁寧に礼をしてその姿勢のまま小さく声を出した。


「……俺は、ヤンと申します。これから、奥様の食事を、作らせて頂きます。俺のことは、コック、若しくは、ヤンと、呼んで下さい。敬語は、入りません」

「こちらこそ、挨拶もせずごめんなさい。私はエリス。よろしくね。ヤンの料理を毎日楽しみにしてるわ」

「……勿体なき、お言葉です。さあ、料理が冷めてしまいます。どうぞ、ごゆっくり、お楽しみ下さい」


 そう言うと、ヤンは昨日の待機していた場所に行き佇んだ。定位置なのだろうか?

 私がナイフとフォークを持つと同時に再び声がかけられる。


「……奥様、ここでは、然程マナーを気にされる、必要はありません。楽しく、料理を、堪能して下さい」

「……………ありがとう」


 私は赤くなる顔を隠すように、ヤンを見ず料理へと全神経を向けたのだった。


 たっぷりと美味しい料理を堪能出来た私は先程の恥ずかしさも忘れ上機嫌で部屋へ戻っていった。

 部屋を見渡すとどことなく綺麗になっているような気がする。

 クレアがあの間に掃除をしていてくれたのだろうか。

 使用人のいなかった時間が長すぎて、仕えてもらう感覚がなんだかむずむずする。

 私は早い起床に備え素早く支度を済ませると、ベッドへ入る。

 ちなみに、今日は柑橘類の香りが充満した風呂でした。

 爽やかな香りに包まれ、明日こそは目を見て話をするのだと、クラウド様の顔を思い浮かべた。

 ………どうしよう。目を合わせられる自信が薄れていく。

 そう、イメージトレーニングが足りないのだ。

 私は精一杯クラウド様の顔を思い出しながら話しかける情景を思い浮かべた。

 その甲斐あってか、朝目が覚めると身体中びっしょりと汗をかいていた。

 幸先が不安になった。

 クレアを呼ぶと、きちんと正装をしたいつもの無表情な彼女が入ってきた。

 私は眠気眼だというのに、彼女はしっかりしている。

 私とは幾つかしか離れていなさそうなのに、テキパキと物事をこなしていく。

 私も見習わなければと決意を固めている間に支度が終わってしまったようだ。

 鏡を見ると、長いだけで手入れのされていなかった髪が緩く編まれ、横に流してある。

 ……いつの間に出来上がったのだろうか。

 自分の髪を見つめていると、チリリンチリリンと私がクレアを呼ぶ鈴の音とは異なる音が聞こえてきた。


「奥様、旦那様が帰って来られましたよ」


 今の音はクラウド様が帰ってこられた合図だったようだ。

 私とクレアは僅かに駆け足で玄関へ向かう。

 階段を降りきると丁度目の前の玄関の扉が開いた。

 間に合ったという嬉しさから少し息を切らしながら笑顔でクラウド様に挨拶をする。


「クラウド様!お帰りなさいませ!」


 駆け寄った私に驚いたのか、いつもは変わらない瞳孔が開いている気がする。すみません、ちょっと怖いです。

 自然に見えるようにクラウド様のあるのか分からない首元へ視線を動かし、上着を受け取れるよう手を差し出す。

 何故かクラウド様の手が置かれ、不思議に思い顔を見上げると、梟が一気に近付いてきた。

 ひっ、と息を呑んだ私は、それが肩に乗ったことに気付くと同時に、かけられた全体重に耐えれず身体が傾く。

 来るであろう衝撃に目を瞑るが、さっと後ろから支えが入って倒れずに済んだ。


「く、クラウド様?!」


 呼び掛けるが、クラウド様はぐったりと身体の力を抜いていて動く気配がない。

 後ろから「私が運びましょう」と初老の男性の声が聞こえる。

 私が身体を抜くと、男性はクラウド様の腕を肩に回し、部屋へと運んでいく。

 私を支えてくれていたのはバトラーだったのか。

 初老の男性にしては力があるんだなと感心して、そんな場合ではないと慌てて追いかける。

 私が追い付いて部屋へ入ると、クラウド様がベッドへ寝かされているところだった。

 近づいてよく見ると、何となく毛並みがパサついているような気がする。

 顔色が変わらないから分からなかったが、もしかすると体調が悪かったのだろうか。

 じっとクラウド様を見つめていると、バトラーが話しかけてきた。


「これは黙っていてほしいと釘をさされていたのですが、実は旦那様は、ここ1週間ほどまともに睡眠をとられていないのです」

「えっ?!」


 確かに、私が来てから寝ているところをみていない。

 私が無理をさせていたのだろうか。


「ごめんなさい、私のせいですよね」

「いいえ、いいえ。そのようなことは決してありません。むしろその逆です。旦那様は大変嬉しかったのでしょう。奥様と顔を合わせる前からそわそわと落ち着きがなく、来られたら来られたで奥様と話がしたいからと起きておられたのです。いつもならば、朝から日中にかけて睡眠をとられていたのですから、奥様と一緒に過ごされようとしましたら、睡眠時間がなくなるのは当たり前です。ですが、そのようなことに気付かない程、旦那様は楽しみにされていたのです」

「……楽しみ?」

「ええ、そうです。どんな話をしようか、どんな暮らしになるだろうか、考えておられたのでしょう。旦那様はあの顔ですから、分かりにくいとは思いますが、長年付き合いのある私から言わせると、旦那様は今までになく幸せそうな顔をされているのですよ」


 私はにこにこと微笑んでいるバトラーから視線を外し、クラウド様を見つめた。

 布団から出ている手をとって、両手で握りしめる。

 何だか、気持ち良さそうに眠っている姿を見ると、こちらも眠くなってきた。

 昨日は少し寝苦しくてあまり熟睡出来なかったからか、少しずつ瞼が重くなってくる。


 私が目を覚ました時には、まだクラウド様は眠っていた。

 辺りを見渡すとバトラーは出ていってしまったようだった。


「ん……」


 クラウド様を見ると、ゆっくりと瞼を上げていた。

 私はクラウド様の手を握りしめたまま、クラウド様が覚醒するまで待った。

 こちらを見たクラウド様は、初めは固まったままだったが次第に瞳孔が開いていった。やっぱり怖いです。


「な、ぜ、あ。もしかして、僕は玄関で寝てしまいましたか?………すみません、ご迷惑をおかけしました」

「いえ、こちらへ運んだのもバトラーですから、私は何もしていませんよ」

「それだけでなく、僕はエリスさんを気絶させてしまうようなことまでしてしまいました。もう夫……いや、男として失格ですよね」


 何となくしゅんとした雰囲気を感じ取った私は、慌てて否定する。


「あ、あれは、私が悪いんですから、謝らないでください!そ、それよりクラウド様。いくら私の為だからといって睡眠をとらないのは止めてくださいね。心臓に悪いですから」

「え、知って………テールめ。………気持ち悪いですよね、変に期待して、喜んで」

「……私は、嬉しかったですよ?」


 私は握りしめていたクラウド様の手を頬に寄せ、真っ直ぐ目を見て微笑んだ。


「だって、私を大切にしてくださっているんだって、実感出来ましたから。……ありがとうございます」

「……………………っ!」

「クラウド様?クラウド様?!だ、誰かー!クラウド様が鼻血を出して気絶されましたわー!」


 家中が大騒ぎして、クラウド様がバトラーに笑顔で叱られるのは、もう少し先の話。





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