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「申し訳ありませんクラウド様!わ、私、私………」

 

 一言も話すことなく続いた静寂の時間の終わりはあっけなく訪れ、クラウド様に手を引かれ降り立った私に待ち受けていたのは、ずらりと並んだ頭を下げるメイドの列…………ではなかった。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 そう言って綺麗な礼をした1人の庭師だった。

 門の前に立ちこれから私の住むであろう屋敷を見上げる。

 王宮のようにそれはそれは大きな屋敷であると思っていたが、常識の範囲内で、しかし庶民には少しばかり大きいだろうというところだ。

 私にとったら全てが大きく見えはするのだが、裕福な方であると聞いていたものだから、正直、肩透かしをくらった気分だ。

 私が再び前を向くと、クラウド様は手を引いて中へと誘導してくれた。

 私が満足するのを待ってくれていたらしい。

 ゆったりと歩きながら周りを見渡す。

 そんなに大きな庭でないながらも、単に鬱蒼としている訳ではなく綺麗に整えられた植物たちに感嘆の声が漏れる。

 所々華やかに彩られた花たちには、センスのよさが感じられる。

 ここの庭師は素敵な方なのだろうと印象付けておく。


 扉を開けて先を促すクラウド様に従い、玄関に足を踏み入れた。

 私はまたも驚いた。

 そこにいたのは、1人のバトラーと1人のメイドだけだったからだ。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 庭師と同じく丁寧な言葉、綺麗な礼をした2人はクラウド様と私の上着を外して腕へかけると「食事の用意が出来ております」と言い下がっていった。

 他の使用人は奥に下がっているのだろうかと首を傾げながらも、クラウド様に着いて行く。

 辿り着いた先の扉を開け、10人程は同時に食べることが出来るであろうテーブルの両端に座る。

 すぐにコックがワゴンを押してこちらへ進んでくる。

 隣には10代半ばであろう少年が連れ添っている。ヴァレットだろうか?

 クラウド様へコックが、私へは少年がそれぞれ料理を出し、礼をしてコックだけが残り少年は下がっていった。

 クラウド様がナイフとフォークを手に持つのを見届け、私も料理に手をつけることにした。

 カチャカチャと金属と食器の当たる音に気を付けながら、内心冷や汗ものだ。

 私はここ最近きちんとした食事というものをとった記憶がない。

 つまり、マナーを意識した食事なんか久方ぶりなのだ。

 私が努めて冷静に見えるよう食べ進めていると、前方から声がかかった。


「どうですか?うちのコックの腕前は。中々でしょう?」


 私はそちらを向いて少し後悔した。

 だって梟と一緒に食事をとっているのだ。

 これが顔を逸らさずにいられようか。

 私はなるべくクラウド様の顔を見ないように答える。


「ええ。こんなに美味しいものを食べるのはいつぶりかしら」


 本当は変な緊張で味なんて分からないのだけど、確実に私がいつも食べているものよりは美味しいのだろうから嘘はついていない。

 その返答にクラウド様は満足したようで「そう言って頂けるとコックも喜びますよ」と心なしか弾んだような声が聞こえた。

 それからは特に言葉を交わすことなく食事を終え、再びクラウド様に連れられ1つの部屋へと入っていった。


「ここが今日から貴女の部屋になります。自由に使って下さい。本当に申し訳ないのですが、僕は今から仕事へ向かわなければいけません。何かありましたら、この呼鈴を鳴らして家の者を呼んで下さい。それでは、いってきますね」


 それだけ言って出ていったクラウド様と入れ替わりで、玄関で顔を合わせたメイドが部屋へ入ってきた。

 メイドは綺麗な礼をしてから事務的に話を始めた。


「私はクレアと申します。以後、奥様のお世話をさせて頂きます。ここには私しかメイドは居ませんので、身の回りのお世話を頼まれる時は私めに御召し下さい」

「えっ、1人なのですか?」


 私は思わず声を上げていた。

 メイドは私の疑問に淡々と答える。


「敬語は不要です、奥様。そうです。この屋敷には、旦那様、バトラー、コック、庭師、ヴァレット、メイドである私の6名しか住んでおりません」

「く、クラウド様のような方であれば、もっと人が雇えるのではないです………雇えるのではないの?」

「…………旦那様にも事情がおありなのです。それはまた後程説明させて頂くと思います」

「はあ……」


 納得はいかないながらも、話すのを躊躇われるとこちらも踏みいったことを聞いてはいけない気がしてとりあえず相槌を打っておく。

 事情を考察しかけていた私にクレアが近付く。


「それでは奥様。もうお休みになられるお時間です。入浴を済ませてしまいましょう」

「え、ええ。……え?」


 しゅばばばと音がしそうなくらいの速さで服を剥かれていく。

 後は下着のみになった辺りで状況に気が付き、私は慌ててクレアを止めた。


「だだだだだだだ大丈夫!1人で出来るわ!」

「……………そうですか?でしたら、私はここで待機しておりますから、ゆっくりと浸かってきて下さい」

「いや、クレアはもう下がっていいわ」

「………仕事が減るのは歓迎ですが、それでは流石に私の役目がなくなってしまいます。私ではお嫌でしょうか?」


 私は少しだけ眉尻を下げたクレアを見てブンブンと首を横にふった。


「いやいやいや、私、貧乏な家庭で暮らしいたから、1人で支度出来るの!むしろ1人でした方が気が楽というか……だから、本当に困った時くらいでいいの。クレアが嫌いだからとか、そんな理由じゃないのよ!」


 私がそう言うと先程までの憂いがなかったかのように「では私は下がらせて頂きます」と言って出ていってしまった。

 切り替えの早さに唖然としながらも、私は風呂場へと向かった。

 カーテンを開けて私は噎せた。

 風呂の大きさはそこまで大きくなく心臓にはいいのだが、お湯に浮かぶ一帯の薔薇は勘弁してほしい。

 そこら中に漂う薔薇の香りにクラクラとしながら入浴を済まし、用意してあった寝間着に着替え早々にベッドへと潜り込んだ。

 初日ということもあってか、緊張で固まっていた身体が解れて気が抜けた私はすぐに眠りについてしまった。




 目を覚ました私は眩しい朝日に、血の気が引いていった。

 やってしまった………!

 私は寝起き特有のふわふわとした感覚のまま起き上がり呼鈴を鳴らす。

 扉の前へ行きノックの音がした瞬間、扉を開け目を見開くクレアに掴みかからん勢いで問いかける。


「く、クラウド様は、どこにいらっしゃるの?!」

「しょ、食堂の方へ向かわれましたが、一体どう………奥様!」


 呼び止めるクレアに構わず走り出し、食堂の扉を開けた私は、コップを持ち上げ固まるクラウド様に頭を下げた。


「申し訳ありませんクラウド様!わ、私、私………」

「おはようございます、エリスさん。とりあえず落ち着いて下さい。一体どうしたと言うので」

「初夜でしたというのに、私は呑気に眠りこけていました!本当に申し訳ありません!」

「ぐふっ、げっほ、げほげほっ」

「だ、大丈夫ですか、クラウド様!」

「え、ちょっとまっ、げほっ、な、何を言うのかと思ったら、けほっ、」


 いきなり苦しそうにし出したクラウド様に駆け寄ると、クラウド様は手のひらを私に向けて自力で呼吸を落ち着かせていた。


「ふう、驚きました。落ち着いた方だと思っていたので、今の発言には肝を抜かれましたよ」

「あ、す、すみません、動揺してしまっていて……」

「………エリスさん、安心してください。何があっても、貴女のご家族に酷いことをしたりはしませんから」

「……え?」


 私は内心どきりとしていた。

 何か失態をしてしまえば、私の父様や母様に何か影響するのではと考えていたことを見透かされてしまっていたのだ。

 目を伏せる私に、クラウド様は優しく話しかける。


「それに、エリスさんにも嫌なことを押し付けたりしません。顔も直視出来ないような男とはそんなことしたくないでしょう?」

「…………」


 クラウド様は分かっていた。

 それはそうだ。あれだけ目を合わせなかったら嫌でも気付くだろう。

 それを分かった上で私に優しく接してくれているのだと思うと、私は自分が恥ずかしくなった。

 ゆっくりとクラウド様へ目線を上げると、クラウド様は表情が変わることなく、大きな丸い眼でこちらを見つめていた。

 そして私は自然と視線を横へスライドさせていった。

 どうしても駄目なのだ。

 あの全てを見透かしたような黒い瞳に真っ直ぐに見つめられると、居心地が悪くて仕方がないのだ。

 私の様子にクラウド様が「こればっかりは慣れてもらうしかありませんね」と苦笑いをしたのが声で分かった。

 私はもう一度クラウド様に視線をやり、じっと見つめた。


「どんなに時間がかかっても、必ずクラウド様と普通に接することが出来るようにしますから」

「………はい、待っていますね」


 眼を細めたクラウド様に、自然と私も目を細めていた。

 この調子だとクラウド様と本当の夫婦になれる日も近いかもしれないと考えていた私の耳に、クレアの叫び声が聞こえる。


「旦那様!ネズミが出ました!」


 その瞬間今まで見つめあっていた旦那様の目線どころか顔がぐるりと回り、ほぼ真横に向けられた。

 その何とも言えない不気味な動きに目眩がした。

 エリスさん!というクラウド様の焦った声を聞きながら私は思った。


 ………どうやら、本当の夫婦になれる日はまだまだ先になりそうだ。


 そこで私の意識はぷつりと切れたのだった。






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