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トリックプレイ  作者: 赤崎優
9/21

絵描きの戦略 3

 土曜日。学校は昼までだった。正規の授業はなく主要科目の課外が開催される。課外とはいえほとんどの生徒は参加し、教師から与えられた課題を解いていた。高瀬もその中のひとりである。課外が終わり、今日も栫井に呼び出された。高瀬は指定された空き教室へと向かう。中では栫井がひとり黒板に落書きを書いていた。


「おい、栫井」


「今いいところなんだ。ちょっと待って」


 呼び出されたと思ったら待てを食らった。栫井は高瀬を放置したまま二本足の謎の生物を描き上げる。不気味に笑っているその生物に高瀬は少し狂気を感じる。


「いや、ごめんごめん。ちょっとのめり込み過ぎちゃった」


 栫井は両手についたチョークの粉をはたきながら謝る。


「それで用事はなんだ?」


「ボクさらにいいこと思いついちゃったんだ」


 嬉しそうに栫井は笑顔を浮かべる。嫌な予感がするが一応話を聞く。


「なんだ?」


「高瀬の集団にはダミーの試験問題を渡したから壊滅的な点数になるんだけど、その中で高瀬だけは高得点を取るんだ」


「まあ、元からそのつもりだが」


 期待した割にはこれまでの案と同じだ。追加要素はない。


「高瀬の言ってる高得点って平均点でしょ? 違う違うもっと上。学年上位に入るくらいの点数を取るんだよ」


 やれやれと高瀬は首を振る。


「そんな無茶なこと言うなよ」


 そんな一週間やそこらで成績が急上昇するはずがない。そんなノウハウがあれば金が欲しい連中が少しずつ薄めて売って、技術が浸透し始めたところで無料で公開する。そして今度はそれを使ってビジネスをする人間のコンサルタントで稼ぐ。いつものやり方だ。


「ボクは思うんだよね、彼らにはきっかりと線引をしておかないと後々大変だって」


 得意そうな顔で栫井は胸を張る。学ラン越しのボリュームに見惚れる。


「いや、そうは言ってもよ、俺平均点ぐらいが最高だし……」


 マジでという表情で栫井を見る。


「ボクも手伝うからさ」


 有無を言わせぬ顔がそこにはあった。手伝うと言われても栫井はそれほど頭良かったか、と思考する。


「そう言えばお前って塾通ってるんだったな」


「そうだよ」


「駅前のやつだっけ?」


「大久保塾。あの塾ここの卒業生が作ったんだよ」


「へー」


 大久保塾。戸真崎高校の最寄り駅のすぐそばに位置する学習塾。周囲の個人塾とは大きく違った独自の経営を行いそれなりに繁盛してる。


「初めは宅浪の人向けの自習室として作ったんだけど、そこに高校生連れてきて浪人生が教えればいいじゃんって感じで今の形になったんだって」


「詳しいんだな」


「だって面白くない? お金出してる人が生徒に教えてくれてその生徒もお金払ってくれるんだよ。ボクもそこら辺のノウハウを知りたいよ」


 通ってる理由の半分ぐらいはそれだねと栫井は付け加える。


「というかよくそんなんで人が集まるな」


 バイトの教師すら居ない状態で生徒が集まるのか、と高瀬は疑問に思う。栫井はさて問題といった顔で振り返り、


「この高校から一番近い予備校ってどこだい?」


 しばし考える。


「博多か北九州か?」


「ご名答。有名予備校に通うとすればそこしか選択肢はないんだよ。でもってボクらはそのちょうど真ん中に住んでいる。どっちに通うにしろある程度のお金が必要になるんだよ。だから宅浪という選択肢が見えてくる。先生の話だとうちの高校は宅浪する人も珍しくないんだってさ」


 学校としては嬉しくないことだろうけどね、とさらりと口にする。


「へー」


「宅浪なんて時間の管理ができない人間には無理って言われるけどこれは予備校側の宣伝文句。予備校に通ったほうがよっぽど行動範囲広がって誘惑が多いよ。駅前、ゲーセン、パチンコ、スロット。ま、予備校にとっては生徒が来なくなっても受験までに辞めさせればいいからね」


「予備校に行きたくない人間の言い訳にも聞こえるな」


「そりゃそうだよ。立場を変えればどんな発言でも恣意的に捉えられる」


 高瀬の集団だってそうだよ、と小さく口にする。


「話がそれたけど、その宅浪生を集めたのが大久保塾って訳だよ。小粒でも集めれば価値が生まれるって面白いよね。どこかのアイドルみたい」


 ふふっと栫井は笑みを見せる。


「お前ってそういうビジネスチックなの好きだよな。中学の時も消しゴム切り刻んで同級生に売りつけてたよな」


 高瀬の中学では一時期授業中に切り刻んだ消しゴムを投げるのが流行っていた。授業中退屈になった生徒同士が投げ合うといった感じだ。クラスの半数近くがこの遊びに参加していた。そのうち投げる消しゴムは価値を持ち、最終的には掃除当番や日直といったものと交換された。


「ひどい言い草だね需要があっただけだよ」


「その需要作ったのはお前だろ」


「そうだっけ?」


 とぼけるように栫井は首をひねる。


「そうだ。授業中に消しゴムの投げ合い流行らせたのはお前だ」


「ボクじゃないよ。ボクは消しゴムの提供をしただけだよ」


「ダース単位で消しゴム持ち込んだのは誰だ」


「もう、その時損したからってボクのせいにしないでよ。ボクは小さく切っただけだよ。そこから先は使う人の自由だよ」


「武器商人みたいなこと言うな!」


 とにかく、と栫井は前置きし、


「高瀬は高得点を取ってあの集団に差を見せつけてやればいい。お前らとは違うって」


「でも高得点なんて取れねーよ」


「大丈夫だよ。頼めそうな人もいるから」


「誰だ?」


「それはお楽しみで」


「俺の知ってる人間か?」


「知られてるとは思うよ」


「絞れねえよ!」


「とにかく戸真崎の一年だからそう気負う必要はないよ。それにもしかしたらもう知り合いなのかもしれない」


「何だそれ?」


「話はそれだけだよ。じゃあねボクは用事があるから」


 栫井は二、三歩歩いて振り返る。


「あ、ちなみにそれ今日だから」


「は?」


「じゃあね」


「いや、お前ちゃんと説明しろ!」


 栫井は高瀬の反応を見ることなく教室を後にする。高瀬はひとり立ち尽くす。教室の黒板からは相変わらず謎のキャラクターが笑顔でこちらを見ていた。




 それからメールで栫井から集合場所を知らされた。指定された場所は学校の最寄りの駅から四つ離れた駅前。この近くには別の高校があり戸真崎の生徒は見当たらない。高瀬は掲示された周辺地図の前で携帯を操作するフリをする。


 不意に背後から高瀬に声が掛かる。


「高瀬くんよね?」


「ああ」


 振り返りその姿に見とれた。腰まである黒い髪はカチューシャにより軽く押さえられている。首まである紺のタートルネックの上には薄いピンクのカーディガンを羽織っている。足首まであるタータンチェックのスカートがどこかしら上品さを醸し出す。小脇には小さなバックがありそこから伸びる革紐が胸の前を通る。高瀬は彼女に見覚えがあった。


「えっと、一ノ瀬さん……だよな?」


「そうよ一ノ瀬比奈。直接会うのは初めてかしら」


 どうやら文化祭のことは覚えてないらしい。


「高瀬麻大だ。名前は何度か見たことがある。よ、よろしく頼む」


 たどたどしく言葉を口にする。


「番長って聞いてたけど案外そうでもなさそうね」


 メールにはそう書いてあったけど、と一ノ瀬は続ける。


「栫井が勝手に言ってるだけだ」


「そう。学校じゃいつも高瀬くんが生徒を連れてるのを見るけど?」


「勝手についてきてるだけだ」


「そう。有名人は大変ね」


「そっちも有名人だろ? いつも学年上位で見るぞ」


「私はそれで困ったことはないけどね」


「それもそうか。今日はよろしく頼む」


「いいよ、栫井ちゃんにも頼まれてるし」


 栫井ちゃんという呼び名に違和感を覚えた。いつも栫井が自分のことをボク呼びで学ラン着てるからだと高瀬は帰結する。


「この辺りに図書館ってあったっけ?」


 地図を見ながら高瀬は尋ねる。この辺りは普段出歩く場所ではないので詳しくない。


「行くのは図書館じゃないよ」


 一ノ瀬はそう言ってバス乗り場へと並ぶ。


「じゃあどこで勉強するんだ?」


「大学よ」


「えっ?」


「だから八工大」


 一ノ瀬は面倒くさそうに答える。


「大学って勝手に入っていいのか?」


「別に問題ないわ。というか大学の守衛にしても私達が高校生か大学の生徒かなんて区別つかないわ」


「だから栫井は制服はダメだって言ってたのか」


 高瀬は事前に栫井から私服で行くようにとのメールを受けていた。一度家に帰り適当に着替えてここにいる。


「いや、制服で入っても見学ですって言えば問題はないんだけどね」


 二月末とあって見学や試験会場の下見と言っても不自然はないように思えた。


「あそこの大学って情報系でしょ。それって結構男女比に偏りがあるの。でもってその中に制服の男子連れた女子がいたらどう?」


 一ノ瀬は笑う。


「高瀬くんは普段来ないからいいかもしれないけど私はこれから『あの子は女子高生』って目で見られるのよ。いい見せもんよね。そうね、自分の存在理由が欲しい女の子にははそんな解消の仕方を提案してあげるといいわ。お手軽にちやほやされるよ。制服ってすごい記号だから」


 意外に辛辣な言葉を吐くなと高瀬は思う。


「悪いがそんな相談してくる女子に当てがない」


 あらそう、と一ノ瀬は黙り込む。


「バスが来たわ」


 ふたりはバスに乗り込み、高瀬の交通機関用ICカードがピピッと音をたてる。


「一ノ瀬ってカードとか持ってないのか? コンビニとかでも使えて便利だぞ」


 高瀬はふたり席の奥に座りながら手に持ったICカードを見せる。


「私カードが重なるの苦手だから全部携帯に入れてるの」


「あれ? さっきかざしてなくね?」


「まあいいじゃない。もうバス出ちゃったし、現金でも乗れるのだから」


 一ノ瀬も意外と抜けてるところがあるな、と学年二位を見て思う。

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