妹想いの戦略 3
十七時〇〇分。作戦開始時間。
前原と古川が職員室へ入り込む。国語教師を見つけ席へと向かう。しかし、二人は顔を見合わせた。他の生徒が質問に来ていたのだ。前原が中止の電話のため上着のポケットへ手をかける。瞬間。もう古川がそれを止めた。このまま進めよう。むしろ好都合だ。そう耳打ちし、国語教師の一つ奥の席の物理教師へと声をかけた。
「すみません。物理の問題で質問があるんですけど」
「ん? どこだ?」
物理教師が振り向き教科書を確認する。瞬間背後で声がした。
「あ、その解釈で良かったんですね。ありがとうございました」
言葉を発したのは国語教師に質問をしていた少女。一礼して少女は職員室を後にした。前原と古川は焦る。
「お、おい」
小声で呼びかける。
「まずいな」
物理教師に話しかけてしまった手前、迂闊に国語教師の方へ注意を向けられない。
「おい、聞いているか?」
依然物理教師は解説を続ける。更に最悪なことに古川と国語教師の目が合った。
「お、古川じゃないか! 物理の課題か〜?」
空気を読まない国語教師の言葉が響く。古川は体ごと振り返る勢いで思いっきりわざとらしく大きく体勢を崩した。
「あ、わぁああ」
必死に動かした右腕が国語教師の机の上を荒らす。なんとか立て直すために掴んだのはキーボード。
「おい、大丈夫か……?」
「す、すみません。ちょっと滑っちゃって。上履き買い直したほうがいいかもですね、ははっはっ」
「気を付けろよ〜。あ、パソコン変な画面開いてるじゃん。もうやめてくれよ。オレ全然パソコン詳しくないんだから」
ガハハと豪快に笑いつつ、国語教師はブラウザを消した。古川がキーボードを押したことで開いていたのだ。
「すみません。気をつけます」
「少しは国語も勉強しろよ。点数悪いと留年するぞ、ガハッハッ」
「あ〜、はい、がんばります」
適当に答えつつ、携帯に連絡がないことから作戦は問題なく進んでいると胸を撫で下ろす。
***
パソコン部部室。
一人の少女を体格のいい男たちが囲む。
「アクセス確認しました。事務室お願いします」
高瀬は事務室の藤沢にメールする。うまく行けと周りとは少し違う感情を乗せ。
***
事務室の扉が開いた。
「奨学金の件で事務長にここに来るようにと言われたものですが」
真っ赤な嘘とともに藤沢が立ち入る。
「事務長ならさっきお帰りにまりましたよ」
奥から出てきた中年の女性が対応する。
「なんでもお孫さんの誕生日だそうで、ケーキ買って帰るんだってものすごく急いで……」
「そ、そうですか……」
ポケットに手を入れ携帯を触る。瞬間。
「ねえ、ちょっと、時間ある? ちょっと荷物運ぶの手伝って欲しいんだけど」
「えっあっ」
「こっちこっち。やー、人手足りなくて困ってたんだよねー」
男子生徒は中年の女性に無理矢理奥の部屋へと連れて行かれた。
***
「志渡寺頼む」
「は、はい」
打ち合わせ通りだ。志渡寺のパフォーマンスもうまくいっている。できるだけマウスを使う。俺たちはバカだから動いているものにしか目がいかない。実際、コマンドプロントにキーボードから打ち込むよりもマウスでクリックして画面が変わったほうがギャラリーの反応は大きかった。志渡寺は自分で設置したパスワードボックスに到達する。
「パスは事前に教師のPCから抜いておきました」
さらりと言い、パスを打ち込む。今考えた適当な文字列を。画面が切り替わる。そこに映されるのは『H_xx_term5_math』など試験問題を表したファイル。
「侵入成功しました」
周囲から言葉にならない声が漏れる。
「後はこれらのファイルをローカルに保存すればいいだけです」
志渡寺はそう言ってそれらのファイルをデスクトップに保存した。
「これで終わりです。試験問題は盗むことができました」
ファイルを開いてみせる。周囲の生徒が、すげえすげえと口にする。事前に見た時には気付かなかったが、実施日が今年に書きかえられていることに高瀬は気づく。
「確認しましたが跡は残してないので、ここでアクセスしたことは絶対にバレません」
「よし、あいつらに連絡して呼び戻してやれ」
「えらく遅かったな藤沢。何かあったのか?」
肩で息をしながら遅れて戻ってきた藤沢に高瀬は問いかける。
「いや、なんでもない……」
「そうか」
それ以上の詮索をやめこの場を仕切る。
「ありがとう志渡寺」
「いえ」
ファイルをUSBメモリにまとめ高瀬に渡す。
「私の仕事は以上です」
志渡寺は肩を小さく縮こまる。PCを操作している時は饒舌だったが話すことがなくなると急に大人しくなる。
「試験問題の入手はできた。適当にコピーして共有してくれ。後は各自解答作って試験に当たれ、以上だ解散」
高瀬の言葉に従い生徒は次々に部室を出て行く。興奮しているのか声が大きい。高瀬は全員が出ていったのを確認する。
「志渡寺さん、本当ありがと、本当助かった」
さっきまでとは違いペコペコと頭を下げる。
「べ、別にいいけど……ホントに良かったの?」
志渡寺は高瀬をまっすぐ見つめる。
「ああ……大丈夫だ」
目をそらし窓の外を見る。木々が風に揺れている。
「あ、高瀬くんこれあげる」
鞄から一本の缶コーヒーを取り出す。
「今朝お兄ちゃんからもらったんだけど、私ブラック飲めないんだ」
「そうか、サンキュ」
受け取った缶コーヒーを鞄に突っ込む。志渡寺はあれ飲まないのという顔をして、
「もしかして高瀬くんもブラック苦手だった?」
「そ、そんなことないぞ。あ、あれだやっぱブラックは熱いのを飲むのが最高だろ。だから温めてから飲むんだよ。温めて」
「へー、ブラック飲めるって大人っぽいよね」
「そ、そうだな」
高瀬は集団のボスとしている時にはよくブラックの缶コーヒーを手にしていた。飲みはしない。飲めないからだ。それは高瀬の中の不良像から持たされていた。少しでも彼らに命令が通るように。悪いことをさせないために。問題を起こさせないために。