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トリックプレイ  作者: 赤崎優
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妹想いの戦略 2

 昼休み。弁当を食べ終えた高瀬は飲み物を買うため食堂前の自販機へと向かう。買うのはいつもの黄色いパッケージ。背後から声がかかる。


「おう、高瀬ちゃんじゃん。相変わらずいい趣味してんな」


「貝塚か」


 ネイビーのニットソージャケットに太いヌーベルパンツの大きな男が立っていた。貝塚伊吹(いぶき)。入学以来廊下に張り出された試験結果の一番上を定位置としている人間。普段の授業態度は寝ていたり授業に関係ない本を読んだりで教師からは目を付けられてはいるものの、その試験結果の良さから注意を受けることはない。勉強している姿を全く目にしないのに常に学年一位にいることから周囲の人間からは天才と評されている。高瀬は紙パックのジュースにストローを刺す。


「聞いた話なんだけどさあ、高瀬ちゃんパソコン部でなんかやってるらしいじゃん? なに企んでんの?」


 ゴホゴホッと高瀬はむせる。貝塚の顔が醜く歪む。


「ど、どこ情報だ?」


「それは言えないなぁ、いくら高瀬ちゃんでも」


 貝塚は自販機から缶コーヒーを取り出す。


「大したことじゃない」


「ふぅん、またいつもの慈善活動の一環かな?」


「慈善活動なんてした覚えはない」


 ふたりは近くのベンチに腰掛ける。


「いつもやってるじゃないか。そのための集団じゃないのか」


「そんなメンツに見えるか」


「ほら、見た目は悪いけど実はいいやつみたいな?」


「見たまんまの奴だ」


「おう、そりゃ失礼。見たまんまのいい奴らだったな」


「お前にはそう見えるかもな」


「なんだよその言い方、まるでそいつら悪いやつみたいじゃないか」


「そのとおりだと思うが。よくできた悪い見本じゃないか」


「いい見本の間違いじゃないか。見た目過程はどうであれ、やってることは慈善活動そのものだぜ。屋上の一般生徒解放なんて感謝してる連中も多いんじゃねえか」


 以前まで屋上への立ち入りは生徒には禁止だった。入ることを許されていたのは天文部の部活動時のみ。だがある天文部員が屋上の合鍵を作り昼休みや授業のサボりに使っていた。それを問題視したのが高瀬の集団だ。始めは自分たちもその恩恵に預かろうとした。


しかし計画は失敗し、天文部員の屋上立ち入りが教師にバレ、天文部は一時休部となった。だが屋上への立ち入りの要望が強いと判断した生徒会長が学校側と話し合い、昼休みのみ一般生徒にも立ち入りが許された。高瀬たちも解放当初は屋上に出ていたが、教室や食堂から遠い等の理由から訪れる回数は減っていた。その結果現在では一般生徒の憩いの場として機能している。


「結果論だ」


 高瀬は貝塚を睨む。


「結果良ければなんとやらだ」


 ああ怖い怖い、と貝塚は高瀬の目を流す。


「やってる方は悪意しかねえよ」


「お前はだろ。下の連中はそうじゃねえかも知れねえ。大体そういう時はトップの頭が悪いかもしくは」


 貝塚は一息溜めを作り、


「途中で誰かが情報操作してるかだな」


「そうかい。じゃあそんな奴らとはやっていけないな解散だ。うんそれがいい」


 くくっくと貝塚は笑う。


「何がおかしい」


「いやいや、そう簡単に集団は壊れない」


 貝塚は腹を抱えて笑う。ひとしきり笑った後、


「そんなに壊したいなら手伝ってやろうか」


「……報酬は」


「んー、栫井ちゃんで」


「却下だ。人を売る気はない」


「そいつは残念だ。栫井ちゃんと一回デートしてえよなあ」


「勝手に誘ってみればいいだろ」


「お、高瀬ちゃんの許可でた。でもそう言われると手え出す気なくすよな。もっとガチガチに縛ってるやつから奪ってやりたいね」


 そう言うと貝塚は片手で自分を抱きしめる。


「人が人に興味なくす瞬間って見ててゾクゾクするよなぁ。さっきまで愛してるだの世界で一番大事だの言ってたのによー、それが別にどうでもいいやってなるあの顔。ああ、思い出すだけでもゾクゾクする。この前の三年なんて最高だったぜぇ」


 ククックと貝塚の肩が揺れる。


「貝塚、お前頭おかしいだろ」


「褒め言葉どうも」


「褒めてない」


「褒めてるだろ。自分にはできないってのはどう受け止めても褒め言葉だ」


 貝塚は缶コーヒーをあおる。


「とは言っても毎回そんな言葉で片付けるのは屑だがな」


 高瀬はそれに同意する。集団でもいつも『さすが高瀬』や『すごいすごい』等と言って自分で考えるのを放棄する人間を見てきた。


「ああ、お前の頭は空なのかって言いたいよ」


「思考停止は気持ちいいもんなぁ」


 貝塚は空の缶コーヒーを空き缶入れに投げる。ガコッという音とともに空き缶は中へと吸い込まれる。


「じゃあ俺戻るわ」


「ああ」


「じゃあな高瀬ちゃん」


 貝塚は軽く手を上げその場を後にする。高瀬は紙パックを広げ最後まで飲み干す。腰を上げ紙パック回収ボックスまで歩く。昼休みももう終わる時間、辺りには生徒の姿はなかった。




 放課後、特別教室棟の一室が騒がしい。ガラの悪い生徒たちがパソコン部の部室へと集合する。異様な光景だった。部活動は試験休みに入っているため部員はいない。志渡寺を除いて。


「おい高瀬、ホントにここから学校のサーバーに入れるのかよ」


「ああ、彼女に確認を取っている」


 そう言うと高瀬は志渡寺を紹介する。


「パソコン部の人間だ。今回の侵入を任せてある」


「ど、どうも」


 志渡寺はたどたどしく頭を下げる。これだけの男たちに囲まれれば仕方がない。頼りになりそうな栫井は部屋の隅で携帯をいじっている。


「外部に口利きする恐れはない。それなりの報酬を払っている。そうだよな志渡寺」


「は、はい」


 集団のトップとしての高瀬を前に、志渡寺は威圧感を覚え萎縮してしまう。


「が、学校のサーバーへここからアクセスできます。た、ただ……少し手伝ってくれませんか」


 事前に頼んでおいた言葉だ。


「俺から説明する」


 高瀬は志渡寺の言葉を続ける。


「まず試験問題は職員室のサーバーにある。そしてそれは一応プロテクトがかかっている。それを破るのがお前らだ」


「職員室に二人、事務室に一人行ってくれ」


 男子生徒がぞくぞくと手を挙げる。


「じゃあ、前原と古川は職員室。藤沢が事務室で頼む」


 返答が帰る。


「全体の流れを簡単に説明する。まず職員室のPCからインターネットにアクセスする。その情報は事務室経由で学校から出て行く。その情報をこっちで掴んで、偽装した情報を職員室のPCへ流す。それで職員室のPCをリモートアクセスする。後はそのPCで試験問題を盗む」


 内容を熟知させるためには図を使って説明するのが最適だがあえてそうしなかった。時間がなかったからではない。作戦の穴を隠すためだ。


「オッケ、で俺たちは何をやればいい?」


「教師の目を引いてくれ藤沢は事務長の気を。前原は……PCに弱そうな高橋先生の気を引いてくれ」


「高橋って国語教師の?」


「そうだ」


「俺は俺は?」


「前原が気を引いてる間に高橋のPCをインターネットにつなげろ。ブラウザを立ち上げればこっちでそれが掴める」


「オッケー。結構難しそうだな」


「一番重要な位置だ。頼むぞ」


「了解!」


「流れを確認するぞ。高橋を前原が引きつける。その間に古川が高橋のPCでインターネットにアクセスする。それがここで確認できたら、藤沢、お前に合図する。事務長を全力で引きつけろ。その間に終わらせる」


「合図はメールで行う。内容を確認する必要はない。バイブで待機させろ。中止の場合は電話で知らせる。四コール以上続けば即撤退しろ。無理はするな」


「五分後の十七時開始だ。時計合わせをやっておけ。基準はここの時計だ」


 教室は緊張感に包まれた。高瀬はそれを面倒くさいおままごとだと内心思う。誰も必要とされていない戯曲。形式上の演技。

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