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トリックプレイ  作者: 赤崎優
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裁量者の戦略 2

 足が自然と向いたのは美術準備室だった。誰もいなければ今日はこのまま帰ろうとドアノブに手をかける。開けた途端大声に出会った。


「おわあー、一ノ瀬ごめえん‼」


 グレーのコートを来てPCの前に座り今にも泣きそうな上級生を見つける。抑揚をつけずに声をかける。


「どうしました平田先輩?」


「パ、パソコンがぁぁ‼」


「何したんですか?」


「な、何もしてないよー」


「何かボタン押しました? 起動選択で止まってますが?」


 一ノ瀬はHDDを選択しPCを起動させる。カリカリと音を立てPCが立ち上がる。


「というか先輩早いですね」


「こ、壊れてない?」


 まだ恐れたような格好で尋ねる。


「壊れてないです。てかそんな簡単に壊れません」


「そ、そうなの?」


「心配する必要はないです。ほらちゃんど起動してるじゃないですか」


 そう言ってディスプレイを指す。


「先輩PCぐらい使えたほうがいいですよ」


「だってー」


 しょんぼりとした顔で平田は答える。


「大学行くと普通に使うと思いますよ。授業でも」


「んー、じゃ今度PC選ぶの手伝ってよ!」


「まあいいですけど……」


「おーサンキュサンキュー!」


 平田は一ノ瀬の手を握りブンブンと振る。


「それよりも先輩勉強しなくていいんですか?」


「もう受けちゃったしね」


「普通中期だったり後期に向けて勉強続けるんじゃないですか?」


「よゆーよゆー」


「その自信はどこから来るんですか」


「私できる子だから!」


 平田は胸を張る。


「誰から言われたんですか? 誰もそうは見てないですよ」


「あー、受験生に暴言を!」


「二度目は通じません」


「ぐぐっ」


 平田はない胸を抑える。


「先輩は早く帰って勉強するべきです」


 シッシッと平田を追い返すように手を動かす。


「貝塚君は一ノ瀬ちゃんとふたりっきりで部活できるんでしょ、いいなーいいなー」


「先輩も現在そうであることを認識した方がいいです。廃部の可能性もありますけどね……誰も絵を描かないので」


「あー、私も一ノ瀬ちゃんと同じ学年だったら良かったなー」


「何言ってるんですか。先輩だから今の立ち位置が許されるんですよ。もし先輩が同級生なら……そうですね、いないものとして扱います」


「えっ、いじめひどくない」


「……じゃあちょっと妥協して触れさせません」


「ひどい……ぐすん」


 わかりやすいウソ泣きだ。手の間から思い切りこちらをチラチラ見ているのがわかる。


「だから私は」


 少し溜めを作り、


「先輩が先輩でよかったと思いますよ。でなきゃこんな関係にはなれませんでしたし」


「一ノ瀬ちゃん!」


 平田が勢い良く抱きつく。


「痛っ、板にあたって痛い!」


「このこの〜」


 平田は一ノ瀬を抱く手を緩めない。埋めた胸からは体温が伝わってくる。平田の温もりを感じ一ノ瀬はこれが最後になるかもしれないと思う。しばらくそうした後、


「新入生の勧誘はしないの?」


「どうでしょう。ほっといても美術部に入りたい人はいるんじゃないでしょうか? この美術部に残りたいかは別ですが」


 もはや誰も絵を描かない美術部ですしと付け加える。突然ふへへっと平田が吹き出す。


「っはー、一ノ瀬、一つ上の部長と同じこと言うんだね」


「そうですか。私は面識がないので」


 平田はひとしきり笑った後、


「じゃ私帰るね」


「そうですか」


 一ノ瀬は少し寂しさを感じる。この人はもうすぐ卒業してしまうのだと。もう会えなくなるのだと。


「平田先輩、受験、応援してます」


「ん、頑張れって言わなかったのは一ノ瀬ちゃんだけだよ。ありがと」


 ぽんぽんと頭を撫でられる。


「じゃまたね」


「はい」


 平田は少しのためらいもなく部屋から出て行った。平田の出て行った扉を一ノ瀬はしばらく見つめる。いつものようにPCの前に座るには少し時間がかかった。一ノ瀬はバッグから缶コーヒーを取り出す。栫井から貰った缶コーヒー。カコッと音を立て口をつける。大人の味が口の中に広がる。一ノ瀬は一気にあおる。空になった缶コーヒは音を作り机に立つ。口の中にはまだ苦さが残っていた。



     ***



 ポケットの携帯が鳴る。携帯を取り出しつつこれで何度目だろう、と高瀬は考える。試験後の平日。二度目の打ち上げと称して集団の人間に呼ばれていた。


「あ、またメール?」


 隣に座る学ラン姿の栫井が画面を覗きこむ。


「今度はボウリングだってさ」


「あはは、彼らは会場セッティングとか慣れてないんだろうさ」


「しかしファミレス、カラオケ、ボウリングってどれだけコロコロ変わってるんだって話だよな。お陰で俺ら動けないし」


「お腹空いたよね」


「ああ、早く決めて欲しいもんだよ」


 高瀬は空を扇ぐ。


「高瀬はこの後どうするつもり?」


「あいつらの打ち上げに適当に参加してそのまま帰るぞ」


「そうじゃなくて、これからの高瀬と彼らの関係」


 しばらく考え込み、


「クラス変わればそれなりに壊すチャンスもあるだろう。新入生が暴れてくれてもいい」


「つまりはあの集団を壊すって考えは変わらないって訳だね」


「ああ」


 短くつぶやく。


「高瀬は彼らを弱いって言ったけど別に弱くはないんじゃないかな」


「どういうことだ?」


「集団から出るのには強い意志がいるかもしれないけど、維持するのにも少しは力がいるんじゃないかなって」


「あいつらの関係を調整してたのはお前だろ? だとしたら強いのはお前だ」


 栫井は高瀬に寄りかかる。


「ボクは強くなんかないよ……」


 男子の制服にしては軽い体重を感じる。再びポケットの携帯が震える。


「なんだって?」


「結局カラオケだってよ。しかもフリータイム」


 高瀬は長いと悪態をつく。


「おい、栫井さっさと準備するから離れろ」


「後ちょっとだけ……」


「おい……」


 寄りかかり目をつぶる栫井を見つめる。ふうと息を吐く。もうしばらくは動けそうになかった。




「遅ぇよ高瀬!」


「悪い」


 カラオケ店の前に男子生徒がひとり高瀬を待っていた。


「もうみんな待ちくたびれてるぜ!」


 あまり乗り気ではない高瀬を無理矢理部屋まで案内する。後ろには栫井がついてきている。


「ここだ!」


「おいっここVIPルームじゃねえか!」


 男子生徒は勢い良く扉を開ける。暗く中の様子は見えない。


「高瀬さんのご登場っす?」


 扉の前で立ち止まる高瀬の背中が押された。高瀬は部屋の中へと一歩踏み込む。パッと部屋が明るくなる。あまりの眩しさに目をつぶる。


「高瀬!」


「試験ありがと!」


「そして」


「誕生日おめでとう‼」


 広い部屋にクラッカーが鳴り響く。部屋の中の生徒たちは騒ぎ始める。『ここ俺が押さえたんだぜ!』やら『留年回避』やら『なんで俺が「そして」担当なんだよ』やら。街中で見れば明らかに職質を受けるだろう姿をした生徒たちが顔をくしゃくしゃにして騒いでいる。そこにはいつもまとっている怖さといったものは一切なかった。


「高瀬っ」


 再び背後から押された。彼らの前へと立つ。テーブルの中央にケーキが置かれているのを見つける。どうやら持ち込みをしたのだろう他店の包装紙が見える。高瀬はマイクを手にする。


「お前ら」


 驚きで言葉が続かない。そこに「頑張れ」と野次が飛んだ。ついその言葉に反応してしまう。


「おい、何が『頑張れ』だバカにしてんのかお前ら! 俺はその言葉が大っ嫌いなんだよ! 外野から応援してるような面しやがってその実なんの手助けもしてくれねえ、傍観者宣言しやがって! ……お前らは当事者だ」


 返ってくるのは沈黙。どう反応していいのかわからないという戸惑い。


 高瀬は思う。今この場を台無しにしてしまえば自分と彼らの関係は壊れるのではないかと。そしてさらに思う。こんな形で関係を切っていいのかと。原因を彼らに付与してしまっていいのか。高瀬はそれを否定する。あくまでも原因となるのは自分だ。落ちるのは自分。だから高瀬はこう宣言した。


「これからも頼む」


 防音の部屋に大歓声がこだました。




 翌日。学校は休み。高瀬は布団の中でだるさを感じつつ体を起こす。昨日はカラオケ、ゲーセン、ファミレスと終電まであっちこっちに連れて行かれた。もちろん途中で抜けることはできたがしなかった。背伸びをしつつ時計を見る。十一時。休みの日としては少し遅いぐらい。朝飯と昼飯を兼ねるのに迷う必要がない時間。


 机の上の携帯がメールの着信を告げている。栫井からだ。


『ほんとによかったの』


 本文はこれだけ。一日置いて聞いてくる辺り栫井の気遣いが伺える。


 改めて考える。これでよかったのかと。簡単には切れない関係。ガラの悪い連中。学校での悪評。考えればキリがない。キリがないからこそ考えずに済む。感じた通りに動けばいい。去りたい奴は去って行く。関わりたくない奴らは近寄らない。こっちが構えるから相手も構える。


 志渡寺・一ノ瀬を見てもコミュニケーションは取れている。学校という枠の中にいるからそれがわかりにくい。学校の外に目を向ければ分母はいくらでも増える。


 高瀬は携帯を操作し栫井へと返事を打つ。短く。単純に。『いい』と。

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