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トリックプレイ  作者: 赤崎優
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日陰者の戦略 2

 程なくして栫井が現れる。入り口に立ったまま高瀬を見つめる。


「高瀬くん……急に呼び出したりしてどうしたの?」


 栫井は後ろで結んだ両手をもじもじと動かす。顔はほんのり朱に染まり上目遣いでこちらを見つめる。しかし学ランだ。


「服装で台無しだな」


「さーて今日の高瀬君のTシャツは〜?」


 栫井は高瀬の懐に飛び込み学ランをめくり上げる。


「Oh〜、THE・EMPEROR」


 胸から白地に黒の『THE・EMPEROR』の文字が現れる。


「やめろ! やめろ! 今日はたまたまこれしかなくて!」


 ニヤニヤする栫井を引き離す。


「さすが番長〜。いやこれからは帝王と呼んだほうがいいかな〜」


 はあ、と高瀬は息を吐く。からかわれるのは毎度のことだが慣れない。


「で、どうしようっての?」


 栫井は何事もなかったかのように続ける。


「さっきの話でしょ? カンニングだっけ? あれでキミはキミの集団を壊そうとしてる」


「話が早くて助かる」


「うまくいくの? 前みたいに結果みんなの団結は深まりましたってならないといいけど」


「ああ、それを今まで考えてた」


 栫井はふうと肩を下ろす。


「ボクはもうキミはなにもしないほうがいいんじゃないかと思ってるんだけどね。下手に動くより徐々にフェードアウトさせるほうがうまくいきそうだよ」


「なにもしないとあいつらは多分このままだ。居心地がいいんだろう。それを手放すとは思えない」


 人間は現状維持が好きだ。大きなきっかけがないと関係性は変わらない。弱い人間にはそれが顕著だ。


「ボクは何を手伝えばいいのかな?」


 栫井は少し呆れたような顔で小首をかしげる。無言で答える。実行に移せそうな案はまだ浮かんでいない。


「もしかしてあれかな? 具体性がないってやつかな? さっきも誰かの口から聞いた気がするけど?」


 うぷぷぷと手を口に当てこちらを煽る。


「……うるせえ」


 タイムマシンがあったらさっきの自分を殴りに行きたい、と高瀬は考える。


「もー高瀬くんは仕方ないにゃー」


 栫井は安易な語尾をつけ、


「一緒に考えてあげるにゃー」


「お前はいつから猫キャラになった。学校でそれは引くぞ」


「高瀬に言われたくないよ。学校でのボクは栫井さんって呼ばれるぐらいには真面目だよ」


「入学直後だけだろ。みんなお前の服装にどう反応していいか分からなかったんだよ。過去遺産だ」


 時が止まった。


「高瀬……それはどうかと思うよ……」


 口に当てられていた手が顔を隠す。教室は沈黙に包まれた。しばらくは壊れそうにない。


「つまり、高瀬は今回の試験を利用して自分の信頼を潰して集団を壊したいわけだね?」


 教室の机に腰掛け栫井は確認をとる。両足はブラブラとさせ地を掴めない。


「ああ」


「信用を簡単に壊すにはお金が一番だね。お金なんて信用の可視化された数値だから」


「あいつらから金を巻き上げるのか?」


「そうだね。もっといえばキミと付き合うには定期的にお金がかかることを教えてやればいい。いわゆる友達feeだよ。友達契約と言ってもいいかな。基本契約は学期ごとで途中で解約するには違約金が発生するの。でもって更新も決まった期間にしないと自動更新されちゃう。そのうちちょっとだけサービスよくして料金を上げていく」


「ひどいな。それでもあいつらはついてきそうな感じもするけどな」


「信者は盲目だね」


 パッと反動をつけ栫井は机から飛び降りる。よっと小さく声が漏れる。黒板に向かいつつ言葉を続ける。


「だったら女を使うってのも手だよ。集団を内部から壊せる」


「却下だ」


 即座に否定する。


「言うと思った。まあ高瀬は女の子の知り合いなんていないからできない話しなんだけどね」


「いやお前女だろ」


「おっと忘れてた。ボク以外に知り合いはいないからね。そう訂正しよう」


「お前以外にも知り合いぐらいいるぞ」


 チョークを持った栫井の手が止まり高瀬を見つめる。


「おい待てそんなに意外か? そんな死ぬ前のヤギみたいな目をするな!」


「例えば?」


 必死に頭の中を検索する。知り合いの女の子。担任は女の子じゃないな。


「えー、ほら、い、一ノ瀬とか?」


「一ノ瀬さん? 知り合いだったの? あんまり高瀬の話は聞いたことなかったけど」


「ああ、文化祭の時にちょっとな。サボってる奴連れて来いってさ」


「それは知り合いなのかな?」


「他にも……うちのクラスの委員長とか。提出物出せって……」


 確か数学のプリントだっただろうか。化学だった気がしなくもない。


「キミの知り合いになるハードルってなんなんだろうね」


 栫井は黒板に落書きを始める。


「ま、引き受けた以上試験を使ってあの集団を壊すのが一番綺麗かな。試験絡みだとなんだろう。高瀬の指導のもと集団でカンニングするとかかな?」


「カンニングはダメだ。バレた奴だけしかペナルティを受けない。それに見つからないという可能性もある」


 教師も生徒も緩みきっている。そんな状況では発見されない可能性もあるのではと高瀬は考える。


「なんとも自信満々な言葉だね。机に座ってるとなんでもないように思えるかもしれないけど、前から見ると不審な動きってのは目立つもんだよ」


 栫井は教卓の上に身を乗り出す。一番上の空いたボタンから白い肌が覗く。


「よく咳のフリして伝え合うってのがあるだろ? あれもバレやすいのか?」


 ふと浮かんだ疑問を口にする。


「どんな言語体系ができるかボクは楽しみだよ。どこかの刑務所みたいだね。それに」


 一瞬の間を置き、


「キミの目的は失敗させることだろ」


「んー、わざと失敗するってのは難しいもんだな」


「太宰先生の弟子になるかい?」


 栫井はニヤニヤして高瀬の方を見る。


「入水は一回で済みそうだな。俺泳げないし」


「この学校水泳の授業がなくて良かったね。他の男子は残念そうだったけど」


 高瀬の通う戸真崎高校には水泳の授業はない。体育の授業では集団行動を学ばされた後、男子はラグビー女子は創作ダンスに分けられていた。プール自体がないわけではないが校舎からは遠く、水泳部がほそぼそと使っているだけだった。


「どうせあっても男女は別だろ? 見れないことには変わりない」


「さあ、女子が入ったプールに入るという事実が欲しいんじゃないかな」


「現役女子高生のエキスってやつか?」


 知っている単語を並べる。


「なんでそんな言葉使うかな。ボクはたまにキミがわからなくなるよ」


 呆れたような目が高瀬を見つめる。


「話がそれた、うまく失敗できないか? 俺があいつらに勉強教える関係だったら嘘適当に教えるんだけどな」


「それにはキミの偏差値が足りないね」


 でも、と栫井は付け加えて、


「飼い殺しにするのはありかもね」


「ん?」


「キミなしでは何もできないようにするってことだよ」


 栫井はくるりと回って教壇から飛び降りる。なるほど女子の制服でこんな動きはできないだろう。制服の隙間からチラリとへそが見えた。


「ここで考えても仕方ないし帰りながら考えよ。幸い試験まではもう少し時間があるし」


 この時期の太陽は既に見えなかった。しかし、完全に暗くなるまでにはまだ余裕があった。




 ふたりで校門を出て帰路についた。高瀬は自販機の前で立ち止まる。代金を入れ取り出したのは黄色いパッケージのジュース。マイナー品でコンビニなどで売られているのを見つけるのは難しいものだった。


「お前も何か飲むか?」


「うんん、大丈夫。高瀬いつもそれ飲んでるよね。他に飲んでる人見たことないよ」


「そんなことないだろ。この前だって学校でこれ買ったてたら五組の貝塚(かいづか)にいい趣味してんじゃんって言われたし」


「そういう会話が起こること自体狭いコミュニティって証拠だよ」


「なるほど」


 確かに学校でこのジュースを飲んでるのは貝塚以外に見たことがなかった。


「さて問題。そんなコミュニティを壊すにはどうしたらいいでしょう?」


 唐突に栫井は両手の人差し指を立ててくるくるさせる。


「あー、商品自体の流通をなくすとか?」


「ものはなくなっちゃったけどそれが好きな人の集団ってのはあるよね」


 地方の銘菓が店をたたんだ際、そのファンによって銘菓が復活することも珍しくはない。


「それに関わる発言は罰するとか」


「とんだ言語統制だね。それでも集団は維持されるだろう。隠れキリシタンみたいに」


「んー、もっといい商品出してそれを忘れさせるとか?」


「悪くないね。消費が大好きな現代人にとって次々と商品を出し続けるのは効果的かもね」


 ハイコンテクストな物をインスタントに消費させる。飽きやすい人間を黙らせるには効果的だ。


「で、それが試験とどう関係あるんだ?」


「さあね」


 自販機が吐き出したそれはこの時期に飲むには少し冷たすぎた。口から吐く息は白さをしばらく保って消えた。




 夕食を終え、自室に戻った高瀬の携帯が振動する。


「あ、高瀬?」


 電話口から栫井の声。


「どうした? お前から電話なんて珍しい」


 普段はメールで連絡してくることが多い。周りの人間たちはショートメッセージ専用のアプリで常時やり取りを行っている。一度見せてもらったことがあるが、昼に何を食べただとかどこに遊びに行っただのどうでもいい情報が流れていた。高瀬の携帯にはショートメッセージ専用のアプリがないためその様なコミュニケーションは発生しない。そんなもののために時間を奪われるのかと思うと、さらに携帯を新しくする気はなくなる。


 電話口の栫井は告げる。


「明日の放課後空いてる? 今日の続きで話があるんだけど」


「ああ、いいぞ」


「お客様もいるから忘れないでよ」


「お客様? 他にも誰か来るのか?」


「そうだよー。誰かは明日のお楽しみね」


 えへへっと栫井は小さく笑う。


「了解了解」


「じゃあまた明日ね」


「おう」


 電話が切れる。携帯をベッドに放り投げ、自身もベッドへとダイブする。ぼうっとついていたテレビからはお笑い芸人の声が聞こえ、バックには笑い声が流され、画面右下には視聴者の反応の見本として芸能人が映されている。高瀬はリモコンを手繰り寄せ電源を切る。高瀬は静かに瞼を閉じた。

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