狡猾者の戦略 1
試験初日。問題用紙が配られた。表にするなとの命令のもと解答用紙が全員の机に配置される。数名のヒソヒソ声が聞こえる。そこには高瀬の知っている声もあった。静かにしろという教師の声が教室に響く。教室内は心なしかいつもより制服を着た生徒が多い。気合が入るからという理由で試験日には制服で来る生徒がいるらしい。
「チャイムが鳴ったら試験開始。終了五分前に一度アナウンスする。カンニング等不正行為は厳禁。開始までしばらく待機」
不安と緊張の入り交じる教室。開始のチャイムが鳴った。生徒たちは一斉に問題用紙を表にする。高瀬は一息ついて問題用紙をめくる。
問題を確認。志渡寺が用意したダミーの問題用紙のできに感心する。高瀬はダミーの試験問題を細部までは見ていなかった。もとより出るはずのない問題だから勉強しても仕方がない。教えるために多少は目にしていたが詳細までは見ていない。だがそれでもわかるほど、ほぼ同じような書式で書かれている。しかしそれと同時に罪悪感を覚える。彼らはなんと言うだろうか。試験が終わると同時に飛びかかってくるかもしれない。いや、今飛びかかられてもおかしくはない。しかし、教室は平然と生徒を受け入れる。生徒の軽快にペンを走らせる音が静かな教室に響く。
高瀬はもう一息つき問題に取り掛かった。
試験終了のチャイムが鳴る。教師は解答用紙回収の指示を出し教室を後にする。生徒たちは次の試験の最終確認のため廊下のロッカーの上の自分の鞄まで急ぐ。高瀬は隠れるように人の波に溶け込み、自分の鞄まで辿り着く。携帯を取り出し集団の人間に『悪い、しくじった』と一文のメールを送る。その時後ろから肩を叩かれた。殴られることを覚悟しつつ振り返る。
「高瀬? お前マジすげーよ?」
「お前どうやったんだよ! まじパネェ!」
訳が分からなかった。どうしてこいつらは怒ってないのか? さらには上機嫌で自分を称えている。
「お前ら、怒ってないのか?」
「なんで起こるんだよ!」
ガハハと笑いながら、
「ほんとお前悪いやつ」
「高瀬! このメールなんだよ!」
ニヤニヤした顔がこちらを向く。
「『しくじった』じゃねぇよ! 言うなら『しくじれ』だろ!」
依然いやらしい笑顔を浮かべたまま、
「心配すんなよ! 俺らちゃんと怪しまれないように誰がどう間違えるかって話し合ってるからさ! 高瀬マジ神!」
唖然とする高瀬。
「じゃあ、試験終わったらみんなで高瀬にお礼するわ! じゃあな!」
試験マジ超楽勝という言葉を残し彼らは自分のクラスへと帰っていく。高瀬をぽつんと残し。
「高瀬、やっちゃったみたいだね。どうしてこうなったかボクもよくわからないけど」
栫井は暗い顔で言う。
「俺にはさっぱりだ」
「あれ? もしかして高瀬気づいてない?」
「さっぱり」
栫井は背伸びをして高瀬の耳元でこうささやく。
「さっきの試験の問題、瑞穂ちゃんが持ってきた試験問題そのままだったんだよ」
パッと身を離し、栫井の瞳を見つめる。嘘を言っている目ではなかった。
「そういえば高瀬はあんまり見てなかったよね試験問題。それでも彼らに勉強教えてる時に少しは問題を見てるだろ」
「そう言われると同じような問題が出たような……」
「同じようなじゃなくて同じ問題が出たんだよ」
栫井は深刻そうな顔をする。
「これは問題になってもおかしくないよ。なにせあの試験問題は先生の作ったものじゃないんだからね。ま、こうなった以上ボクらにはもうどうしようもないかな。考えられる最悪の場合は、これが高瀬のせいだってことが学校にバレて高瀬がペナルティを受けることかな。恐らくボクらも一緒にペナルティを受けるだろうし、集団は壊れたりしないだろうね」
もっと深まるだろうね、と付け加える。
「とりあえず今日試験が終わったら。ボクの家に集まろう。瑞穂ちゃんも呼んでおくよ。そこで対策を考えよう。まあボクらが無事に帰れたらの話だけどね」
「いまいちついていけてないが頼む」
次の試験の予鈴がなった。
「今日は特に大人しくしておいてくれよ」
「おう……」
高瀬は次の試験のため自分の席へと向かう。そのテストもどこかで見たことがあるような問題だった。
「明日もテストだからなー」
ダルそうな声が教室に響く。HRと称した五分で終わる担任の連絡事項が長く感じる。試験問題に不正行為が発生してもまだ自分を特定されるはずはない、と高瀬は自分に言い聞かせる。
「はい、終わりさね」
挨拶を済ませHRが終わる。高瀬はふうと息を吐き出す。
「あ、高瀬。ちょっとこっち来るさね」
心臓がドキリする。バレた。なんで。俺はおかしなことは何もしていない。
「高瀬。聞こえてるか?」
無言で立ち上がり新開の元へと向かう。
「ここではアレだし廊下に出るさね」
栫井がお気の毒様といった顔をしているのがチラリと見えた。
「どうしたさね。高瀬」
「いえ」
「そんなに生足が見えてないのが辛いか?」
新開のスカートからは黒のストッキングがすらりと出ている。その代わり上は無防備だ。
「ほい」
こちらに手の平を向ける。確保。そういうことか、と高瀬は考える。意を決めて新開の手に右手を乗せた。
「何やってんだ? そんなに女子との触れ合いに飢えてたかい? まあ、それもいいが早く鍵返すさね」
「鍵?」
「お前さんが昨日私から奪っていった鍵さね」
高瀬は思い出す。昨日の出来事を。そして理解する。これが試験問題の件を責められているのではないと。
「ああ、すみません。昨日はあまりに先生が心配だったので」
そう言って上着のポケットから車の鍵を取り出す。
「あー、手が滑りましたー」
小さな人形のキーホルダーが付いたそれは新開の胸元に吸い込まれる。ちょうど谷間の衣服に引っかかり無防備な胸元をさらに引き下げる。つい目がそこに行く。
バシッと頭を叩かれた。そのまま頭をくしゃくしゃとされる。
「お前さんの性癖がまともだとわかってよかったさね。今日はそれで許してやるさ。残りはまた今度さね」
新開は鍵を取り出し、じゃあ、と半身になる。
「ああ、この鍵だが、私の家の鍵さね。覚えておいてくれ」
そう言い残し職員室へと去っていった。
残り? 家の鍵? 高瀬の頭に新たな悩みの種が増えた。




