天才の戦略 4
この時間に帰るのは久しぶりだと志渡寺真琴は考える。普段五限の授業を取っていないため高校時代とは違い帰宅する時間は早かった。今日は大学の友人と課題を済ませていたためこの時間になった。歩く先に見知った後ろ姿を見つける。
「おい、平たいの」
キッとした表情で威嚇する小娘が振り返る。臙脂色のコートにマフラーを巻いたミニスカートが翻る。
「これはこれは志渡寺先輩ではありませんか。どうしましたこんなところで大学はいいんですか?」
「生憎だが。あそこはあまり拘束時間のないところでな。無理して行く必要はない」
出席を取らない教師の講義には欠席する生徒も多い。
「そうですか。それは羨ましいですねー」
「お前ももうすぐ受験だろ」
「そうです。明日からです」
平田はえへんと胸を張る。
「お前こそこんなところでどうした、だな」
「気分転換です」
「へえ」
軽く流す。下手に突っ込んで落ちたのは先輩のせいです等と言われてはたまらない。
「大学はどうですか?」
「手放しでいいとはいえないが高校よりはかなりマシだ」
「そこは嫌でも素晴らしいところだって言ってくださいよ。私もすぐ行くんですから」
「下手に幻想抱いても仕方ないだろ」
「私は先輩に幻想を抱いてました」
「そうかい」
「じゃあ俺は帰るからな。妹が待ってる」
「シスコン……」
平田は横目でこちらを見る。ふと思い出したように平田は鞄の中に手を入れる。
「先輩にプレゼントです」
「なんで俺が貰うのかね」
平田が缶コーヒーを放り投げる。
「デジャヴだな」
「デジャヴですね」
受け取った缶コーヒーは冷たい。
「じゃあな。結果は連絡しろ。落ちてたらなんか奢ってやる」
「ええ、受かってても奢らせちゃいます」
そう言って一ノ瀬は住宅街を曲がる。振り返りはしなかった。
「ただいま」
「おかえりなさい兄さん」
リビングで瑞穂が出迎える。ソファの上に体育座りでホットココアが入ったマグカップを傾ける。丸見えの太ももが眩しい。
「今日は遅いのですね」
「ああ、ちょっと友人と課題をしててな」
「兄さん大学にご友人いたのですね。安心しました」
「大丈夫だ。ちゃんといるしサークルに入ってるのも知ってるだろ」
サークルが始まるのは大抵夕方からで、真琴はそれまでの時間家に帰って課題に手を付けたり他の用事を済ませたりしていることも多い。瑞穂とは入れ違いになることも多く夕食を一緒に食べるはしなかったが、家のすぐ近くですれ違ったりはしていた。
「瑞穂は試験大丈夫なのか?」
「うん、多分」
瑞穂は迷うといつもこう返す。
「あ、この前の試験問題ありがとうです」
「ああ、いいっていいって、お礼なんていいって」
「いえ、別に大層なお礼をするつもりはありませんでしたが……」
「えっー、ケーキ作ってくれるとかないの?」
「ないです」
「じゃあお背中流しますとかは?」
「もっとないです」
「い、いいよ、お、お兄ちゃんはそんな見返り求めて、きょ、協力した訳じゃないんだからね!」
「すみません。兄のツンデレはノーサンキューです」
しょんぼりと肩を落とす真琴を目にし、仕方ないですねと瑞穂は口にし、
「一度弁当を作ってあげます」
「おお!」
「ひとり分もふたり分も変わりませんので」
「じゃあ毎日作ってくれないかなー」
「妹は兄がご学友と大学の食堂で一緒に食べてると信じてますので」
「そいつは虚像だ! うちの大学にはひとり席も完備されてる!」
「兄さんそこは誇るところではないです」
ふうと瑞穂は一息つき立ち上がる。
「今のは聞かなかったことにします」
ああそうだ、と真琴は口にし、
「瑞穂、これやるよ」
ポケットから缶コーヒーを出す。
「以前も同じようなやり取りをした覚えがあります」
「気のせいだよ」
「わかりました。それも含めて忘れてあげます」
「じゃあ勉強がんばれよ」
「はい、兄さんも」
リビングのドアが締まり、階段を登る音が聞こえる。真琴はもうしばらくリビングでゆっくりしてようと思った。




