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トリックプレイ  作者: 赤崎優
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日陰者の戦略 1

「駄目だ」


 低い声が辺りに響く。声を出したのは高瀬麻大(たかせあさひろ )。学ランに身を包んだ男は、いつもたまり場にしている空き教室の机に腰掛け無造作に足を組む。片手には缶コーヒー。癖なのか先ほどから手の中でくるくると回している。目の前に対峙する男子生徒の言葉を即座に否定する。


「具体性がない。リスクが高い」


 打ち消したのは、来週行われる学期末試験でカンニングをしようという提案。しかしその提案は具体的な手法を持たず男子生徒の口から出された。高瀬の鋭い瞳が男子生徒を黙らせる。しばらくの間沈黙が生まれる。教室の空気は緊張の色を見せる。

 高瀬は小さく咳払いをする。


「だが、見捨てる気はない」

「高瀬!」


 男子生徒は顔を上げる。空気が一気に弛緩する。男子生徒は留年を危ぶまれており、学期末試験での高得点が必要だった。


「騙すならデカくやろう」


 ぶっきらぼうに言い放つ。


「おお!」


 高瀬の協力を得られることに男子生徒は喜びを表す。


「お前らもやるよな」


 高瀬は抑揚をつけず後ろに声をかける。数人の生徒の姿が見えた。そのどれもがまともな格好をしていない。制服を着用している人間もいるが、ボタンは閉まることなく中に着たパーカーや派手なシャツが覗く。街中で見かければできるだけ目を合わせないようにと務めるような、距離をとってしまいたくなる。いわゆる不良たちだ。


「楽できるならボクもやるよー」


 ダルそうな数人の男子を代表し背の低い学ランの生徒が答える。他の生徒は反応しないが反対もしない。高瀬はそれを肯定だと受け取る。


「じゃあ俺は情報仕入れてくる」


 高瀬は腰を上げその場を後にする。後に付いてくるものは誰もいない。高瀬の廊下を歩く音が遠のいていく。放課後の廊下を歩く高瀬の前にふたりの女子生徒が通りかかった。女子生徒は高瀬を見るにつけ顔色を変えた。


「あ、私ちょっと用事あるから職員室付いてきて」


 もうひとりの女子生徒を連れタタッと走って高瀬の前から姿を消す。高瀬は彼女らの走っていった方を見てつぶやいた。


「職員室そっちじゃねえけどなー」


 明らかに避けられているのがわかる。彼女たちだけではない他の生徒からもだ。そろそろあの集団にケリをつけたいと高瀬は思う。元々不良キャラではないのだ。不本意ながらあの位置についてしまった。その原因は入学直後に行われた新入生指導まで遡る。



     ***



 入学して間もないある日の放課後。体育館では新入生指導が行われていた。新入生を集め上級生が指導する。どこの学校でも見かけられる光景。体面は新入生の指導、実情は大声を上げて恐怖を覚えさせているだけ。こんなことしても大人しい人間がさらに大人しくなるだけで、問題を起こす人間にとっては全く意味がない。そんな行為に高瀬は理不尽さを感じていた。だが騒いでも意味が無い、期間の一週間我慢していればいいと考えていた。

 そんな高瀬のもとに上級生の足音が近づいてくる。高瀬は校歌を歌う声量を少し大きくする。


「おい!」


 上級生の声がかかった。女子の体に学ラン・ハチマキでポニーテールで髪をまとめ、額を大きく出し眉を剃り怖さを無理矢理演出している。


「姿勢を正せ!」


 高瀬に向かって叫び声が飛んでくる。ピクリと高瀬は反応するが元から姿勢は正しているつもりなので改善のしようがない。上級生は普通指導する生徒が改善するまでその前を離れないが、その上級生は高瀬の眼前から消えた。

 思わず声が出ていたのに気付いたのは周囲の視線が自分に向いているのを感じてからだった。


「なんだあ⁉」


 上級生の悲鳴のような作られた罵声が上がる。


「……自分何も改善していないのですが」


 緊張のあまり高瀬は機械のような口調になる。上級生の顔が歪む。しばし睨み合った後上級生が言葉を作る。


「お前こっち来い‼」


 他の生徒の目を集めていたため、進行の邪魔にならないよう外に連れて行かれた。


「何のつもりだ‼」


「自分注意されて何も改善していないのですが、あなたが行ってしまったので、どこが悪かったか教えてください」


 淡々と高瀬は答える。


「オメエがちゃんとしてねえからだろ‼」


「だから、どこが悪かったのでしょうか。あなたは自分に注意をし、そして去りました。そこには改善が見られたということですよね」


「オメエ舐めんなよ?」


「舐めてないです。あなたの回答がないと自分は改善のしようがありません」


 それとも、と高瀬は続ける。


「形だけですか」


「おいテメエ‼ ブチくらすぞ‼」


 胸ぐらを掴まれる。


「なぜですか」


「オメエが口ごたえするからだろぉ‼」


 高瀬は少し面白く感じる。全く答えになってない上級生の応答。


「思い通りにならないからですか」


「……お前マジで殴るぞ」


 上級生の声が低くなる。憎むような視線が向けられる。


「理由があればどうぞ。ただそれに理由がないと自分は改善できませんので」


 上級生が唇を噛みしめる。彼女の目は充血し今にも涙がこぼれそうなのに気づいた。やり過ぎたと高瀬は思い、なんとか落としどころを探す。しかし言葉は出てこない。


「おーい、そのくらいにしておいてやってくれないかね」


 白衣を着た女教師が声をかける。


「佐竹、後はこっちに任せてもらうさね」


「か、顔洗ってきます」


 佐竹と呼ばれた上級生は走って行く。揺れるポニーテールに見とれていると女教師の声がかる。


「あんたの言いたいこともわかるがこれはそういう伝統でね。私も意味があるのかどうか疑わしいのだけど、上の人間がここの卒業生ばかりさね。自分の過去を汚したくないんだろう」


 妙な言葉遣いの白衣の女教師。高瀬の担任である新開翔子(しんかいしょうこ)だ。背が高くサイドにまとめられた髪はゆるやかにカールしている。そしてその胸は他のクラスの男子からは羨ましがられる程に膨らんでいる。しかしまだ入学直後。面談以上の交流はない。ただの生徒と一教師。


「こんな状況で戻るのはキツイだろうし、もう帰っていいさね。どうせ後三十分もすれば終わるさ。どこかで暇つぶしすればすぐさね」


「……では、失礼します」


 高瀬に対する周囲の視線が変わったのは翌日からだった。近よる人間は減り、遠くでヒソヒソと語られる。有り体に言えば浮いていたのだ。そしてそんな高瀬を同じ不良を見つけたと勘違いした人間たち。



      ***



 校内を歩くのに生徒が道を開けてくれるのは楽だが、その後ろから子分のように付いてくる生徒が邪魔だった。常に視線を集めているようで動きにくい。これまで何度かこの集団をバラバラにしようと動いたこともあったが全て失敗し、そういうのが好きな人間にはさらに居着きやすい集団となっていた。


 しかし、今回の件は使えると判断する。


 試験で大問題を起こせば自分は集団から反感を買い、関わった人間には学校から大きなペナルティが与えられるだろう。集団の中には留年ギリギリの成績の人間もいる。流石に留年はないとしても春休みを補習で埋め尽くすぐらいはできるだろう。さらに学年が上がればクラス替えも行われる。それも進路を考慮されたクラス替えだ。高瀬の今の成績から考えて集団の人間の多くとは同じクラスになることはないだろう。人間関係をリセットするには最適だった。


「しかし、でかいことなー」


 自分で言ったものの何も思い当たらなかった。カンニングなんかは小さすぎて問題にならない。個人的にペナルティが与えられるだけだ。組織的に取り組んだとしてもあの集団は首謀者を割らないような人間たちに思えた。


「どうしたもんかね」


 そうつぶやきつつポケットから携帯を取り出しひとりの生徒を呼びつける。数コールの後、


「どうしたー」


 電話口からは中性的な声が聞こえる。先程の学ランの生徒だ。


栫井(かこい)助けてくれよ」


戸真崎(とまさき)の番長がそんな女々しいとは知らなかったよ」


「番長はやめろって番長は」


「えー、外面なんてまさに番長じゃん。それにさっきも番長っぽいことしてたし、うちの学年の生徒に番長と言えば? って質問したらきっとキミの名前が一位にランキングされると思うよ。あっ、ちなみに二位は私服の高瀬かな」


「区別してのランクイン! 俺強ぇ!」


「高瀬が普通科で良かったよ。人文科だったら海外ホームステイがあるから高瀬の私服が日本の代表になっちゃうよ。それはあまり喜ばしくはないものだね」


「というか服についてはお前も人のこと言えないだろ」


「どうして?」


「女なのに学ラン着てる奴には言われたくない」


 栫井はいつも学ランを着ていた。自身は女子であるのにだ。最初はクラスの連中も好奇の目で見ていたが今はもう日常となっている。


「そんなにおかしいかな。それより心外なのはボクの服をキミのと同列に扱われることだね。ボクはボクが着やすくてボクに似合う服を着ているつもりだよ。キミの『South・Dakota』と胸にでっかく書かれたTシャツと一緒にしないでほしいな」


「んん」


 高瀬はそんなTシャツ持ってたっけと首をかしげる。


「それで? キミはボクに服の相談で電話をかけたのかな?」


「あー、ちょっとこっちこれるか?」


「どこだよ? ボクはキミにはGPS付けてないんだから」


「にはってのが気になるが無視しておいてやる。一組だ。一年一組の教室、俺しか居ない」


「了解。ちょっと待っててねすぐ行くから」


「……」


「……」


「切れよ」


「番長の電話を無下にはできません!」


 高瀬は即座に終話ボタンを押す。つい溢れそうな感情を携帯のボタンへぶつける。この押したという感触。やはり物理キーボードはいい。以前タッチパネルの携帯を使っていたが今は再び薄型の非折畳み式の携帯を使っている。どうやらこれも高瀬を硬派と思わせる要因の一つだった。

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