フラグを折ってしまいたい
短編で載せていたものです
「『フラグ』ってなに?」と彼女が聞いてきた。
最近、僕を放っておいてなにをしているかと思えば、携帯ゲームにハマっていたらしい。
親友から「このゲームすっごいよ!」と言われて始めたそうだ。『乙女ゲー』初心者の彼女は、なかなか苦戦を強いられている。
「出来事につながる『きっかけ』みたいなものじゃない?小説なら『伏線』かな、おそらく」
「ふーん」
自分で聞いたくせに、すぐに興味をなくす。猫みたいな、僕の彼女。
隣に座ってるのに、視線はスマホの画面に釘付けって、どんな放置プレイなの?
つまらないので彼女の身体を膝の上に乗せてみた。……反応が無い。
「真剣だね」
「……うん、ちょっと色々考えてて…。……『フラグ』って、それが立たなかったら、出来事は起こらないってことだよね。――なんだか、本当の恋愛みたい」
呟いた彼女を、僕はぎゅっと抱き寄せる。
「君は何を悩んでいるの」
彼女の顔が、僕の胸に押しつけられる。彼女の体温や鼓動が、僕に伝わってくる。
「……二人の関係が、こんな些細なきっかけで壊れるなんて、やだなあって」
どうやら、攻略に失敗したらしい。画面では、攻略対象がヤンデレ化してしまったようだ。
乙女ゲーム『目指せ純愛!!ヤンデレフラグを折りまくれ!』は、タイトル通り、ヤンデレ要素を持つ攻略対象のフラグを折って、純愛エンドを目指すゲームである。
僕の彼女は今、頑張ってそれをプレイしている最中です。
「もうやだー!何回やってもバッドエンドだよー」
画面は美形キャラが主人公の足を撫でていた。
『この、綺麗な君の足で……俺を踏みつけてくれないか……』
うん?ある意味、ベストエンドじゃないかな。殺されてもいないし、監禁されてもいない。
「死亡エンド回避したんじゃない?」
おめでとう、と祝いを述べると、彼女はイヤイヤと頭を振る。
「……変態だよぅ、ひどいよう。『乙女ゲーム』詐欺だよう」
「じゃあ、どんなエンドがいいの?」
彼女が僕を見上げる。なんとなく、顔が赤い。
「普通の、純愛エンドが見たいの!ラブラブなやつ!!」
そのあと、小さな声で「……このキャラが、似てるんだもん」と言う。
可愛い。すごく可愛い。僕を誘っているのかと思ってしまう。
確かに、画面のキャラはどことなく僕に似ている。……なるほど、だからあんなに真剣だったのか。
「……こんなふうに?」
軽く唇をついばむと、彼女は真っ赤になって顔を隠してしまった。僕の胸元がくすぐったい。やばい、限界がきそうだ。
……このゲームのエンド数を僕は知っている。なぜなら僕の会社の作ったゲームだから。
あるのは、『純愛』と『死亡』と『ヤンデレ』。……『ノーマルエンド』は存在しない。
裏テーマは「本当の『ヤンデレ』こそ、純愛であるべき」とのこと。
『ヤンデレ』とは『精神が病んでしまったかのように、特定の人物に執着し、愛情表現を行う』人と一応、定義しておく。
僕に言わせれば、既存のゲームの『ヤンデレ』は甘い。
好きな相手を手に入れるならば、「彼女を自分の思い通りにしよう」などと思ってはいけない。
彼女のすべてを受け入れ、愛すること。
彼女の求めるもの、望む言動、理想の姿、すべてを把握し、かつ自然に振る舞うことこそ『ヤンデレ』の称号に相応しい、と僕は考えている。
「……私のこと、好き?」
小さな声で尋ねる彼女。恋人たちの定番の台詞は、僕もとても返答しやすい。
「世界で一番好きだよ。……僕と結婚してくれる?」
現実に『フラグ』なんて存在しない。
あるのは、偶然と必然のみ。もし『別れのフラグ』があったとしても、僕はあらゆる手段を使って、折りに行く。
――腕の中の君を手放さないためだったら、僕は何でもするよ。
「愛してる」
君のすべてを手に入れて、逃がしはしない。