恋の罠を仕掛けたい(前編)
アリジゴクはウスバカゲロウの幼虫です
「俺さ、好きな子ができたんだ。失敗したくないから練習したい」
私の心の奥に、冷たい言葉のナイフが刺さっていく。こんな気持ちになるくらいなら、彼を好きになるんじゃなかったと後悔した。
私は今日、大好きな幼なじみに呼び出され「キスの練習台になれ」と言わました。
「……練習台?」
私たちのいる場所は、みんなで昔よく遊んだ近所の公園。今は夕暮れ時で、人気はほとんどない。
「そ。だって失敗したらカッコ悪いだろ?お前、俺のこと好きらしいし、ちょうどいいじゃん」
私は、彼のことが好きだった。小さい頃からずっと、彼のお嫁さんになりたかった。
『大好きな彼とキスをする』。それがこんな形になるなんて、誰が想像しただろうか。
重苦しく、胸が詰まる。彼を見るたびにドキドキしていた気持ちが、すうっと凪いでいく。
「……確かに、私はあなたのことが好きだったわ」
「なら、いいだろ」
伸ばされた彼の手を、私は自分の腕で弾き、彼から一歩距離をとった。
「……ひとつだけ教えておいてあげる。あんたのそのセリフはね……私にも相手の女性にも、失礼極まりない代物なのよ。金輪際、私に話し掛けないで!!顔も見たくない!!」
私はそのまま全力で走って、彼の傍から逃げ出した。
――あと少しで、玄関だったのに。
私は彼に追い付かれて、捕まってしまった。
「――待てよ、話を聞けよ」
「はなすこと、ない。さわん、ない、で」
全速力で走ったため、息切れしてしまい、うまく話せない。彼も多少は息が上がっているが、私ほどではなく、まだ余裕がありそうだ。
「なによ」
逃げられそうにないから、仕方なく彼を見る。
「違うんだ」
「何がよ」
彼は私の手を掴んだままで、離してはくれない。
「……俺が好きなのは、キスしたかったのは、本当はお前なんだ」
「え?」
いきなり走ったせいで、私の耳がおかしくなってしまったのか。
「……ああ言えば、お前とキスできるんじゃないかと思ったんだ」
「なに、それ」
彼が言った馬鹿みたいな告白。……私は、彼がずっと好きだった。いつか恋人になれたらと、ずっと夢見ていた。
「好きなんだ」
彼の顔が近付いてくる。
私は……
ドガッ!!
「ッいてぇ!」
私は、彼の頭に頭突きをした。
「なっ、お前、なにするんだ!」
怒りで顔を赤くする彼に、私は再度言い渡す。
「『好きな相手は本当は私でした』……だから何?
……あんたが言ったことは、私を傷つけたの。
分かる?
あんたは私のことを『頼めば言うことを聞いてくれる相手』だと思ってる。私を対等に見ていない!馬鹿にしないでよ!あんたは、人の気持ちをなんだと思っているのよ!」
「だから!」
「……離して、二度と話し掛けてこないで」
このままここにいたら、泣きだしてしまいそうになる。
私は涙をぐっと堪え、彼の手を折る勢いで叩き落とし、家に向かって走りだした。