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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第10話 『夏の合同合宿 中編』
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(14)

「……いいから、行かないで!」

 女子生徒は輝十の手を引っ張り、そのまま勢いで立ち上がって抱きついた。

「はっ!? え、え、え……?」

 ぎゅうっと自分の背中に食い込む小さくて柔らかい手。自分の胸に押しつけられた、小さいけれど確かにある柔らかい膨らみ。そして漂ってくる女の子特有の甘い匂い……は、あれ? しない?

 女の子の匂いがしないってのはどういうことだ? だからって男特有の嫌悪感や穢らわしい臭いはしない。この矛盾の答えを輝十は知っている。

 この子、人間じゃない。

 しかし今更驚くことはない。守永学園も悪魔と人間が通っている学校だし、獣人系が通っていると言っていた。つまり女じゃないだけで、この子はきっと雌……メス!? 女よりなんかいやらしいじゃねえか。そんな子が俺に強く抱きついてきて……いやだから、なんで抱きつかれてるんだ? そもそも俺はトイレに行きたくて、この子がお腹痛そうにしてて、それで、えっと……。

 輝十の頭はショート寸前だった。容量オーバーである。

 もちろんこの理解不能な展開で抱き返すことなど出来るはずなく、輝十の両手は浮遊したままだった。

「ざ、座覇、く……ん?」

 その時だった――聞き覚えのある声が輝十の名を呼んだのは。

「!?」

 声のする背後を首だけ動かして振り返るとそこにいたのは、この状況を一番見られたくない人だった。

「埜亞ちゃん! な、なんでここに!?」

 埜亞もまた、ただトイレに行きたかっただけなのかもしれないが、今の輝十の頭ではそこまで回らなかった。まるで浮気現場を目撃されてしまったかのように、頭に血が上り、口が先走る。

 金魚のように口をぱくぱくしながら顔を赤く染め上げていく埜亞。そんな埜亞を見て女子生徒はほそく笑む。

「言ったじゃない! あちきのことが一番好きだって、言ったじゃない!」

「はぁっ!?」

 女子生徒は更に強く抱きつき、輝十の頬に自分の頬を擦りつける。

「!」

 埜亞は声にならない声を出す。この状況を目の当たりにして、自分がどうすればいいかわからないのだ。

「ち、ちげえ!」

「なにが違うんでありんす?」

 輝十は女子生徒を自分から引き剥がそうとするが、更に強く抱きしめられてしまった。なんだよ、この怪力……!

「いや、だって、違うだろ! お願いだから離れて下さい!」

「どうして必死に否定するでありんす?」

「それは!」

 女子生徒は輝十の頬に手を添え、真っ直ぐにその瞳を射貫く。

「目の前に可愛い女の子がいて、その女の子が好きだって言ってるのに、なにが違うんでありんす?」

 動けなかった。まるでその瞳に拘束されてしまったかのように。

 上目遣いで這い寄られ、体を強く抱きしめられ、輝十には身動きが出来なかった。その絶妙な色気が輝十の全身を縛り付ける。

 どうして俺はここで強く否定出来ないんだよ……! 情けない、目の前の色香に眩んでしまった自分が!

「素直でいい子でありんすなぁ」

 女子生徒は輝十の頬を撫でながら埜亞に視線を送る。まるで自分の勝ちだと見せつけるかのように。

 淫魔の誘惑にも屈しない自分がなんで……? そんな疑問が輝十の脳裏に浮かぶ。

「ご、ごめんなさいっ!」

 埜亞は見てはいけないものを見てしまったかのように、謝るなり走ってその場を逃げ出した。女子生徒は姿が消えたのを確認して、輝十から体を離す。

「冗談でありんす」

 あっさりと体を離し、もう触らないと言わんばかりに両手をあげて見せた。

「お、おまえなぁ!」

 拒絶しなかった自分にも非があるので、輝十はそれ以上強くは言えなかった。

「でも悪い気、しなかったでしょ? そこ、どきどきしてたよ?」

 女子生徒は悪戯に笑いながら、輝十の胸を指しながら言った。そして舌を出して見せ、第二訓練場の方へと走っていった。

「なんだったんだよ……」

 既に一日分の精神力を使い果たした気分だった。どっと疲れが押し寄せてくる。しかしここで思い悩んでいる場合でもない。

 輝十は慌てて目的を思いだし、男子トイレに駆け込んだ。



「もー遅いよ輝十ぉ! なにしてたの?」

 第一訓練場に戻ってすぐ膨れっ面の一茶が駆け寄り、腕を引っ張って輝十を集まっている場所へ導いていく。

 既に集合を終えており、クラスごとに白と黒に別れて整列している様子だった。

 輝十が列に入ってすぐ、養護教諭が前方に姿を現す。

「時間だ。ちゃんと揃ってるだろうな」

 厳しい目つきで訓練場内を見渡していく。ギリギリ間に合ったことに輝十はほっと胸を撫で下ろしたが、さっきのことをまだ引きずってた。つい埜亞の姿を探してしまう。

「どうかしたのー?」

 そんな落ち着かない輝十の様子を訝しみ、輝十の前に並んでいる杏那が振り返って問いかける。

「い、いや……後で言う」

 思わず叫びかねない、今はそんな気持ちだからだ。

 なにが悲しくて好きな子に他の女の子と抱き合っているところを見せつけなければいけないんだ。俺はそんな器用な悪い男じゃないんだよ!

 自然と溜息が漏れ、頭を抱え込む輝十。

 しかも相手は埜亞だ。純粋すぎる彼女にあんなところを見られて、なんて言い訳すれば……いや、待てよ。あれは他校生徒との交流の挨拶だったってことにしたらどうだろう? 外人とのハグみたいなもんだろ、ああそうだ、そうだよな!

 ポジティブ思考にもっていくことで自我を保った輝十は、心を落ち着かせて前方に目を向けた。

 前方では養護教諭と女性なのか男性なのか判断しかねる中性的な容姿をした人が立っていた。

「いいか、よく聞け。今回の合宿では仮ペアを作ってもらう」

 養護教諭がそう言うと生徒一同はどっと騒ぎ始めた。

「静かにしろ。仮ペアを組んで実技を行うのが合宿の目的だ。実戦により近い経験を積んでもらう。机に向かっているだけでは何も出来ないからな。説明しながら体で覚えてもらう」

 フィールドリバーシの時同様に、前から順番に人間にだけ小袋が配布されていく。

「今度はゴールドか。指輪も入ってるな」

 輝十は自分の手元に届いた袋を開け、中身を確認した。

「それ、輝十には必要ないと思うんだけどなぁ」

「え? なんで?」

「その通り」

 振り返った杏那が言うとほぼ同時に養護教諭の傍らにいた中性的な容姿をした人物がそれを取り上げた。

「え、ちょっと! それ俺の!」

「きみには必要ないよ」

 そう告げ、前方に戻ってく。輝十はいまいち納得出来ず、頭上に疑問符を飛ばし続けたままだ。

「それが今回の術具だ。ブレスレットは人間がつけ、リングはペアになる悪魔につけさせろ。今回のはフィールドリバーシ時に使った術具とは少し異なる。魔力の扱いを体で覚えて貰うからな、生命危機にならない程度のリミッターはついているが他は自力で行ってもらう。言わば、子供の歩行器のようなものだ。歩く手伝いはするが、どこに歩いていくかは自分次第ってことだな」

 生徒達はざわつきながらも渡された術具を確認し、養護教諭の説明に耳を傾ける。

「術具が大丈夫だと判断した時、双方のリングが自然と外れるようになっている。合宿中に外れなかったものは居残り補習だからな、気を抜くなよ」

 人間生徒ぞれぞれがブレスを自分の手首に装着し始めた。それを確認しながら、養護教諭は続ける。

「後半は守永学園との実戦も交える。栗子学園の名に恥じぬよう、真剣に取り組むように」

 実戦……その言葉が重くのし掛かる。もちろん学校行事だ。危ないことにはならないだろうが、爆発の件もある。輝十はなんとなく嫌な予感がしていた。禅の言っていた合宿中に起きるでかい事件も気にかかる。

 そんなことを考えていたのが杏那に伝わったのか、杏那は輝十の額にでこぴんした。

「ねぇ、不細工が更に不細工になってるよー?」

「なにすんだよ、いきなり! しかも俺は不細工じゃねえよ! 可愛い系フツメンだろーが」

「それ、自分で言っちゃうんだ……」

 さすがにちょっと引き気味の杏那はわざとらしく咳払いし、その場を切り抜ける。

「とにかく、そんな怖い顔しちゃだめだよ。こういうときこそ、ね」

「そうだよー輝十ぉ! 普通にしてなきゃだめだよっ?」

 後ろから一茶がにこにこしながら輝十に抱きついた。

「気を張りすぎると逆に足下をすくわれるからねぇ」

「なるほど、それもそうかもな」

 そんな会話を繰り広げている間に、人間生徒それぞれがブレスをつけ終わり、養護教諭がそれを見渡して確認する。

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