(13)
「本当に無人島なのか、ここ……」
島に着くなり、輝十は周囲を見渡しながら驚愕する。無人島とは思えないほど整えられており、綺麗に整備されてある。
「無人島って言っても学園の所有してる島だからね」
「毎年、一年生がここで合宿するそうですよ」
夜道がパンフレットを開きながら杏那の言葉に補足する。
そのパンフレットを横目で見ると小さな文字で色々書き込まれていた。さすが書記! 頭のいい人間は違う! と輝十は腕を組んで小さく頷く。
「右を見ても左を見ても、どっこを見ても海ばっかりだねっ」
無邪気にはしゃぐ子供のように、きょろきょろしながら一茶が呟く。
「隔離でもしないとね、一般人には見せられないでしょ」
船旅に疲れた様子の聖花が鏡で自分の顔を確認しながら適当に答えた。
「た、楽しみですねっ!」
両拳を握り締め、鼻息を荒くして言う埜亞。そんな埜亞が微笑ましく思え、輝十の顔は自然と綻んだ。
それから生徒達は宿泊施設へと案内されて移動する。部屋に荷物を置いて準備してから、第一訓練場で早速オリエンテーションが行われるのだ。
男子生徒が泊まるA棟と女子が泊まるB棟はエントランスホールで左右に道がわかれており、そこで男女わかれるようになっていた。
「え、そんなに部屋離れてんの……?」
傍らで絶望色に染まった輝十を見るなり、
「女子の部屋へ遊びに行くにはこのエントランスホールを抜けないとだねぇ」
心を見透かしたように杏那が突っ込んだ。
「深夜になるとここには必ず先生が見張りでいるみたいだけどね」
引きつった笑みを浮かべた夜道が言うと、
「おまえはそれでいいのかよ! 彼女と会えないんだぞ!?」
熱くなった輝十が夜道の胸倉を掴んで語りかける。
「えっ、ああ、うん。俺は……一応、待ち合わせ場所決めて会ったりするつもりだから」
輝十は申し訳なさそうに言う夜道の胸倉を瞬時に離した。
「これは彼女持ちと非彼女持ちの格差か……」
「ねぇ、非彼女持ちってなに? 彼女いないってはっきり言おうよ、紛らわしいなぁ」
落胆している輝十に杏那の突っ込みなど聞こえていない。
「それより俺ってこっちでよかったのかなー? お腹いっぱいになると女の子になっちゃうけどー?」
にやにやしながら言う杏那に、
「は? おまえは女の子じゃねえよ。おっぱいのある男だろーが、紛らわしい」
「そのおっぱいのある男って表現すっごく嫌なんだけど」
むすっとした杏那を無視し、一同はそれぞれ振り分けられた部屋へと入っていく。
「なんで俺達だけ大部屋なんだよ! ベットじゃないんだよ!」
部屋に入るなり子供のように文句を言い出す輝十。
「別にベットでも布団でもどっちでもいいじゃーん。童貞のくせに贅沢だなぁ」
「おい、童貞は関係ないだろ!?」
いつもの調子で言い合っている二人を冷めた様子で眺めながら、
「なにかあった時の為に一緒の方が動きやすいからだよ」
冷静に正論を述べる慶喜。
一般生徒と違って学年委員である、輝十、杏那、一茶、禅、夜道はまとめて大部屋だったのだ。
「えっと……学年委員じゃない人もいるみたいなんだけど……」
指摘していいのか悪いのか、空気を読みながら小声で突っ込む夜道。
「寝る時は部屋に帰るように俺からちゃんと言うから大丈夫だよ」
指摘された全が夜道を睨み付けていたが、それを慶喜が諭すようにフォローした。
さっきから様子のおかしい慶喜に疑問を抱いていた輝十はそれを口にする。
「なんだよ、おまえなにかあったのか?」
「え? どうしてそう思うの?」
「いや、なんとなくだけどよ……」
これといった理由はない。本当になんとなく、そう感じただけだった。
まるで棘が抜けたような、達観したような、そんな雰囲気に感じられたのだ。それは決して大人になったという意味ではない。まるで何かを諦めて、覚悟して、力んでいるような……。
輝十が感じている違和感を杏那もまた抱いているようだった。
「今のあんたの雰囲気があの事件の時みたいだからじゃない?」
指摘された慶喜はぷっと吹きだして笑ってみせた。
「本当になにもないんだよな?」
念を押すように輝十が問いただす。
「やだなぁ、なにもないよ。あるとすれば、座覇くんに彼女を渡したくないってことぐらいですね」
そんなやりとりを少し離れて見ていた全が不安げな顔をしていた。その全を見て、今度は禅が深い溜息をつく。そしてめんどくさそうに頭を掻きむしった。
「これから言うのは俺の独り言だから別に聞かないてもいいんだけどな」
禅が荷物を片付けながら、視線を荷物に預けたまま喋り出す。
今まで全く友好的な態度ではなかった禅が自ら口を開く。それだけで周囲は驚き、そして耳を傾けた。
「いいか? 今回の合宿ででかい事件が起きる。てめえら心しておけよ」
同時にシュッ、とバックのチャックを締め終える。
「でかい事件……?」
その気になる語句を復唱するなり、杏那は眉間に皺を寄せた。
「なんだよ、でかい事件ってのはよ!」
一方、輝十は禅の元へ駆け寄り問いただす。
「でかい事件つったらでかい事件だよ。おい、あっち行けよ」
しつこい子供にまとわりつかれたかのように、禅は答えず輝十を手で追い払う。
「丸穴くんの占いは外れないって聞いてるよ。だからこそ、色んな業界のお偉いさんにも気に入られてるんだよね」
夜道がそう言うと、
「丸穴家って陰陽道で有名な家系だもんねっ」
それに乗っかって一茶も口を挟む。
「ふーん、つまりその独り言は独り事では済まなそうだねぇ」
そして杏那が噛みしめるように呟いた。
「常に頭の片隅にはおいておいた方がよさそうだね。うん、小さな変化は見逃さないようにしなきゃな」
そしてその場の微妙な空気を立て直すかのように夜道が話をまとめた。きっと禅はそれ以上のことは言わない、もしくは言えないのだろう。ならば、この話題をずるずると続けても意味がない、と判断したのだ。
そんな夜道に関心した輝十は目を輝かせる。
「おまえ、出来る奴だな!」
「輝十と違って頭がいいんだから物分かりがいいのは当然でしょ」
「それじゃあ、俺がバカみてえじゃねえか!」
「え、バカでしょ? なんだと思ってたの?」
目の前で繰り広げられるそのやりとりから逃れらない夜道は、まぁまぁ、と必死に宥める。
そんないつもの流れの中で、慶喜だけは顔色一つ変えずに無関心な様子で荷物の整理をしていた。元々そんなやりとりに加わるタイプでも関心を持つタイプでもないが、それにしても何かが違う。
それはいつも一緒にいた全が一番感じており、心配そうに横目で見ていた。
学園指定の紺色のジャージに着替え終えた生徒達は、第一訓練場に集合することになっている。
輝十達もまた着替え終えて、第一訓練場に向かっていた。宿泊先から歩いて行ける距離にある。
「なぁ、まだ時間あるか?」
第一訓練場が見えてきて、もう間近というところで輝十が杏那に問う。
「うーん、大丈夫だと思うけどなんで?」
「ちょっと雉撃ってくる」
言って、駆けだしていく輝十の背中を見て杏那が首を傾げると、
「トイレってことだよっ。そんなことも知らないのー?」
ここぞとばかりに一茶が杏那を小馬鹿にし、その仕返しに一茶は杏那に両頬を抓られるはめになった。
トイレらしき入口を二つ発見した輝十は迷わず入ろうとして、入口の前で誰かが屈んでいることに気付く。しかも不運にも思いっきり男子トイレの前にだ。
近づいていくにつれて、それが女子生徒であることに気付く。
「おい、具合悪いのか? 大丈夫か?」
よく見るとジャージの色が暗い赤色、ワインレッドのような色をしている。もしかして守永学園の生徒……?
「い、いたい……」
顔をあげて、そう小声で漏らす女子生徒。
綺麗な黒髪を二つに結び、ぱっつんと切りそろえられた前髪は斜めで奇抜だ。日本人形を彷彿させる雰囲気と整った顔立ちをしている。
「おなかいたい……」
お腹を抱えたまま、輝十に訴えかける女子生徒。
「先生呼んでくるから、ちょっと待ってろ!」
輝十が踵を返すと、
「い、行かないで」
その手を掴み取って何故か引き止めた。
「いやでも」
本当に痛そうだし、このまま放っておけるわけがない。そしてなにより彼女を早く助けないと自分の膀胱も助けられないのだ。