(10)
「夏地さん、大丈夫?」
「私は全然……私のせいで座覇くんがっ!」
慶喜の心配を余所に、埜亞はハンカチと取り出して輝十の手当をしようとする。
「みんなとりあえずは無事みたいだね」
戻ってきた杏那が一同に目を向けながら言うと、
「なんだったんだ、あれは」
菓汐が最初に問いかける。
「結論から言うと人間の仕業ではないよ、多分ね」
「やっぱり狐の仕業だったんです?」
慶喜の問いに杏那は頷いた。
「恐らく守永学園の生徒だと思う。合宿前のご挨拶みたいだったからね」
「えらく盛大なご挨拶じゃない」
聖花が苛立った様子で言うと唇を噛みしめた。
「じゃないとすれば、守永学園の生徒の仕業に見せかけて合宿前に東西の仲に亀裂を入れようとする何者か、だな」
菓汐が冷静に分析すると、
「それもないとは言い切れないね」
慶喜が最初に同意し、苦い顔をして考え込んだ。
「……粉米さんは?」
そういえば一人だけ姿が見当たらない。ほっとしながらも行方が知れないのも怖いので、力を振り絞って輝十が問いかけた。
「粉米さんならそのまま池袋に行くとかなんとか」
「あ、あの格好で?」
記憶が確かなら爆発で服が燃えて、ほぼ下着姿だったような……。
それはさておき、一般人をここまで盛大に巻き込んで被害を被った罪は重い。相手が人間だとか悪魔だとか関係なくだ。
「どいつの仕業か知らねえが、次はぜってえ阻止しねえと」
「そうだね。これで楽しい合宿も楽しいだけじゃなくなったってわけで」
杏那が言うと一同重々しい空気に包まれ、それぞれが事態を重く受け止めていた。それはこの瞬間も騒がしい施設内の悲惨な状況を目の当たりにすれば、誰もが何かを思うはずだ。
その時、誰かを捜して声を張り上げる女性がこちらに向かって走ってくる。
「お母さん……? お母さんっ!」
どうやらそれは女の子の母親だったようで、全の膝に座っていた女の子が母親の声に気付いて反応を示す。
動けそうにない全に気を遣い、慶喜が連れて行こうとすると、
「いい、俺が連れて行く」
ゆっくりと立ち上がり、女の子と手を繋いで母親の元へ歩み寄って行った。
「あいつ、なんか変わった……よな?」
面食らった輝十は物珍しいものを見るようにその光景を眺める。
「そうだね。ペナルティ期間に少し変わったんじゃないかな」
そういう慶喜はどこか嬉しそうだった。親友の背中を暖かく見守っているように輝十には感じる。
「力を使った時点でもう知られているとは思うが、とにかくこのことは早急に理事長に報告しよう」
菓汐がその場をまとめようとした時、
「みんな、大丈夫だった!?」
栗子学園の制服を着用した見覚えのある女子生徒と男子生徒が駆け寄ってくる。
「確か執行部隊長の……」
杏那が名前を思い出せずにいると、
「空先輩と七井先輩!」
ちゃんと覚えていたらしい一茶は杏那を横目で見ながら自慢げに言う。
「あとは任せて、きみ達も避難して。報告は明日、理事長に直接行って欲しい」
七井はそう言うなり、すぐに一階に向かって走り出した。
いまいち流れがわかっていない後輩に、
「出来るだけ被害は出したくないからね、公共機関と組んで仕事することもあるのよ。じゃあね、気をつけて帰ってね!」
空がその疑問を解くべく補足し、七井の後を追って行った。
輝十は負傷しているし、全も力尽きている。みんな心情は穏やかではない。ここでなにか手伝うより、一先ず帰って気持ちを落ち着かせた方がいいだろう。後のことは先輩達に任せておいた方がいい。
そう判断した杏那は、みんなにここは一先ず帰ることを提案する。
日曜日――傷と謎を残したまま、一日の幕が下りた。




