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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第9話 『夏の合同合宿 前編』
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(9)

 菓汐の見解通り、再び爆発音が轟く。しかし今度は本屋の外で、今までよりも激しい爆発音と共に沢山の悲鳴が沸き起こる。

 ここは大型商業施設、そして今日は日曜日――友達同士で、恋人同士で、家族で、それぞれが思い思いに楽しんでいる姿が頭を過ぎた。被害は想像を絶する。

「クソッ! 聖花、埜亞ちゃんを頼む!」

 輝十は考えるよりも先に体が動いていた。ただの人間の自分に何か出来るとは思えない。それでも気付くと本屋を呼び出していたのだ。それを見て杏那も一緒に駆けていく。

「なんなんだよ、これ……」

 目の前に広がる火の海。輝十達のいる階から一階までを見下ろすと、誰もが慌てて逃げ出そうとしている。従業員が必死に誘導しているが、いつどこで何が原因で爆発するかわからず、その恐怖は計り知れない。負傷者も数え切れなかった。

 大パニック、悲劇の光景がそこに広がっていたのだ。

「とりあえず避難させ……」

 と、杏那が言おうとした瞬間、再び輝十達のいる階から連続で爆発音が響き渡る。

「輝十!」

 近くに幼稚園ぐらいの女の子がおり、輝十は女の子の姿を見つけるなり走り出した。

 頼む、間に合ってくれ……!

 迫る火の渦を止めようと杏那の瞳が茜色に染まる。杏那の炎ならあんな人工的な炎を消し去ることは容易いはずだ。

「な、なんで!?」

 しかし杏那の炎では全く消えないどころか、その力をまるで吸収して膨大するだけだった。

「もう大丈夫だから!」

 そう言って、今にも泣きそうな女の子を輝十は抱きかかえる。すると同時に爆風に吹き飛ばされ、再び地面を転がるはめになった。

「おにいちゃん!」

「走って、とりあえず火から離れるんだ」

 輝十は意識が朦朧とし、その場で横たわったまま女の子に逃げるよう促す。後ろからは勢いを増した炎が今にも輝十達を飲み込まんと迫っていた。

 自分に力が通用しないってことは……。

 杏那はこの炎が人間の仕業じゃないことに気付き、険しい表情で舌打ちするなり輝十の元へ一気に駆け寄る。

 その時――

「……ああもうマジなんで俺がこんなこと!」

 一階中央に設置された噴水の水が急に沸き上がり、周囲の火を消し去っていく。シャボン玉のような水の球体がいくつも現れ、負傷して動けなくなった人達はもちろん、輝十と女の子の姿を覆い隠して炎から守る。

「千月……? それと家森全?」

 ぼやける視界の中で、二人の姿を輝十は確認した。水の球体に立って、その場を収めようとしていたのは慶喜とその親友である全だ。

「妬類杏那! もしかしてあなたの炎は通じなかったんじゃないです!?」

 声を張り上げ、空中を全と共に移動しながら慶喜が問いかける。

「うん、なんでそれを!」

 慶喜は小さく「やっぱり……」と呟いて施設内を見渡す。

「つーか、これただの火じゃねえだろ。被害が大きすぎる。俺の力ももたねえよ」

 全が苦々しい顔で言うと、慶喜がもう少し粘るように告げた。そして杏那の元へ飛び降りる。

「妬類杏那の炎、つまり悪魔の炎が通用しないとなれば相手の炎も悪魔のもの。しかし序列的に妬類杏那の炎がきかない悪魔となれば、そんなにいないはず。序列関係なく炎がきかないとしたら?」

「なるほど、狐火ってわけね……」

「恐らく」

「狐火は正体自体が曖昧な炎だし、本体の狐自体が日本や中国発祥の悪魔というより妖怪だからね。相性が悪いや」

 杏那が悔しそうに引きつった笑いを浮かべる。

「とりあえずここは俺達が。妬類杏那は発信源を早く探して下さい」

「言っとくけどな、長くはもたねえぞ!」

 慶喜が再び全の元へ飛び、杏那は頷いて輝十に目をやる。全の水に覆われており、一先ず安全は確保されたようだった。それを確認し終えたところで、杏那は手すりの上に立って周囲に目を凝らす。

 必ず、ここにいる。

 杏那はそう確信していた。これだけ盛大なおもてなしをして下さる妖怪様だ。この状況や反応をどこかで見ているに違いない。そう考えた時、この状況を見ることが出来る場所は……この施設内、近くのはずだ。

 従業員に誘導されて避難していく人の列の中で、異質な存在を杏那は発見する。

 列から離れ、しかし怯えている様子はなく、負傷しているわけでもない。ただこの状況を傍観しているような、一人の女を。

 杏那はそのまま飛び降り、一階に降り立つ。

「お怪我はありませんか?」

 そしてその女に近づくなり、あえて丁寧に声をかけた。

 女はゆっくりと振り返る。その落ち着きすぎた雰囲気は、この状況では充分に異常だ。

「ええ、あちきは大丈夫です」

 真っ黒な髪を二つに結んだ、いかにも和服が似合いそうな日本人独特の綺麗さを放った女がそこにいた。着物ではなく、着物をモチーフにしたゴスロリのような格好をしているところは現代的というべきか。

「尻尾見えてるけど?」

「あらやだ、いやらしい」

 女はわざとお尻を隠す素振りをして見せた。

「そりゃこの騒ぎの発端だもんね。大丈夫に決まってる、かな?」

 言って、杏那は手の平を目の前に翳して女に向かって炎を放つ。

 それをまるで踊るように避ける女。動きに無駄がなく、可憐で綺麗で、舞踊を見せられているかのようだった。

「そんな怖い顔しないで下さい、旦那。ほんのご挨拶ですから」

「挨拶……?」

 動物特有のすばしっこさで飛んで逃げまわる女。

「オープニングセレモニーみたいなものです。お互い、合宿楽しみましょうね」

 そう言って、服の袖から出した白い袋を地面に叩き付ける。すると一瞬にしてその場は白い煙に包まれ、女の姿が隠れてしまう。

 しまった! 杏那がそう思った時だった。

「絶対に逃がさない」

 何者かが煙を掻き分け、杏那の隣を走りすぎていく。

「その声、粉米さん……!?」

 粉米は手に握り締めている小瓶を女に投げ付け、避けようとして振り返った女の胸元にそれは命中する。同時に煙りの中から鼓膜を引っ掻くような悲鳴がした。

「純正の聖水ですから。言い感じにキまるんじゃないです?」

 女の苦痛の声と共に煙りが薄くなってきて、その人物がやはり粉米であったことを杏那は確認する。

 女の胸元からも煙が出ており、恐らく粉米が投げた聖水で肌が焼かれているのだろう。女は何か言いたげな顔をして、狐の姿になってその場を走り去った。

「きみ、純正の聖水なんか持ち歩いてるの?」

 悪魔である以上、粉米本人にも深手を負う程の威力がある危ない代物だ。そもそも純正の聖水を持ち歩く悪魔なんて聞いたことも見たこともない。

 純粋に驚いている様子の杏那に、不機嫌らしい粉米は冷め切った表情で答える。

「目的を潰すことに手段は選びませんから」

 炎で焼かれて下着姿で言う粉米の姿はどこかシュールだ。

 杏那は彼女が異常であることを悟る。同時にもっとも悪魔らしい悪魔だとも思う。情熱が人間に向けられているからこそ安全だといえる、ある意味危うい存在なのかもしれない。


「座覇くん! 座覇くん! 大丈夫ですかっ!?」

 駆けつけた埜亞達が水の球体を割り、輝十と助けた女の子が中から出てくると無事であることを確認した。

「いってえ……な、なんとかな」

 ぐったり地面に倒れ込んだままの輝十は全身が軋むように痛むが、心配をかけまいと引きつった笑顔を埜亞に向ける。

「ピルプのくせに無茶しすぎなんだよてめえ」

 そう言う全もまた力尽きており、肩で呼吸しながら座り込んで壁に寄りかかっていた。

「意外ね、あんたが人間の為にここまでするなんて」

「僕も驚いたよ……」

 それを意外そうに聖花と一茶が見ている。

「うるせえ、ブス。話しかけんな」

「ブ、ブス……!?」

 今なら息の根を……と今にも殺しかねない聖花を一茶が必死で宥めた。

「おにーちゃん! おにーちゃん! だいじょうぶ?」

 女の子は眉尻を下げ、心底心配そうに倒れ込んでいる輝十に声をかける。子供ながらに自分のせいだと責任を感じているのだろう。何度も目を擦って泣きそうになりながら必死に声をかけている。

「泣くなよ、おにーちゃんは大丈夫だからよ。それよりあのおにーちゃんにお礼言ってやって。あのおにーちゃんのおかげで助かったようなもんだからな」

 言って、輝十は力を振り絞って全の方を指差す。女の子は振り返って全の元へちょこちょこと駆け寄っていく。

「シャボン玉のおにーちゃん!」

「……あ?」

 全は必死に呼吸を整えながら、目の前にやってきた女の子を見る。

「助けてくれてありがとっ」

 女の子はぎゅうっと小さな体で全に抱きつくなり、頬にちゅっと小さな唇をくっつけた。

「んなっ!? な! お、おう……無事でよかったな。痛くなかったか?」

 全は顔を真っ赤にして明らかに動揺していたが、女の子の笑顔を目にしてすぐに落ち着きを取り戻した。

「うん! あっちのおにーちゃんとシャボン玉のおにーちゃんが助けてくれたから! だいじょうぶ!」

「そうか。あっちのおにーちゃんは大して役に立たねえが、俺ならいつでも助けてやるよ」

 女の子は二つ返事で全に再び抱きついた。

 その不思議な光景を周囲は無言で眺めている。突っ込みどころが多くて二の句が継げないのだ。

「あ、全はロリコンだからね」

 その空気を一掃するかのように、誘導を手伝っていた慶喜が合流するなり補足した。

「ちげえよふざけんな!」

 その反応がもはや図星だと言っており、周囲の白い目を受けることになる。

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