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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第9話 『夏の合同合宿 前編』
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(8)

「誰だよ、そいつ。もしかして埜亞ちゃんも知ってんのか?」

 一同が理解しているような雰囲気の中で、唯一一般人に近い埜亞に輝十は助け船を求める。

「い、いえっ。ただ西柱にはパイモンっていう悪魔がいることは聞いたことがあります。東西南北の学園それぞれに王子が配置されているとか」

 埜亞が目を輝かせ、人差し指を突き立て、いきいきと口にする。大好きな分野なだけに胸が躍るのだろう。

「そっ。東は俺、西はパイモン、南はアマイモン、北はアリトン。それぞれ配置されてるらしい。ま、俺はミックスだけどねぇ」

 杏那が補足すると輝十は腕を組んで唸り出す。

「うーん、つまりそのパイモンって悪魔がエンジェル・トランペットって呼ばれてる天月なんとかっつー奴ってことか?」

 自分なりに頭の中で整理していく輝十。傍らで埜亞は頷いて見せる。

「だね、輝十は苦手なタイプかも。胡桃一茶と千月慶喜を足して二で割って俺を少し加えた感じっていうか」

「千月とおまえが加わっただけで割らなくても充分最悪じゃねえか……」

 輝十はげんなりした顔で氷コーヒーを飲み干してく。

「会ったことないけど聞いた感じでは、だーりんより心配なのはこの子だわ」

 聖花は埜亞のリボンを引っ張りながら言うなり、埜亞はきょとんとした顔で首を傾げる。

「そうだな……夏地さんは気をつけた方がいいだろう」

 それに菓汐が即同意し、

「なんで埜亞ちゃんが心配なんだよ?」

 周囲に輝十が問いかける。埜亞本人もわかっていない様子だ。

「人間の女の子だからよ、だーりん」

「狐や狸は化かすのが大好きだからねっ。夏地さん、騙されやすそうだし……」

 聖花の言葉に足し、眉尻を下げて申し訳なさそうに言う一茶。

「輝十は俺と契約してるからねぇ、そうそう変な虫は寄ってこないだろうけど。黒子ちゃんは気をつけないと」

 みんなの視線が一気に自分に集中し、埜亞はあわあわしながら何度も頭を下げて謝り出す。

「夏地さんのサポートはもちろん、出来るだけ連絡は密に情報は共有しよう」

 菓汐がまとめると一同はそれぞれ納得した様子で頷いた。

「他の奴にも伝えないとな。夜道となんだっけあの無愛想な奴、それと……」

 輝十の中では名前を呼んではいけないアノ人認定してしまいたい、彼女のことだ。

「そ、そういえばっ! 粉米さんならさっき本屋で見かけました」

 埜亞が思い出したように言うと輝十はあからさまに嫌そうな顔をしたが、みんなと一緒にいる時に伝えた方が幾分ましだと考える。

「まだいんのかな? とりあえずドーナツも食い終わったことだし、本屋行ってみるか」


 全員で本屋に移動するなり、本屋に入るとそれぞれで粉米の姿を探し始めた。みんな見当違いな本棚に向かって歩いて行く中で、輝十は彼女がどのコーナーにピンポイントでいるかなんて大体予想がついている。恐らく男同士の熱い友情が描かれた漫画コーナーか、男同士の淫らな恋愛が描かれたコーナーか、のどちらだ。

 案の定、後者のコーナーに釘付けになっている粉米の姿を輝十は発見してしまった。

「……輝十ぉ、こういう本が好きなの?」

 輝十の後を着いてきた一茶が物珍しいものを見るように周囲をきょろきょろと見る。

「バ、バカ! 俺が好きなわけねえだろ! つーか、おまえは見るな!」

 一茶が一冊のBL本を手にとると、輝十は慌ててそれを横取りした。教育上、絶対に見せてはいけない本である。まして一茶なんかに見せたら何に目覚めるかわかったものではない。しかも目覚めたところで、この容姿である。もう俺がどうにかなってしまいかねない。

「あ、あのっ、ど、どうして、これは男同士裸で抱き合ってるんでしょうか……?」

 片方防御したと思ったら、もう片方が手薄になっていたらしい。埜亞が一冊を手に取り、心底不思議そうにしている。

「ほ、ほら! あれだよ! 風呂のシーン、みたいな?」

「なるほどっ、お風呂の漫画なんですね」

 輝十は埜亞が純粋でよかったと切に思う。普通の人は男同士が裸で抱き合っている表紙なんか見たら、もっとディープな疑問を抱くはずだ。しかも無駄に艶っぽい表情だし。漫画のくせにリアリティ出すんじゃねえよ!

 二人の相手をして輝十の心が折れそうになったところで、

「これはヘタレ受けの座覇輝十くんじゃないですか。ここでなにをしてるんです?」

 輝十達の姿に気付いた粉米自ら声をかけてくる。

「童貞って罵られた方が精神的によっぽどマシだわ……」

 何故、俺は永遠の受け扱いなのか……と泣きたい気持ちいっぱいで粉米を睨み付ける。

「座覇輝十くんへのおすすめはやはりここのコーナーですかね」

「いやいやいやいや、おすすめを聞きたいわけじゃないから! 普通に考えて違うだろ!」

 俺一人じゃないし! こいつらもいるし! と言わんばかりに埜亞と一茶の腕を引っ張って見せる輝十。

「なるほど、胡桃一茶くんとのデート中に夏地埜亞さんと遭遇した、つまりはそういうことですね?」

「普通逆だろ!? なるほどじゃねえよなるほどじゃ!」

 今更ながら粉米相手にまともに会話が出来ないことに輝十は気付く。輝十と粉米では水と油のようなものなのだ。

「あ、あのっ、粉米さん! お話があって……」

「お話? いいです、聞きましょう」

 埜亞が言うとすんなり受け入れ、俺の頑張りとは一体……と、輝十は埜亞の傍らで無駄に疲労感を味わうはめになった。

 さっき話したことを埜亞なりに伝え、

「なるほど、あの美形で温厚で一見受けに見せかけて実は鬼畜攻めなパイモンのことですね」

 すぐに理解したようで、深々と頷いて見せる粉米。

「おまえは普通に会話出来ねえのかよ」

 男を受けか攻めで例えるのはいい加減辞めてくれないか……。

「情報の共有は把握しました。なにかあったらすぐ伝えますし、協力しましょう。世の男性陣を守るためなら力は惜しみません!」

 世の男性陣はおまえから逃げ出したいけどな、と突っ込みたい気持ちを輝十は抑えた。

「とりあえず頼んだぞ。俺はともかく、埜亞ちゃんを危険には晒したくねえからな」

「……女の子を庇う姿、マイナス五点です」

 異性同士のカップリングには反対派なのか、粉米は微妙そうな顔をしてぼそっと呟く。輝十は聞こえていたが、あえて聞こえないふりをした。

「では、私はこれから池袋に移動しなければなりませんので」

「おう。呼び止めて悪かったな」

 粉米が丁寧にお辞儀をして見せる、その時。まるで粉米の背後で悪意に満ちた花火が打ち上がったかのように――

「!?」

 衝撃音と共に目の前の光景が一変する。

 地面を震わす程の爆発音がし、火花が舞い、煙が沸き上がり、一瞬にしてその場が火の海と化した。本棚が砕け、飛び散り、暴風と共に輝十達も吹き飛ばされそうになる。

「埜亞ちゃん!」

 輝十は咄嗟に隣の埜亞に抱きつき、二回目の爆発を凌ぐ。床を何回転も転がり、本棚にぶつかって回転が止まった。

「輝十! 大丈夫!?」

 さすが幼い頃から鍛えられているだけあり、一茶は受け身をとって無事だった。粉米は制服が燃えたようで、下着姿で呆然と立っている。

「おう、俺は平気だ。埜亞ちゃんは大丈夫か……!?」

「す、すみませんっ! 私より座覇くんがっ!」

 擦り傷だらけになった輝十の腕の中から体を起こし、埜亞は悲鳴に近い声で叫ぶ。

「平気平気、こんなん唾付けときゃなんとかなるって」

 ははは、と笑って見せる輝十だったが、本心では全身軋むように痛かった。あれだけの暴風で吹き飛ばされたのだ。生身の人間の輝十にとって平気なはずがない。それでも埜亞の心配そうな表情を見て、強気に出ずにはいられなかった。

 女の子に弱いところを見せたくない、というその一心で。

 仕様もない男のプライドである。それでもそんなプライドを捨てるわけにはいかなかった。少なくとも彼女の前では。

「輝十、大丈夫? って、大丈夫そうじゃないけど」

「おせーよ、バカ!」

 駆けつけてきた杏那は輝十達と合流し、

「一体なにが起こってるっていうのよ」

 聖花は放心状態になっている埜亞の肩に手を添えた。

「故意的なものには間違いないだろう。恐らくまだ爆発はくる」

 菓汐は冷静にその場を見回し、状況を把握しようとする。

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