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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第9話 『夏の合同合宿 前編』
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(7)

「し、下着……!?」

 店内に足を踏み入れるなり、菓汐が頬を紅潮させて落ち着かない様子で周囲を見回す。

 そこは若年層向けの下着ショップであり、手頃な値段で可愛い下着が豊富に取りそろえてある。もちろん剥き出しでサイズ別にかかっており、その光景が菓汐にとっては衝撃的だったらしい。

「わぁ、可愛いですねっ」

 埜亞はピンクの下着を手に取るなり、目の前に掲げて見つめる。

「なにその子供っぽい下着……そんなんじゃ見せられた男は萎えるだけじゃないの」

 言って、聖花は黒の下着と白の下着を両手に見比べ始めた。

 聖花はともかく埜亞にいつものような挙動不審になる様子は感じられず、

「……はっ、恥ずかしく、ないのかっ?」

 思わず埜亞に小声で問う菓汐。

「恥ずかしい……? なにがですか?」

 どうやらピンクの小花模様の下着にしたらしい埜亞は、買う予定の下着を片手に菓汐へ向かって疑問符を投げ付けた。

「し、下着だぞ!? と、友同士とはいえ……互いに見せ合って買うようなもの、では……」

 生娘そのものな反応を示す菓汐に、

「あんた半分はスクブスなんでしょーが、なに思春期の小学生みたいなこと言ってんのよ」

 グレーの下着を顔面に押しつけた。悲鳴をあげる菓汐を余所に、聖花は菓汐の背中に手をあてて、さわさわと触り出す。

「わわわ! 急になにうぉっ……!?」

「あんた……それもしかして、スポブラ?」

 図星らしい菓汐は口をぱくぱくさせながら、

「わ、悪いのか!? だ、だめなのか!?」

 必死に問い出す菓汐。

「別に悪くはないわよ、悪くは」

 その対応がめんどくさくなってきた聖花は適当に答える。

「いいか? スポーツブラはブラと違って夢が詰まった胸をすべて包み込んで支え、隠してしまう。言わば胸のATフィールドなんだよ。少し破れば、そこは無武備なソレが待っている。掴んでくれと言わんばかりに待っているんだ。剥き出しのブラとは防御力が違う。だからこそ素晴らしい……って、座覇くんが言ってましたっ!」

 恐らく無意識だろう。埜亞は輝十の口調を真似て、まるでコピーするかのように淡々と台詞を吐く。

 全力でひいている菓汐の傍らで、聖花は無視して自分の下着を選び始めた。

「ま、あんた達がどんな下着を選ぼうと勝手だけど。私はえろ可愛く着飾って、合宿でだーりんに夜這いかけるんだから」

「夜這い……だと!?」

 先に反応を示したのは菓汐である。その傍らで埜亞はその意味を考えているようだった。

「そっ。だって泊まりなのよ? チャンスでしかないじゃない。下着姿の女が誘って、それを拒否出来る人間の男がいるのかしら?」

 聖花はまるで菓汐と埜亞を挑発するかのように、下着を掲げながら横目で見て言う。

「あんたもだーりんのことが好きなら、ちゃんと行動で示しなさいよね。言っておくけど、恋と友情は別物なんだから」

 埜亞には直球で言わないと伝わらないであろうことが聖花にはわかってる。ゆえに埜亞の胸に指を突きつけ、はっきりと言った。

「す、す、好きっ!? 好きって、その……」

「ラブよ、ラブ。ライクじゃない、ラブ」

「!」

 埜亞は驚いたように顔を真っ赤にし、目を見開いて執拗に瞬きをする。

 その新鮮な反応を目の当たりにし、やっぱり自分でわかってないのね……と呟く聖花。

「好きなんでしょ? だーりんのこと」

「そ、そんなっ! す、す、好きだなんて……か、考えた、こと……」

 俯いてしまった埜亞を見て溜息をつくなり、

「あんたもよ。助けてもらって、優しくしてもらって、ちょっといいなーとか思ってんでしょ」

 その傍らにいる菓汐にもその話題を振る。

「んなっ!?」

 予想外にとばっちりをくらい、菓汐もまた顔を真っ赤にして頭上から湯気が出る勢いでショートしている。

「あんた達、どんだけ子供なのよ……」

 そのあまりにも新鮮な反応をする二人を交互に見て、聖花は盛大に溜息をついた。

「言っておくけど、私はだーりんが……座覇輝十が好きよ。性的個体としても、人間としても、そして男としても」

 まるで宣言するように真摯な顔つきで言う聖花。

 その表情と声色を目の当たりにすれば、彼女が本気で言っていることが嫌というほど伝わる。決して戯けているだけでも冗談で言っているわけでもない。いつものように輝十にベタベタしてみせる軽いノリではないのだ。

 その言葉には気持ちが宿っている――その場にいる二人ともがそう感じた。

 しかし聖花は言ってすぐ表情を緩めて見せる。

「わかったなら、下着ぐらい本気で選ぶことね」


 適当に見て回った輝十達はとりあえず休憩をとることにし、ドーナツ店に入ることにした。

「おまえなぁ、何個食うつもりだよ」

 トレーに全種類のせていく杏那の傍らで、輝十はチョコファッションをとりながら愕然とする。一方で一茶は鼻歌を歌いながらご機嫌にフレンチクルーラーをトレーにのせていた。

「糖分はこまめに摂取しておかないとぅ。輝十が体を張って精を摂取させてくれるなら話は別だけど?」

「そうだよな、おまらは糖分摂取しないといけねえんだし。好きなだけ食えよ? な!」

 棒読み口調で杏那の台詞を受け流すなり、会計を済ませて席を確保しようと奥へ進んでいったところで、

「あぁっ! 輝十ぉ、あれあれー!」

 一茶が何かを発見したようで、指差しながら輝十に訴えかける。

「ん、なんだ? って、聖花達じゃねえか」

 自分達と同じように休憩をとっている聖花達の姿を発見し、輝十はそのまま近寄っていく。

「ざ、座覇くんっ!?」

 輝十の姿を最初に発見したらしい埜亞は驚いて声が裏返る。

「だーりん?」「座覇……?」

 埜亞の声に反応し、聖花と菓汐はその視線の先を辿った。

「よう、おまえらもきてたのか」

 言いながら輝十は埜亞の傍らにそのまま座る。

「!」

 埜亞は自分の口に両手を添え、声を押し殺して輝十から顔を逸らす。

「ん? どうしたんだよ?」

 様子のおかしい埜亞に気付き、輝十が顔を近づけると埜亞は涙目になって首を左右に振って何かを否定し、輝十から体を離す。

「え……? な、なぁ、埜亞ちゃんどうしたんだ?」

 前の席に座っている菓汐に問いかけるが、菓汐もまたびくっと体を強ばらせて両手で顔を覆って輝十から顔を逸らした。

 さっきの今で二人は輝十を意識せずにはいられなかったのだろう。それがわかっているのはこの場で聖花だけである。聖花は溜息をつきながら頭を抱えた。

「お、俺……なんかした?」

 輝十がショックを受けているとレジを済ませたらしい杏那も追いつく。

「あっれー? みんなお揃いのようで」

 杏那は一茶の隣、菓汐側の席に座った。

「三人はなにしてたの? って、なんでうちの輝十くんはドーナツ咥えたまま落ち込んでるの?」

 目の前でテーブルに頬を預け、今にも泣きそうな顔をしている輝十が視界に入り、杏那はじと目で見つめる。

「す、すまない……別に嫌いになったわけでは……! むしろ、私は、その……」

「わ、私もっ! 嫌いとか好きとか、好きとか!? ち、違うんです……!」

 フォローし出す菓汐と埜亞を見て、なんとなく杏那は状況を把握していた。杏那が聖花に視線を送ると聖花は肩をすくめて見せる。その間、一茶はドーナツを食べるのに夢中のようだった。

「私達は合宿ついでに買い物してたのよ。だーりん達はなにしてたの?」

「んーまあ、似たようなもんだな。この辺りだとここが一番何でも揃ってて楽だし」

 気を取り直して、チョコファッションにかぶりつきながら答える輝十。

「僕が合宿初めてなんだ。それで輝十が手取足取り教えてくれてるんだよー? ねっ?」

「間違っちゃいねえが、間違ってるだろそれ……」

 断じて男に手取足取り教えるようなことはありません! と一茶相手だと強く否定出来ないのが悲しい。俺の本能と煩悩、マジ退散しねえかな。

「合宿と言えば、今年の守永学園の一年には特異体質がいるらしいと耳にした」

「特異体質?」

 輝十が菓汐に問い返すと答えは一茶から返ってきた。

「悪魔に対して常人以上の何かを発揮する人間のことだよ。僕みたいに代々受け継がれている家系的なものだったり、遺伝的なものだったり、突然表れたり……理由は様々なんだけどねっ」

「輝十の過剰に淫魔を惑わす甘い匂いも特異体質みたいなもんだからねぇ。どれだけ俺が毎晩本能と戦って我慢していることか……」

 杏那が一茶に付け加えて言うなり、悲しんだふりをして見せる。

「知るか! で、その特異体質がなにかあんのか?」

「いや、そういうわけではない。ただ歩藍の件もある。いつなにが起こるかわからないからな。情報は共有しておいた方がいいだろう」

 菓汐の言葉に聖花が同意するように深く頷いた。

「そうね、油断しないに越したことはないわ」

 ドーナツを食べ終えたらしい杏那がストローでアイスミルクを飲み干し、満足げに口を紙ナプキンで丁寧に拭きとる。

「西にはあいつもいるからねぇ……間違いが起きなきゃいいけど」

 言うなり、杏那の顔は次第に苦い顔へなっていく。まるで会いたくない元同級生に数年ぶりに遭遇した時のような顔だ。

「あいつって誰だよ?」

 一茶が厳しい顔つきで、輝十の声に被せて杏那に問う。

「エンジェル・トランペット……?」

 その日本人らしからぬファンタジーな名前を聞いて、杏那は指をぱちんと鳴らした。

「そ、せーかいっ! エンジェル・トランペットって呼ばれてる八人の下位王子で俺と同じように四方を司る四大悪魔。西柱に所属している、天月玉希あまつきたまき

 その名を聞いてぴんときていないのは、どうやらその場で輝十だけらしかった。

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