(6)
日曜日。カーテンの隙間から日差しが差し込み、雀の鳴き声と共に輝十は目を覚ます。清々しい朝がやってきた……と思ったら、
「またおまえか」
ベットのテリトリーが何者かに侵略されていた。シングルベットで寝返りが出来ないぐらいには占拠されている。
輝十はベットに忍び込んで隣に寝ていた杏那を蹴り飛ばした。ベットから突き落とされてもなお寝ぼけまなこで、二度寝しようとする杏那。
杏那はお腹いっぱいになると決まって輝十のベットに忍び込んで添い寝しようとするのだ。もちろんお腹いっぱいということは“女の姿”である。
「おまえな、普段は男なんだから思春期の少年の胸中を察せよな……」
言って、タオルケットを投げ捨てるようにして杏那にかけた。無駄に綺麗な谷間を見せつけられても輝十は目のやり場に困ってしまう。
これが中身も歴とした女の子ならば、ラッキースケベとして有り難く頂戴してそのままラブコメ展開へ……といきたいところだが、こいつは普段は男であり中身も男なのだ。性能のいいニューハーフに誘われていると考えてみよう。結局、待っているのは開いてはいけない花園である。
輝十は杏那を放置し、身支度をして家を出る準備を始めた。
「ちょ、ひどいじゃん! 起こしてくれてもよくないっ?」
「起こしてやっただろーが、思いっきり足蹴りして」
靴を履き始めた輝十の後ろで歩きながら着替える杏那。
「ベットから落ちてると思ったら! ほんっと女の子を足蹴りにするなんてさいてー」
「うっせーおっぱい男! 先に行……」
靴を履き終え、振り返ったことに輝十は後悔した。タイミングよく“ソレ”を見てしまったからだ。思わず言葉を失い、金魚のように口をぱくぱくしてしまう。
「……あ、見惚れちゃった?」
元が男型である杏那には下着をつけるという概念がない。ノーブラのまま服を着ようとしている姿を目撃してしまった輝十は、予定外に彼の胸を目に入れてしまう。
悔しいことにとても綺麗な形に程よい大きさ、申し分のない……と、分析してしまった自分を悔いて自ら顔面をグーパンチしておいた。
「え、なんでいきなり自分を殴るわけ?」
ドン引きしている杏那が問うが輝十は答えない。
「しっかりしろ俺、マネキンのおっぱいの方がマシだろ……考え直すんだ俺……」
頭を抱えてぶつぶつ呪詛のように独り言を唱え出す。その間にも杏那は着替え終わり、靴まで履き終えていた。
電車に揺られ、輝十と杏那は一茶との待ち合わせ駅へ向かう。
姿が戻った時の為に大きめの服を着ている杏那は、明らかに男物の服を借りて着ている女の子といった感じだ。何故か刺すような視線が輝十に向けられ、輝十もまたその視線に気付いていた。
杏那は目を離すと知らない男に声をかけられており、杏那もまた茶化すように受け答えしている。
「ごめんねぇ、今日は彼氏連れだからぁ」
そう言って輝十の腕に自分の腕を巻き付ける杏那。
「だーもう、その流れ何回目だよ! いつから俺がおまえの彼氏になったんだ? あん?」
「うーん、彼氏っていうより旦那に近いよね」
「そういう意味じゃねえよ!」
輝十はめんどくさそうに杏那の腕を振り払い、改札を先に出る。改札を出たところに、先に着いていたらしい一茶が待っていた。
「一茶、遅くなってわり……」
と、言おうとして一茶が男の子に囲まれていることに気付く。
「あっ! 輝斗ぉ!」
向かってくる輝十に気付き、一茶は大きく手を振り上げて輝十を呼ぶ。
「よう。遅くなって悪い。つーか、なんだ? 友達か?」
輝十と顔を見合わせるなり、囲んでいた男達は気まずそうにする。
「ううんっ。知らない人達なんだけどぉ……」
一茶が困った様子で言うと輝十の登場もあってか、興醒めしたらしい男達はその場を去って行く。
「なんだ、ナンパか。おまえただでさえ可愛いんだから気をつけろよ。な?」
私服でその可愛さは二割増しである。今日も本能と戦わねばならないのか……と、半ば辛い気持ちになりながらも一茶が本日の眼福であった。
「うんっ! 気をつける!」
無邪気に受け答えする一茶に癒されながら、そういえば何か忘れていることに輝十は気付く。
「あれ、そういえばあいつがいねえ」
さっきまで一緒にいたはずの杏那が姿を消していた。周囲をきょろきょろ見渡して探す。
「ねっ、もしかしてあれじゃない?」
一茶が指した先にはまるでプライベートで遊びにきた芸能人が話しかけられているかのような、女の子に囲まれている光景があった。
輝十は無言でつかつかつかと歩みよるなり、
「……てめえ、いい加減にしろ。置いてくぞ」
低く唸るような声で言って、半ば無理矢理引っ張ってその場を離脱させた。
「え、なに? やきもちー?」
「んなわけねえだろ! 先に進まねえだろうが! 今日の目的! 今日の目的思い出せ!」
怒鳴るように捲し立てた結果、はぁはぁはぁ……と肩で呼吸をする輝十。
時間の関係で朝食を抜いてきたこともあって、杏那はすっかり男型に戻っていたのだ。
女だと女で男にナンパされ、男だと男で女に逆ナンされ、どこに行くにも一向に先に進まないことに輝十は苛立っていた。それに加えて今日は一茶も一緒である。無駄な時間を過ごさない為にも、こいつらは俺が管理しないと……!
「まあまあ、自分だけナンパされないからって拗ねなくてもいいんだよー? さっきから男の視線を独占してるのは輝十だからさっ」
「視線は気付かないふりしてるんだよ! 言わせんな!」
目を合わせたら終わりなので、出来るだけ目を合わせないようにしているのだ。貞操を守るというのはなにも女だけではないのである。
「護衛なら僕がいるから大丈夫だよっ、輝十。だから本当は二人でもよかったのにぃ……」
つまらなそうな顔つきで杏那を睨むなり、舌を出して見せる一茶。
「護衛? 男に囲まれておどおどしてるような、もやしホモがなにを言ってるんだか」
杏那が肩をすくめて見せる。
「もやしじゃないもん! 僕は強いんだからねっ!」
「いやいや、そっちよりホモを否定しろよ」
二人のやりとりが始まり、輝十は既にどっと疲れが増していた。
あーだこーだ言いながらも三人揃い、三人は駅から徒歩で行ける距離になる大型商業施設へ向かう。買い物するにも食事するにも、手っ取り早く同じ場所で全部を揃えられるからだ。
「でもよ、合宿ってこれといって持ってくもんないよな。お菓子ぐらいか?」
「うーん、そうだねぇ。シャンプーとかリンスは備え付けがあるだろうけど、こだわりがあるなら買った方がいいかもね」
「うんうん!」
「あとは着替えか? パジャマとか下着とか。家にあるなら別に買う必要はないけどな」
「うんうん!」
二人の会話を頷きながら興味深そうに聞く一茶。
「なにか買いたいもんとかあるか?」
「う、うーん……」
元気よく相槌を打っていた一茶は突然話しを振られ、どもってしまう。
「あ、あのね、輝十。怒らない?」
そして輝十の服をくいくいっと引っ張るなり、しゅんとした様子で。
「本当はこういうことしてみたかったっていうか……合宿もだけどっ、日曜日にお友達と遊んだりってのもしてみたかったんだ」
輝十は面食らった様子で、頭を掻きながら、
「んだよ、言ってくれりゃーいつでも遊ぶっての。そんな改まって言うことでもないだろ?」
言って、一茶の頭を何度か軽く叩いた。
「じゃ、とりあえず適当にお店回ってなんか食べろうよー俺もうお腹すいて力が出ないー」
三人はそのまま大型商業施設へ入って行く。
一方、その頃――
同じ大型商業施設へ先に来ていた埜亞達はウィンドウショッピングに励んでいた。
「私も一緒でよかったのか……?」
まるで遊園地に初めてきた子供のように楽しそうに先を行く埜亞の背中を見届けながら、菓汐は並んで歩いている聖花に問う。
「私は別に? ていうか、あんたを誘いたかったのはあの子なのよ」
「すまない。なんとお礼を言えばいいか……」
「お礼なんて言わなくていいわ。もちろん私にもね。それが友達っていうのよ」
微笑しながら聖花が言うと菓汐が口元に笑みを刻んだ。
「どうせあんたも合宿経験ないんでしょ? せっかくだし合宿ついでにいっぱい買い物しましょ! 私、買い物好きなのよね。人間の女に唯一共感と賞賛が出来る習慣だわ」
聖花は先を行く埜亞を呼び止めて店に入るよう促す。