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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第1話 『不幸は突然やってきた』
9/110

(9)

「やっぱりおかしい……ぜってえおかしい……」

 それからしばしの時間を経てⅢ組の教室に入り、軽いホームルームを行う。

 そこまではよかったのだ。なにがいけなかったかというと、

「なんっでおまえがいるんだよ! 妬類杏那!」

「はいはーい。せんせぇ、隣の席の人がうるさいでーす」

 運命というべきか、運命の悪戯というべきか、なんとあの赤い髪の男――妬類杏那も輝十と同じⅢ組だったのである。

 教室で再び顔を合わせた二人はこともあろうに隣同士の席だった。

 ぷるぷると震える程抑えていた怒りが溢れ出し、がばっと立ち上がった輝十。

 その隣で余裕そうに頬杖をついている杏那が片手をあげ、輝十を指差して担任に突き出す。

 もちろんのこと、輝十は担任に名指しで怒られ、しゅんとして席に座ることになる。

「怒られてやーんのー」

 ぷっくく、と小学生のいたずらっ子のような含み笑いをする杏那。

「てんめえ……!」

「ほらほら、また怒られるよ。小声で喋るってことを学びまちょうねー」

 わざと語尾を赤ちゃん言葉にし、完全に輝十を舐め腐っていた。

 もちろん舐められている輝十が黙っているはずがなく、しかし次に喋ると怒られるので机を掴んで怒りを必死に静めていた。

 ガタガタガタ、と怒りの波動で地震のように揺れる机。

「はいはーい。せんせぇ、隣の席の人の机がうるさいでーす」

 そしてまた怒られる輝十、嫌味に笑う杏那。

 歯軋りする程、怒りを堪えている輝十に、

「ごめんごめーん、冗談だって。それよりあんたに聞きたいことがあるんだけど」

「あ? んだよ」

 問うたが、一方の輝十は眉間にしわを寄せたまま、あからさまに嫌な顔をする。

「婚約者ってどういうこと?」

「はぁ? んなもんこっちが聞きてえよ」

「だって俺があんたの婚約者ってことなんでしょー?」

「てめえ男じゃねえか。その時点でどう考えてもおかしいだろ」

「うーん、そうだねぇ。人間の感覚だとおかしい……のかな」

 その微妙な言い回しにカチンときた輝十は、

「てめえ……人間の感覚ってなんだよ。また俺を猿呼ばわりするつもりか? あん?」

 杏那は一瞬目を見開いて呆然としたが、すぐにその意味を理解して笑みを零した。


 隣の意地の悪い赤髪野郎に気を取られて、それに輝十が気付いたのは自己紹介の時だった。

 順番に名前と一言ずつ言っていく、何の変哲もない自己紹介。

 輝十にとって男子生徒の自己紹介は割とどうでもよく、女子生徒の自己紹介も立った時に見えるおっぱいの形と大きさ以外に興味はなかった。

 しかしその中で“彼女”の自己紹介で目を奪われたのは、全く別の理由でだ。

「……灰色?」

 彼女は一人だけ灰色の制服だったのである。

 彼女が立ち上がるとクラスが一気にざわついた。もちろん制服が灰色で他と異なるからだろう、と輝十はこの時見当違いなことを思っていたのである。

 冷静になっておっぱいから離れてみると、あのブロンドの女子生徒が言っていた通り、クラスは黒い制服と白い制服が半々で構成されていた。

 その中で彼女だけが灰色で一際目立っている。

 輝十は気になって問おうと思ったが、近くには見知った顔が杏那しかおらず、無駄に関わると被害が及びそうなので辞めておいた。

 自己紹介が終わり、教科書や授業の説明を簡単に受ける。

 この栗子学園には資格を取得するための特別カリキュラムが組み込まれており、普通科だと思って進学した輝十は少し予想外だった。

性育学せいいくがくって……な、なんだよ」

 凄く興味をそそられる学科である。想像するに、保健体育の保健をもっとも実践的に行う学科だろうか。

 特別カリキュラムの中には“性育学”と“人間学”があり、どちらも受けるようになっていた。

 もちろん輝十は高校になると色んな勉強があるんだな、ぐらいにしか思っていない。

 そして“何の資格を取得するのか”も全く知らず、しかしだからといって興味も持たずにいた。



 ここまできてようやく一日の流れを終える。三大式典というだけあって、輝十にとっては長い一日だった。

 疲れて帰宅し、そのまま部屋に戻って仮眠をとりたい……ところだが、輝十にはまずやらねばならぬことがあった。

 早歩きで廊下をダッダッダッと大きな音をたてて歩き、居間に向かう。

 もちろん入学式が終わった時点で保護者は解散されているので、本来ならば奴は帰宅しているはずなのだ。

「あのクソ親父……男を婚約者なんてどうかしてるぜ」

 急ぐ足の先には、親父を一発、いや何発でも殴ってやりたいという輝十の思いがある。

 ただでさえ男にモテる悲しい日常を送っているというのに、ここにきてまさか実の父親に“男の婚約者”を宛がわれるなど誰が想像出来ようか。

 シュパン!

 輝十は必要以上に勢いよく襖を開け、

「おいこのクソ親父! 一体どういうことなんだよ!」

 と、威勢良く怒鳴りつけたまではよかった。

 ここでとぼける父を気が済むまで殴ってやる、などと思っていたのだ。

 しかし輝十のそんな脳内プランは一瞬にして崩れてしまう。

 記憶に刻まれた、あの真っ赤な髪。

 着崩した真っ黒な栗子学園の制服。

 いかにもチャラそうな軽い雰囲気といでだち。

 そして忘れやしない……、

「あれー? あんた今日のお猿さん!」

 この人を小馬鹿にした態度と茶化した口調!

 ――妬類杏那がそこにいた。

「本日のわんこみたいなノリで言ってんじゃねえよ! つーか、おまえ何でここに……」

 立ちすくむ輝十に満面の笑みを浮かべながら、

「お! おかえり。なんだおまえ達、もうとっくに顔見知りだったのか」

 嬉しそうに話す父。

「おい、親父……これは一体どういう……」

「どういうもこういうも、杏那くんは今日からうちに住むんだよ」

「はあああああっ!?」

 輝十は顎が外れるぐらい口を開いて叫ぶ。

「え? おじさん、こいつがおじさんの子供なの?」

「そうだよ。まさかこんなに喜んでくれるなんてね」

「喜んでねえよ! よく見ろ!」

 輝十は必死でアピールするが、父は無視して杏那と会話を続ける。

「ふーん、そうなんだ。それで婚約者ってのはなんなのー?」

「そうか、聞かされていなかったんだね」

 言って、父は杏那に耳打ちし、輝十を前にして二人でこそこそ話を繰り広げる。

「こそこそするんじゃねえええええ! 人の話を聞けえええええ!」

「輝十、そこは『私の歌を聴けえええええ!』だろう。そしたらお父さんも聞いてあげたのに」

「しらねえよ! だからどういうことなんだよ!」

 声を張りすぎた輝十が肩を揺らして、はぁはぁと呼吸を荒げる。

「どういうことってそういうこと」

「だーかーらー!」

「まあまあ、話は一通りわかったし」

 杏那が輝十を宥めるが、

「俺はわかってねえんだよ!」

 火に油を注いだだけだった。

「男が婚約者なんてありえない。男と婚約なんてありえない。つまりあんたの言い分はそういうことだよね?」

「あ? ああ。ついでにあんたが婚約者ってのもごめんだな」

「会って間もないのに凄い嫌われようだなぁ」

「その余裕そうな態度がいちいちむかつくんだっつーの!」

 すっかり気が尖ってしまっている輝十に何を言っても無駄だ、と判断した杏那はそれ以上茶化すことはしなかった。

 落ち着いた声色で話を続ける。

「整理するよ。つまり俺自身が婚約者なのも嫌だし、男が婚約者なのも嫌だ、そういうことだよね?」

「ああ」

 輝十は杏那を睨み付けながら、低い声で返事をする。

「ふーん、そっか。わかったよ」

 杏那は納得した様子で、輝十に近づき目の前に立ちはだかる。

「わかればいいんだ、わかれば」

 うんうんと頷いている間に自分の目の前に杏那が来ており、自分を見下ろしていることにいらっとする。

 しかし婚約者じゃないとなれば、赤の他人だ。もう何も恐るることはな……、

「今日からあんたの婚約者になることにするっ!」

「は?」

 予想を裏切られた輝十の顔をよほど見たかったのだろう。

 杏那は笑うのを我慢出来ずに、ぷっと吹き出した。

「だからぁ、俺あんたの婚約者なんでしょ? よろしくってこーと」

「よろしくじゃねえよこのホモ野郎その赤い髪毟りと……」

「落ち着きなさい輝十」

 暴走モード突入した輝十を父が後ろから羽交い締めにして口を抑える。

「ぷはっ。この流れでどうやったらそうなんだよてめえ!」

 父に捕まったまま、口だけを開放してもらった輝十はここぞとばかりに突っかかる。

「んー? だってその方が面白そうじゃーん」

「おまえな、面白いだけで男同士婚約者とか普通納得するかぁ!?」

「あんたからすれば充分“普通”ではないと思うけどねぇ」

「やっぱりホ……いやバ……」

 愕然とする輝十から次第に力が抜けていく。

「ま、そういうことだ。仲良くやってくれよ」

 もはや父の言葉に怒る気力さえない。

 俺は……俺は……どうしてここまで男運がないんだあああああ! っと、危ねえ。その言い方だとなんかおかしい。男運じゃねえ。問題なのはやたらそういう趣味の人種を呼び寄せてしまうことだ。

 輝十は深い溜息をつき、その場で力尽きた。

「俺はぜってえ認めねえ……」

 そう、呟きながら。

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