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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第9話 『夏の合同合宿 前編』
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(4)

 その光景を見守っていた杏那はタイミングを見計らって輝十に声をかける。杏那に呼ばれ、振り返ると一学年の面子だけがその場に残っていた。

「あのねあのねっ、生徒会長さんがこのままこの教室使っていーだって!」

 一茶が輝十の傍らに駆け寄りながら無邪気に言う。

「ま、ほとんど顔見知りだけど知らない人もいるでしょ?」

 一茶の発言を理解していないであろう輝十に、わかるよう杏那が付け足した。

「おう、そうだな。これから俺らが一年生まとめるっつーことだろ? ちゃんとお互い知っておいた方がいいよな」

「そーいうこと」

 杏那が頷きながら面子を見渡す。

「ニューフェイスに改めて自己紹介してもらったらいいんじゃないです? ねっ?」

「ふえっ!?」

 慶喜に突然同意を求められ、驚いた埜亞が小さく悲鳴をあげる。

「だな、賛成」

 そう言いながら埜亞と慶喜の間にあえて割り込んで立つ輝十。

 そんな小さな争いを横目に杏那は溜息つきながら、粉米に視線を送って促す。

「…………」

 しかしながら粉米の熱い視線は輝十と慶喜に送られており、杏那の視線に気付いていなかった。

「粉米さーん?」

 と、杏那に呼ばれたところで周囲の視線が自分に注がれていることに気付き、わざとらしい咳払いをしてごまかす。

「すみません、ヘタレ受けと厨二病のカップリングについ魅入ってしまって」

 にやにやしながら言う粉米を目の当たりにし、輝十は全身が痒くなるのを感じた。

「改めまして、粉米子豆と申します。先程、申した通り好きなものは人間の男の子と男の子ですが、人間の男の子と悪魔の男型でもなんら問題はありませんッ! よろしくお願いします!」

 拳を握り締め、その自己紹介に熱意をこめる粉米。そして視線は輝十に熱く注がれている。

「ちょ、ちょっと! なに!?」

 そしてまるで自分の身代わりとして生け贄を差し出すかのごとく、慶喜の背中を押して粉米の方へ突きだした。

「その長く黒い前髪で隠した片目……うん、その良い感じに厨二病くさい感じ、大変よろしいです。そして温厚で優しそうに見えて計算高くて打算的な感じ……ドS攻めもいいですが、あえて無茶苦茶にされる受けも捨てがたい」

「……は、はぁ?」

 彼女が何を言っているのか全くわからず困惑している慶喜に、

「一応、友人として忠告しておいてやる。こいつはどの悪魔よりもやばい」

 輝十が震えた声で背後から伝える。

「聞こえてます。淑女に向かって失礼な」

「涎拭いながら言うな!」

 涎を拭いながら言う粉米を指しながら、輝十は攻撃的に突っ込んだ。

「人間の織り成すオタクカルチャーをこよなく愛しているだけですよ。その向こう側で出会ってしまったのが、座覇くんのような人種の紡ぐ物語だったというだけです」

「人をホモ主人公のように言うな!」

 聖花は腕組みし、その光景を呆れた様子で眺めながら首を傾げる。

「ど、どうかしたんですか? 聖花さん」

「うーん……いやね、粉米子豆って名前どっかで聞いたことあるような気がするのよね」

 埜亞の問いに答えながらも粉米をじっと見つめ、記憶の中から探しだそうとする聖花。

「はいはーい! 次、次!」

 だらだらと長引いてしまいそうなのを杏那が無理矢理止めに入り、禅に視線を送って促す。

「呆れた。おまえらいつもこんなくだらないやりとりしてるのか? 勘弁してくれよな」

 禅はめんどくさそうに一人椅子に座って足を組み、頬杖ついてそっぽ向く。

「ツンデレ受けですか、ここは受けばかりですね」

「もうおまえ喋んなよ!」

 あーだこーだ言い合っている輝十と粉米は放っておき、

「くだらないやりとりも大事だと思うけどなあ。コミュニケーションの一つでしょ?」

 若干の苛立ちを隠しながら杏那が言うと、禅は無言で睨み付けるなりわざとらしく溜息をついてみせた。

「丸穴禅。家業の関係でこの学園に入学した。本業だっつーのにそこの初心者オカルト女に悪魔学で負けてるってことが気にくわんがな」

 禅が埜亞に視線を送りながら言うと、

「オカルト女って言い方は聞き捨てならないね」

 笑顔を取り繕いながらも会話に割って入る慶喜だったが、明らかに怒りを必死に抑えている様子だ。

「おい、無駄な争いは止めろ! こいつが喜ぶだけだからな! マジで辞めろ! 辞めろ下さいお願いします!」

 輝十は禅と慶喜の間に入って、勢いよくジャンプしてそのまま土下座する。額を床に擦りつけた、その見事なプライドの捨てっぷりに圧されて、二人は黙り込んでしまった。

「こいつって私のことですかね?」

 粉米は胸に手をあて杏那に問いかけ、杏那はじと目で輝十を眺めながら適当に返事した。

「丸穴って……あの占い師のだよねっ?」

 唯一、禅を知っている様子の一茶が問うと、

「なんだ、一茶こいつのこと知ってんのか?」

 顔をあげ、その場に正座したまま問い返す。

「うんっ! 悪魔を使役してその力で占うことが出来るんだよね。裏で大企業や政治家の専属占い師とかやってる凄い占い師なんだよぉ」

 禅は勝手に説明していく一茶を一睨し、鼻を鳴らす。

「よく知ってんなと思ったら、おまえ退治士のところの奴か」

「そーだよっ。僕達のような人間は特殊っていうかぁ、代々受け継がれてるようなもんなの」

 屈んで輝十と目線を合わせながら笑顔で言う一茶。

 その仕草も愛嬌も本当に可愛い。相変わらず女の子としか思えない可愛さである。しかしそれを表に出すな、心で唱えるな、ここには身も心も腐った悪魔がいるんだからな、俺……!

 輝十は目を閉じ、必死に無心になろうとする。

「俺はおまえと違ってそんな棒は振り回さんし、もっと綺麗に戦うけどな」

 いちいち一言多い奴だな……と、内心輝十は思ったが、ここで言い返して言い合いをしてしまえば、また粉米のカップリング祭が始まってしまうので自重する。まさか悪魔で淫魔で腐女子なんていう、史上最悪のコラボが存在するなんて誰が想像出来ただろうか。

「えーっと……」

 すっかり自分の自己紹介のタイミングを逃してしまった夜道は、頬を掻きながら申し訳なさそうにおどおどする。

「例えモブでも気にしないで自己紹介していいと思います」

 なんて自由な発言をする粉米を指しながら、

「ほら、粉米さんは座覇くんの担当でしょ?」

「いつからだよ!?」

 慶喜が黙らせろと言わんばかりに輝十に言う。

「あはは、まあモブなんだけどさ。名前は夜道行男。座覇くんと妬類くんには入学式に助けてもらったんだ。あの時は本当にありがとう。俺もついカッとなって……大人げなかったっていうか、彼女のことになると周り見えなくなるんすよね、はは……」

 夜道は自分の黒歴史を恥じるように、苦笑しながら頭を掻いた。

「最近勉強始めたぐらいで、悪魔とかもさっぱりで知識もなくて」

 まるで自分のような、むしろ自分と似ている夜道に輝十は聞かずにはいられなかった。

「なあ、おまえはなんでこの栗子学園にきたんだ?」

「俺も家業みたいなもんかな。うちは両親共に医者で、最近になって裏で医術士っていうのもやってることを知らされたんすよ。それでその資格取得の為に」

 人の良さそうな雰囲気を醸し出しながら夜道が言うと、輝十は勝手に頷いて納得した。

 埜亞のように好きでこの学園にくる生徒は珍しい類なのかもしれない。もしかしたらほとんどが何か理由を背負ってこの学園に入学しているのではないだろうか。

 そんなことを思っている間に、杏那がこの場を締めようとしていた。

「決まったもんは覆しようがないわけだし、この面子で今年一年頑張ってくしかないね」

「そうだな。んまっ、なんとかなるっしょ!」

 ここまでこれといった発言をせずに眺めているだけだった埜亞は、胸の前にぎゅっと握った両拳を掲げ、

「が、頑張りましょうっ! 合宿も楽しみです!」

 勇気を振り絞った様子で発言した。震えた声がそれを表している。初対面の人もいる大人数の中で発言することのない埜亞にしては前進だ。

「私は今から気が重いわ、あんな獣学校と合同なんて……」

 埜亞の傍らで眉間に皺を寄せる聖花。

「守永学園とは揉めたくないですね。特に人狼は理性で抑えるってことが出来ない野蛮な獣だし、妖狐はお喋り上手の変態だし」

 気をつけてね、と埜亞に向かって言う慶喜。

「守永学園……? そういや、守永学園ってどっかで聞いたことあるような気がすんだよなぁ」

 輝十が独り言のように呟くが、思い出せそうになく、

「ま、いっか! 合宿すっげー楽しみ!」

 子供のように無邪気に声をあげ、その姿を見た一茶が真似るように両手をあげ、二人がわいわいやっているのを周囲それぞれの反応で眺めた。

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