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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第9話 『夏の合同合宿 前編』
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(1)

「なんで夏って青春の匂いがするんだろうな……」

 輝十は教室の窓際から外を眺め、ストローに吸い付くなりズーズー音を立ててコーヒー牛乳を飲み干していく。

「夏ですし、吸い付くなら、乳がイイ」

「ねぇ、まさか五七五にしたつもりじゃないよね? ソレ」

 輝十の隣の机に腰掛けるなり、杏那は呆れた顔をする。

「透けブラが、嗚呼眩しいよ、むしろ脱げ」

「ねぇ、暑さで頭余計におかしくなったの?」

 独り言のように淡々と呟く輝十をじと目で眺める杏那。

 何故、この青い空は人々を開放的にし、この灼熱の太陽は人々を元気にし、心も体もオープンにしてしまうのだろう。日頃、何重にもロックされている女の子の心の壁ですら、夏になると解き放つことが出来てしまう。なんなの? 夏ってチートな季節なの? 心の通り抜けフープかよ!

 輝十は飲み干したコーヒー牛乳の紙パックを握りつぶし、盛大に溜息をついた。

 学園内はクーラーが効いており、とても快適空間になっている。しかしながら輝十はすっかり夏バテ気味だった。心の夏バテである。

 入学早々色んなことが起きたが、輝十はなんとかここまでやってくることが出来た。次第に暑さが増し、蝉が合唱を初め、気付くと夏が這い寄ってきていたのだ。

 否、夏という開放的になる季節――そう、もっとも色恋が盛り上がってハイスピード脱童貞出来ると噂される季節である。

「いや逆に考えると夏って、清楚な女子が減る季節ってことなのか……!?」

 重大な事実に気付き、輝十は机を叩いてがばっと立ち上がった。

「だが、問題ない。俺はその手の性癖はない。初めてだろーが経験豊富だろーが、愛さえあれば無問題!」

「…………」

 とうとう反応すらしなくなった杏那に、

「おい! なんか言えよ!」

 自ら突っ込みをいれる輝十。一人で喋って変態みたいじゃねえか。

「んー? いや輝十の変態的童貞論は相変わらずの残念っぷりだなーって思いながらも聞いてはいるんだけどさ」

 いつもより薄い反応に上の空な感じがし、

「んだよ、考え事でもしてたのか? 珍しいな」

 輝十は机にぐったり上半身を預けたまま、杏那に問いかける。

「まあね。ずっとあの時の事件が気になっててさ」

「あの時の事件って、フィールド・リバーシの時のか?」

「うん。結局、華灯歩藍は無期限停学処分措置で学園側は丸く収めてたけど……」

 杏那は珍しく綺麗な顔を歪ませ、腕組みする。

「なにも終わってないと思うんだよね。俺らが見たあの親達の過去の事件、あれの詳細もなにもわかっていないわけだし」

「確かにな。結局、犯人はもちろん、なんであの流れになったのかもわかんなかったしな」

「過去の事件と華灯歩藍の事件には関連性があると思うんだよね」

 と、そこまで杏那が話したところで、

「妬類、そして座覇も」

 自分達の名前が呼ばれ、同時に声のした方を向く。

「よう、微灯さんじゃねえか。どうしたんだ?」

 輝十が軽く手をあげて挨拶すると、菓汐は照れくさそうに手を振り返す。

「いや、妬類に頼まれていたことがあってな」

 菓汐は杏那の方に向き直し、険しい顔をして話し出す。

「面会が可能になったからな、行って話してきてみたんだ。でも詳しい事を話してはもらえなかった。と、言うより覚えていない様子だった。しかし黒幕がいるには違いないだろう。“自分が単独で行ったことではない”と言っていたからな。組織的なものを疑ってまず間違いないだろう」

 空気が一気に重苦しくなり、さっきまで夏の女子生徒透けブラ祭について考えていた輝十は思考が追いつかない。

「ちょちょちょ! おい、一体なんの話なんだ?」

 杏那は口元に手をあてて考え込む。

「フィールド・リバーシの時の話だ。妬類はこの件に関して、歩藍の単独犯ではないと睨んでいる。それで私も出来る限りの協力をしているところなのだ」

 杏那の代わりに菓汐が答え、杏那はそれに同意するかのように輝十に目配せした。

「平々凡々と学園生活を送り始めてた俺とは一体……」

 まさか杏那がそこまで考えて、しかも行動にまで移しているとは思いもしなかったのだ。輝十は内心ショックを隠しきれない。

「あんなことがあっても平々凡々と学園生活が送れる神経って、ある意味凄いから輝十はそのままでいいんじゃない?」

「なぁ、それって褒めてんの? 貶してんの?」

 輝十がむすっとしたところで、校内放送のチャイムが鳴り、

『お知らせします。Ⅰ-Ⅲ座覇輝十、妬類杏那……』

 自分達の名前が呼ばれ、二人して校内放送に聴き入る。何人かの名前が次々と呼ばれていく。

『至急、生徒会議室にお越し下さい。繰り返します……』

 どうやら呼び出しがかかったらしく、二人して顔を見合わせた。

「おまえ、なんかしたのか?」

「はぁ? むしろなにかするのは輝十の方でしょ。女子生徒にいやらしい視線とか送ったんじゃないの?」

「それで呼び出しっておかしくね!?」

「図星なんだな……」

 菓汐が退き気味に小声で突っ込む。

 二人して呼び出される心当たりはなかったが、素直に従うことにした。菓汐と別れ、急いで生徒会議室へと向かう。


 生徒会議室に入るのは輝十も杏那も初めてだった。理事長室程ではないが、綺麗で豪華な扉をしており、一目で一般の教室とは異なることが理解出来る。

 主に生徒会役員が使っている、その生徒会議室の扉を開くと――

「あ! ざ、座覇くんっ!」

 扉を開けてすぐ、輝十の姿を見て安心したらしい女の子の声が降りかかる。

「埜亞!? なんでおまえまで?」

「さっき名前呼ばれてたじゃーん。もう、聞いてなかったの?」

 どうやら埜亞も呼び出されていたようで、そこには見知った顔が既に勢揃いしていた。

「輝十ぉ! こんにちはだよー!」

 今にも抱きつく勢いで小柄の中性的な可愛らしい容姿をした彼が輝十に駆け寄っていく。

「うお、一茶まで!?」

「私のことも忘れてないわよね、だーりん」

 わざと豊満なバストを腕に押しつけるようにして輝十にくっつく聖花。

「おいおいなんなんだ? おまえらなにしでかしちゃったの?」

「まるで自分はなにもしていないかのような口ぶりですね」

 温厚で優しい口調ながら、棘があるような言い方をするのは、

「千月じゃねえか!」

 千月慶喜である。輝十は慶喜の姿を見つけるなり、勢いよく胸倉を掴んだ。

「てめえ、ここであったが百年目……!」

「え? なに? 百年の恋も冷めた? それは好都合だなぁ、俺としては」

「ちげえよ!」

 取っ組み合いが始まるのではないか、というところで、ガンッ! ゴンッ! ゴゴゴ……と椅子が投げられて床を転がっていく荒い音がする。

 足下まで椅子が転がってきて、輝十と慶喜は揃って椅子を投げたであろう人物を見た。

「うるせえ、黙れ」

 その先にはまるで百獣の王のようなオーラ、いかつい顔で攻撃的な金髪、その前髪カチューシャであげた、誰がどう見ても生徒指導室がお友達で警察が親友みたいな、もっともいけない生徒の見本的男子生徒が立っていた。

「器物破損」

 そんな見るからに怖そうな彼に真顔で突っかかっていくボブヘアーの女子生徒。

「あ? うるせえな、んなこと知るかよ」

「知っててもらわないと困る。学園内の物は私物ではない」

 まるで感情がないかのように表情が無く、機械的な口調で話している。

「たぶん、生徒会役員じゃないかな」

 そのやりとりを眺め、きょとんとしたまま動けずにいる輝十に杏那が耳打ちする。

 杏那に言われて周囲を見渡してみると、見知った顔はもちろんだが知らない顔も多い。ざっと見ても十人以上はおり、意外な人数がその場に集まっていた。

「まぁまぁ、みんな落ち着いて落ち着いて。もうすぐくると思うからさっ」

 いかにも運動部に所属していそうな色黒で健康的な体つきをした、元気を擬人化したような女子生徒が身振り手振りでその場を収めようとする。

 彼女が笑いながらそう言うと百獣の王もおとなしくなり、まるでライオンが猫に戻ったかのようだった。その流れを経て、恐らく彼女が現在の栗子学園の生徒会長なのだろう、と輝十は思う。

 その時だった。

「遅くなってごめんなさい。みんな揃っているかしら?」

 扉もなにもない壁にドアが現れ、そこから二人の女性が入ってくる。

「……母さん?」

 輝十は思わず小声で呟いた。もちろんここでは理事長となっているようだし、そう呼ぶわけにはいかない。

 そこにいる誰もが生徒会議室に現れた理事長と校長に視線を奪われた。

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