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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
番外編 『俺の不幸は終わらない』
85/110

(3)

「もういいだろ、さっさと帰れ」

 少女の頭を鷲掴みし、帰り道の方を向かせて背中を押す。少女は前のめりになったが、なんとか持ちこたえて転倒はしなかった。

「道わかんだろ、前回教えてやったんだからな」

 頬を膨らませてむすっとして振り返る少女。

 そんなやりとりをしている時、

「なんっで俺らがこんなことしなきゃなんねえんだよ」

「さぁ? 理事長のお願いなら仕方ないんじゃないのー?」

 聞き覚えのある声に気づき、

「!」

 慌てた全は立ち止まって帰ろうとしない少女を脇に抱える。

「えっ? えっ? なに!?」

「いいから黙ってろ!」

 口を抑えて静かにさせ、抱きかかえたまま木の枝まで飛び上がる。

「……なにやってんだよ、あいつら」

 苦い顔をして呟く全。少女はそれを見て不信に思いながらも空気を読んで喋らない。全の視線の先を辿り、そこに二人の男子生徒がいたことに気付く。

「おーい、家森全! ここにいるのはわかってんだよ! さっさと出てこい! そんでもって授業に出やがれ!」

 そこには声を張り上げる座覇輝十の姿があった。そんな輝十に連れ添って、妬類杏那は不思議そうに周囲を見回している。

 や、やべえ……あいつの目を逃れることなんて出来るのか?

 全は自然と息を潜める。悪魔としての階級が違いすぎる。そんな自分が気配を消したところで、妬類杏那の目を逃れられる気はしない。

「おい、おまえもちゃんと探せよな」

「んー? うん、わかってるけどさぁ」

 杏那がぼーっとしてることに苛立った輝十が叱咤するが、杏那は何やら気配を感じ取ったのか眉をひそめている。そしてにやりと嫌味に笑った。

「杏那?」

「あ、いや、なんでもないない。もしかしたらもう教室に戻ったのかもよ。気配感じないしさー」

「はぁ? マジかよ。無駄足じゃねえか! 全く……」

 むっとした顔をする輝十を杏那がまぁまぁと宥めながら背中を押し、来た道を戻っていこうとする。

「…………」

 一瞬、振り返ってこっちを向いた気がした。妬類杏那が気付いていないわけがない。恐らく……。

「?」

 全が視線を送ると少女は首を傾げる。

「はぁ、マジめんどくせえなもう」

 言って、脇に抱えたまま再び木から飛び降りる。

「今日までだからな。送ってやるから帰れ。いいな」

 めんどくさそうに言う全。少女は不満そうだったが、送ってくれるだけまだマシなようだった。


 その翌日も少女は全に会うために学園を訪れていた。

 ここまでくると見過ごすことが出来なくなってくる。さすがの全も大事になる前に終わらせる必要がある、と思った。

 少女の姿を見つけると彼女に見つからないように木から飛び降り、背後に回って気を失わせた。そして抱きかかえて出口に座らせる。そしてその隙に理事長室へ向かい、直々に報告と相談をしようと思ったのだ。下手に一人で動くより確実だし効率がいい。

 もちろん理事長室へは行きたくなかったし、理事長と顔も会わせたくなかった。あのふわふわした掴み所のない感じが苦手でやりにくい。

「つーか! どこだよ! 理事長室!」

 そういえば理事長室は常に動いていると聞いたことがある。本当にそうのようで、前の場所には扉も現れない。

 全は舌打ちし踵を返す。めんどくさくなったのだ。見つからないならもう別にいい。あんなガキのことなんてそもそもそも俺はどうだっていいんだからな。

「…………」

 でもこのまま放っておいて、また何か事件へと発展したら……?

 全は足を止める。また周囲に迷惑をかけることになったら、と考えるとめんどくさいで逃げてはいけない気がしたのだ。

 もちろんあんな生意気なピルプのガキはどうだっていい。どうなったって知ったことじゃねえ。どうでもいい、どうでもいいんだけど……あいつはなんで毎日ここにくるんだ?

 全は盛大に溜息をついて頭を掻きむしった。ふんわりしたくせっ毛が乱れる。

「仕様がねえ。慶喜に相談するか……」

 自分よりもピルプに詳しいし、こういう判断はいつも決まって慶喜が正しい。自分みたいな感情的な奴が考えたってロクなことになんねえからな。

 全はしぶしぶ教室に戻って慶喜に話すことにする。


「人間の子供……? 全、今度は人間の子供を狙ってるの?」

「ちげえ! だからあいつが毎日くるんだって! どうすりゃいいんだよ!?」

 教室に戻って慶喜を捕まえるなり、全は最近の流れを説明した。人間の少女が迷い込んだこと。それに関わってしまったせいで、少女が毎日のように自分に会いにくること。それを理事長に報告しようとしたら、理事長室が見つからないこと。

 慶喜はそれらを聞いて、さらっと言う。

「それはその女の子が全と仲良くしたいからじゃないの?」

「あ? なんで俺がピルプのガキなんかと仲良くしなきゃなんねえんだよ」

「まぁ、そうだろうね全は。でもその女の子はそんな全とでも仲良くしたいから毎日やってくるんじゃないの? 稀にみる物好きだと思うけど」

 慶喜は腕を組んで関心しながら言う。

 容姿に釣られて話しかけてくる女の子は後を絶たないが、全の性格を知ると大抵の女の子は去って行く。その場限り、のことが多いのだ。毎日のように会いにくるなんて今まで聞いたこともない。

「迷惑してんだよこっちは……」

 頭を抱えながら言う全。自分が厳重注意とペナルティを課せられている身分であることは理解している。だからこそ下手なことは出来ないし、関わりたくもないのだ。

 それを察した慶喜がはっとする。

「全、理事長室が見つからなかったって言ったよね?」

「ああ。前の場所だけじゃねえ。聞き回ってそれらしいところもノックした。でも扉すら現れねえ」

 なるほど、と呟いて慶喜は自分の考えが当たっているであろうことを確信したようだ。

「理事長室って必要だと現れるはずなんだよ。だから今の全には必要がないってことだと思うんだよね」

「はぁ? なに言ってんだよ、俺は報告しようと思って探したんだぜ? この俺がだぞ?」

「だからだよ。報告の必要がないってことだと思うんだよね。そもそも学園内で起こってることを理事長が気付いてないわけがない。まして人間の子供が迷い込んだとなったら本来すぐに対処されてるはずだし」

 慶喜が冷静に分析しながら話し、それを聞きながら全はその通りな気がしてきていた。確かに学園内に子供が侵入したとして、それを理事長が見過ごすわけがない。

「じゃ、じゃ……俺にどうしろっつーんだよ!?」

「どうにかしろってことじゃないかな、自分で」

 慶喜は苦笑いしながら言う。それがもっとも全にとって難しいことは慶喜が誰よりも理解している。自分よりも人間と接するのが苦手で嫌いな全だからこそ、それは難題でしかない。慶喜は苦々しく笑うことしか出来なかった。



 それからも少女は懲りずに再び姿を現し、いつも全が寝転んでいる木の根元に歩み寄ってきた。

 何を言っても無駄だろうと思った全は彼女の声かけはすべて無視する。相手するからだめなんだ、と思ったのだ。完全に空気として扱うことで、いい加減少女も諦めるだろうと思ったのである。

 しかし少女に諦める様子はなく、無視されても一方的に学校の話をしたり、質問してきたりする。

 その挙げ句、

「おにーちゃん、日曜日に遊びに行こうよー!」

 こともあろうか、休日に遊びに誘ってきたのだ。

「行くわけねえだろ、アホか」

 思わず反応してしまう全。

「あ、喋ったー! おにーちゃんの負けー!」

 きゃはは、と笑う少女。負けってなんの勝負だよ……と苛立った全だったが、反応してしまった自分も悪い。少女の思うつぼだ。

「ね、いいでしょー? 日曜日に私とデートしようよー!」

「しねーよ、さっさと帰れ」

 無理矢理目を閉じて、昼寝でもして乗り切ろうと思ったその時だ。

「全、一回ぐらい行ってあげたら?」

 下から聞き慣れた友人の声がし、まさかと思って飛び起きて下を覗く。

「慶喜、なんでおまえここに!」

 笑顔で手を振ってくる慶喜の姿がそこにあった。その傍らで少女もにこにこしながら、慶喜の真似をして全に向かって手を振っている。

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