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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
番外編 『俺の不幸は終わらない』
84/110

(2)

 少女は再び立ち上がって声を張り上げる。全から返答が返ってきたことがどうやら嬉しいらしく、心なしか声が弾んでいた。

「てめえら人間のことだよ」

「? おにーちゃんは人間じゃないの?」

 人差し指を口元に添え、首を斜めにして頭上にいくつもの疑問符を飛ばす少女。

「明日くんも人間じゃないんだよー! おにーちゃんと同じなの?」

 答えない全に返事を催促するかのように言ったその言葉に全が反応を示した。上半身を起こし、少女を見下ろす。

「人間じゃない……だと?」

「うん! 明日くん言ってた。本当は悪魔なんだって」

 子供が嘘を言うようにも思えず、小学生で悪魔を自称するとも思えない。どこの悪魔か知らないが、もしかしたらその明日って奴の近くにいすぎたせいで、学園の結界が通用しなかったのかもしれない。それならこいつがここに入ってこれたのも納得がいく。

「もー! なんで私じゃだめだったのかなー!」

「知るかよ」

 地団駄を踏む少女の元へ、全は再び木を飛び降りて姿を見せる。

「てめえはその明日ってのがどんな悪魔でも好きだったわけ?」

「うん! 好きなもんは好き!」

 純粋な子供だからこそ、嘘偽りなく即答出来る言葉だった。全は面食らいながらも少女を睨み付ける。

「おにーちゃんは好きな人いないのー? ねーねーどうなのー?」

 そういう話題が好きなお年頃である。少女はにこにこしながら全に這い寄っていくなり、しつこく聞くものだから全にでこぴんをくらわされた。

「いたいっ! もーいたいよ!」

「手加減してやってんだろーがボケ。さっさと帰れ」

「……帰り方わかんないもん」

 むすっとした顔で言う少女を本気で殴ってやろうかと思う全だったが、厳重注意処分の身である。一般人に手を出すことは憚れた。

「こい」

 無愛想に言うなり、全は少女についてくるように言って背を向ける。少女は疑問に思いながらも全の後をついていく。

 歩いている間もよく喋る少女は全に色々と問いかけるが、全はほぼ無視していた。嫌でも耳に入ってくるが聞こえなかったふりをする。こんな状況で明るく話しかけてくる神経を疑うが、むしろそんな神経だからこそ悪魔でも好きなんていうことが言えるのかもしれない。

 全は勝手に納得しながら、目的の場所に辿り着くなりそこを指差した。

「ほら。ここから出れる。さっさと帰れ」

「おにーちゃん、道案内してくれたんだね! やっぱりツンデレ?」

「うっせーな、さっさと失せろ」

 言うなり、少女の首根っこを掴んで裏口から放り出す。

「ねーねー、明日もきていい?」

 地面に転がりながらも少女が笑みを崩さず言った。

「…………は?」

 さすがの全も二の句が継げない。こいつは何を言ってるんだ?

「ねーねーいいでしょ? もう出口覚えたしっ!」

 迷い込んで危険な目にまであっておいて、なんでまたくるつもりなんだ?

 全の思考では彼女の考えまで追いつけそうになく、ただただ少女の満面の笑みを呆然と見るばかり。

「おまえバカか?」

「バカじゃないもん! いいでしょ? ねーねー!」

 やっと出た言葉もはね除けられ、少女はだだをこねる。

「おにーちゃん、お友達になって!」

 挙げ句にとんでもないことを言い出す。ピルプでも子供という生き物は、単純に見えてとても複雑な生き物だということは知識程度には理解していたが、実際に接すると想像以上のものがあった。

 相手にするだけ無駄で、相手にするだけ労力が奪われる。そう判断した全は何も言わずに舌打ちするなり、踵を返した。

「また明日くるからねー!」

 なんて馴れ馴れしい、無神経なガキなんだ……と、もはや全は呆れさえしていた。その言葉は聞かなかったことにして、元の場所に戻ることにする。


 翌日。同じ場所で寛いでいた全は予期せぬ事態に驚かされることになる。

 突如、寝ていた木が揺れ動き、強制的に起こされて落とされそうになり、何かの攻撃かと思い慌てて体を起こした。攻撃されるような心当たりはありすぎて特定すら出来ない。

「おにーちゃーん!」

 ――が、その声を聞いたと同時に拍子抜けた。そしてふつふつと怒りが込み上げてくる。

 見下ろすと昨日の少女がきゃっきゃ笑いながら木を蹴っていたのだ。

「ねーねー、起きたー?」

 両手を大きく振り上げて、手を振ってくる少女が目に入り、全は舌打ちするなり勢いよき木を飛び降りた。

「……ここでなにしてんだてめえ」

 低く唸るように言うと少女の頭を鷲掴みする全。

「明日またくるねって言ったじゃん。だからきたんだよー」

 それでも笑顔を崩さない少女の図太い神経に、全はもはやどう対処していいのかわからなかった。

「で、なにしにきたんだよ」

「遊びにきたの!」

「てめえ、ここがどこかわかってんのか?」

 顔を歪ませながらも務めて冷静に問いかける全。感情的になったところで少女には通用しないことを既に学んでいるのだ。

「うーん、学校?」

「ああ、そうだな。言っとくがな、ここの生徒は半分悪魔なんだぜ? 食われても殺されても知らねえからな」

 わかったならさっさと帰れよ、と手を振って再び木に飛び登ろうとする全だったが、

「おにーちゃんも悪魔なの!? その緑色の髪の毛ってコスプレじゃないんだねっ!」

 少女に手を掴まれてしまう。

「あ? ずっとコスプレだと思ってたのかよてめえ」

「うん! おにーちゃんも悪魔なんだーかっこいいねっ」

「……かっこ、いい?」

 悪魔がかっこいい? なにを言ってるんだこいつは……と思いながら、全は足取りを止めてしまっていた。つい少女のペースに巻き込まれてしまっていたのである。

「明日くんの方がかっこいいけど、おにーちゃんもかっこいいと思う!」

「あーそうかよ、そりゃどうも」

 棒読み口調で言うなり、少女の手を振り払った。

「おにーちゃん、かっこいいから好きな人に告白してもおっけー貰えそー」

 少女に悪気は一切なく、本当にそう思ったからこそ行った言葉だったのだが、それは予想以上に全へと重く突き刺さった。

「見た目がよけりゃいいってもんじゃねえだろ」

「そうなのー? かっこいいと学校でモテるよー?」

「モテるのと好きな奴と結ばれんのはちげーだろーが」

 うんうん、と大きく頷いて目を見開いて真剣に聞く少女の姿に気付き、全ははっとして顔を赤く染める。

 俺は何を言ってるんだ……と気付いた時にはもう遅かった。 

「おにーちゃんももしかしてフラれちゃったの?」

 全を見上げて、少女はなにげなく問いかける。子供は察しが良い。話の流れを掴めていなくとも、空気というものを大人以上に読み取る力がある。それは人間学通りであり、それを目の当たりにした全は驚愕した。

「………………」

 そして言葉を失ってしまう。

 怒るつもりが、怒鳴り散らすつもりが、少女の問いに頭を真っ白にさせてしまった。

 しまった、と思った全は何か言おうと口を開くが声が出ない。

「おにーちゃん……」

 少女はそれ以上何も問わず、全に抱きついた。今すぐ振り払いたいのに、蹴っ飛ばしてしまいたいのに、それさえも何故か出来ない。

 少女の目には図星ゆえに心が乱れている全がしっかりと映りこんでいた。聞いてはいけないことを聞いてしまった、という自覚があり、謝れば全が許してくれるものでもない、ということも感づいている。

 それは自分のなにげない一言で相手を傷つけてしまった、という意識からだ。

「……ああそうだよ、フラれたんだよ」

 やっと口から飛び出した言葉には覇気がない。

 自分が華灯歩藍に恋い焦がれ、気付けば想いを寄せており、結果最悪な事態を招いてしまった。変えようのない事実だ。彼女に抱いてしまった感情も、それゆえに騙されてしまったことも、どう足掻こうと改変することの出来ない現実である。

 どうして恋い焦がれてしまったのだろう。自分は悪魔なのに、どうしてそんな感情を、いつから持つようになってしまったのだろう。そう、自問しても答えは返ってこない。

「おにーちゃんはきっとその人のこと大好きだったんだね」

 子供の素直な感想だった。目の前の全の反応と表情と空気感をすべて踏まえた、少女なりの答えだった。

「さあな」

 全はあえて認めず、答えを濁した。後悔しているからこそ、認めたくはなかったのだ。

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