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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
番外編 『俺の不幸は終わらない』
83/110

(1)

 歩藍の一件は慎重に扱われ、利用されていたとされる全と慶喜は厳重注意とペナルティを課せられることになった。しかしながらペナルティ内容は非公開であり、今後の学園生活の中で何か課題を出されるのかもしれない。

 今、自分に出来ることはただおとなしく過ごし、傷を癒して気持ちを静めることだ。

 家森全いえもりぜんは全身色んな箇所が包帯で巻かれた痛々しい姿で、実戦区域の木の上にいた。

 実戦区域は学園の裏山にあたり、森のように草や木が茂っている場所である。主に実戦の授業で使われる場所で、授業以外の日中にここへくる生徒はほぼいない。いるとしたら全のように授業をサボるような不真面目な生徒か、誰かを呼び出したりする輩か、溜まり場として使っている連中か……つまりは素行の悪い生徒ということになる。

 全は木の太い枝の上に寝転ぶなり、風で揺られてさわさわと奏でる小枝と葉をただ呆然と眺めていた。


 自分の想いが、慶喜を巻き添えにし、苦しめ、結果あんな事態へと進展させてしまった。


 それは全にとって重くのし掛かっていた。

 普段、人間の不良のような振る舞いと口調で傲慢な態度をとっている全だが、唯一の親友を苦しめてしまった事実に胸を痛めずにはいられなかったのだ。

 もう終わったことだから、と言って笑ってみせる慶喜に自分を殴って欲しかった。いや殺してくれたって構わない。

 それぐらい彼にとっては、自分を許せなかったのである。

「……まるでピルプじゃねえか、笑えねえな」

 寝返りをうち、ははっと痛々しい笑いを零す。

 歩藍へ対する気持ちも、慶喜相手に抱いている罪悪感も、助けてくれた座覇輝十達への義理も……すべて感情が伴っている。まるで人間のように。

 全は自分でもその矛盾に気付いていた。もっとも忌み嫌うピルプに自分達は日々近づいている。

 この“感情”というものが育っていっているのだ。

「んあああもう! 気持ちわりぃ!」

 全はがばっと上半身を起こし、胡座をかくなり薄い緑色の髪の毛を掻きむしった。エメラルドグリーンのような綺麗な緑が木の中ではとても自然で、まるで木の精のようである。

 その時だった。

「きゃあああああっ! 誰かぁー! 誰ぁー!」

 悲鳴と共にザザザザと草を掻き分けて地面を駆ける音が聞こえてきた。

「なんだ?」

 この時間帯に実戦授業は行われていないはず。予め調べてからきたのだ。被るはずがない。

 全は枝の上に立ち上がり、その声の発信源を探す。

「うわ、すんげえ甘い匂いがくる。この濃度は……」

 全は思わず鼻を摘んだ。甘すぎるその匂いは刺激が強すぎるのだろう。

「誰か助けてぇー! きゃあっ!」

 丁度、全が乗っている木の下でその声の主は盛大に転倒した。

「なんでピルプのガキがここにいんだよ」

 結界で一般人はこの学園に安易に入り込めないはずじゃないのか……?

 この濃度の高さは小学生ぐらいが放つ甘い匂いだ。本来は処女性が強いほど匂いが強く、鼻につく。 座覇輝十のように特異体質で放つ甘い誘うような匂いとはまた違う。

 小学校中学年、いわゆる初潮も終えていないであろう子供の女からする匂いときたら甘すぎて気持ちが悪くなるほどだ、と全は思っている。

 そんなガキがなんで学園内に……。

 全は下の様子を黙って窺った。

「やだ! もう! あっち行ってよー!」

「行くもなにも、勝手に舞い込んだのはそっちだろ?」

「そうそう! 子供がこんなところにきちゃだめでしょー」

 木まで追いやられた少女は、どうやら不埒な生徒に見つかって追われてしまっているらしい。そもそもここにこの時間帯にいるような生徒にまともな奴はいないわけで。

「バッカじゃねえの」

 全は再び枝の上に寝転んだ。もちろん少女に同情はしないし、助けようとも思わない。俺には関係ないからな。

 自分達、淫魔にとって大事なのは快楽ではなく精力。そのついでに快楽が得られるだけで、ピルプのように一時の快楽の為に欲情したりはしない。

 ゆえに性的対象は趣向の問題であり、精力が頂けるのなら女だろうと男だろうと子供だろうと関係ないのだ。大人になっていくにつれて処女性が失われるので、若い精力がいいという奴だっている。それはピルプと大差ないだろう。

「やだやだやだやだ! こないで! こないでえええええっ!」

 響き渡る悲鳴を無視し、全は瞳を閉じる。ちょっとうるさいが、俺は寝るんだ。寝てえんだよ。なにもかも忘れて、睡眠に陥りたいんだ。

「いやだああああああああああッ!」「あああもう! うっせーぞ、このクソガキ!」

 ちょっとどころではなかった。その鼓膜を引っ掻くような絶叫にブチギレた全は、少女の絶叫に対して声を荒げる。

 そのまま木から飛び降り、少女達の前に姿を現した。

「食うぞこのクソガキが。勝手に舞い込んできといて喚いてんじゃねえぞブス」

「私、ブスじゃない! 可愛いって言われるもん!」

「知るかボケ! 睡眠の邪魔しやがって鳴かすぞコラ!」

 少女は全を怖がる様子はなく、舌を出して威嚇して見せる。

「こんのクソガキィ……ピルプの分際で俺をバカにしやがってぇ……」

 簡単に子供の挑発に乗ってしまい、苛立っている全を男子生徒二名は驚いた様子で見ている。

「あ? なに見てんだてめえ」

 包帯でぐるぐる巻きになった姿、薄い緑色のくせっ毛。なによりすぐに感情的になってしまう、その暴力的な態度。彼が誰であるかは男子生徒二人にはすぐにわかった。校内でも噂になっている事件の渦中の人物なのだから。

「いや、別に……なぁ?」

「あ、ああ。行こうぜ」

 言って、気まずそうにして男子生徒二人は去って行く。目の前の少女に固執するほど人間には困っていないのだ。

 走り去って行く男子生徒二人の背中を見て、少女はきょとんする。目をぱちくりさせた後、全を見上げた。

「あ、ありがとう……」

 そして照れくさそうにお礼を言う。

「はぁ? ふざけてんのかてめえ」

 突然お礼を言う少女が意味不明でしかなかった全だが、少女の表情を見る限り茶化しているわけでもなさそうで。

「別に追い払ったわけじゃねえよ、勘違いすんじゃねえ」

 状況を把握した全は気を静めながら少女に冷たく言い放つ。

「おにーちゃんって大きいのに素直じゃないんだね。ツンデレなの?」

「お、おに……おに……!?」

 大人びた様子で言う少女の発言に、口をぱくぱくさせて動揺する全。

「だっておにーちゃん高校生でしょ? 私、まだ小学生だもん。だからおにーちゃんっ!」

 にこにこと笑顔で言うなり、少女は全に勢いよく抱きついた。

「てめえ……んなことしてっとマジで食うぞ」

「おにーちゃんはきっとそんなことしないっ。さっきの人達と違うもん!」

「あ? 寝言言ってんじゃねえぞ。なんもあいつらと変わんねえよ。何を根拠に言ってんだよ、バカじゃねえの」

 全は高笑いしながら言うが、少女は全のお腹にくっついたまま、

「女の勘! だよっ!」

 言って、子供らしい満面の笑みを浮かべた。

「女になってから言うんだな、クソガキが」

 全は抱きついた少女を引き剥がして突き飛ばした。尻餅ついた少女は「いたた……」と小さな声を漏らしながらお尻をさする。

「俺は寝んだよ。今度邪魔したらマジで食うからな」

 そう吐き捨てて、さっきの木の枝まで飛び乗ろうとして、

「待って!」

 足に勢いよく全身全霊で少女に抱きつかれ、全はそのまま顔面から地面に叩き付けられた。

「あ、ごめんなさい……」

「いってえな! なにすんだてめえ、いい加減にしねえと俺が女にするぞマジで!」

 しゅんとして、その場に正座してしまう少女。

 それを見た全はもういいだろうと放置して、再び木に飛び乗ろうとする。これ以上、ピルプには関わりたくない。今の自分は“関わらない”ことで心の中立を保ちたいのだ。

 忌み嫌うピルプという存在に出来るだけ深く関わらず、平穏に過ごしていければもうそれでいい。

 少女は大きく体を反らして、枝に登ってしまった全を眺め、

「ねーねー、おにーちゃん!」

 両手の平を口元に添え、声を張り上げる。

「うっせえ、おにーちゃんって呼ぶな気持ち悪い。いいからおまえさっさと帰れよ。また絡まれても知らねえからな」

 枝に寝転ぶなり、今までのことはなかったことにして目を閉じるが、

「ねーねー、おにーちゃん! おにーちゃんは好きな人いるー?」

 その唐突な問いに思わず目を開けてしまった。

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