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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第1話 『不幸は突然やってきた』
8/110

(8)

「死ぬね、じゃねえよ! なに冷静に言ってんだよ! なんとかしろ!」

「もう、さっきから何でそんな怒鳴ってばっかなの? 欲求不満なの?」

 言って、杏那はわざとらしく手の平をぽんっと拳で叩き、

「あ、ごっめーん。きみ、童貞だったね。そりゃ欲求不満だよねっ!」

「て、てめえ……」

 こんな状況でもけらけら笑いながら輝十を茶化す。

 輝十の怒りのゲージが急上昇し、もう目盛りいっぱいではち切れそうになる。

「こんな時に怒ってていいのー? 彼、死んじゃうよ?」

 杏那は彼氏を指し、首を可愛く傾げて見せる。

 改めて視線を送ると一刻を争う状況が繰り広げられている。

 もちろん輝十はどうにかしてやりたい一心だった。目の前で起きている状況だ、見過ごすわけにはいかない。

 しかしだからといって、片手で人間を持ち上げるような奴だ。ここで飛び込んで勝てる相手だとも思わない。

 そこまで冷静に考え、出ない結論の苛立ちを八つ当たりするかのように、

「だーかーらーおまえがなんとかしろよ!」

「えーなにその無茶ぶり」

 胸倉を掴んだまま、杏那を上下に激しく揺さぶる。

「ざ、座覇……くん!」

 埜亞が輝十の制服の裾を引っ張る。

 埜亞はその状況を怯えながら見ており、まるで自分が助けを求めるかのように輝十の名を口にした。

「あああああもう! 俺が行きゃいいんだろ行きゃ!」

 輝十は杏那から手を離し、両手でわしゃわしゃと頭を掻きむしって立ち上がる。

「助けに行くんだ?」

「ああ。てめえが行かねえっつーんだから仕方ねえだろ。放ってはおけねえ」

「ふーん」

 埜亞と杏那に背を向け、一歩歩み出た輝十に、

「ちょーっと待った」

 再び声をかける杏那。

「あ? んだよ、こういうのは勢いが大事なんだから声かけんじゃねえよ!」

 輝十だって怖くないわけがない。しかし一度言い出したことだ。男である以上、後には退けない。

 そう思っていた時、

「じゃあ、少しだけ力貸してあげるよ」

「は?」

 杏那はすっと立ち上がって、輝十の両手を握り締め、

「おいてめえ! こんな時に何しやがっ……」

「せーのっ!」

「!?」

 そのまままるで大きなブーメランを投げるかのように、輝十を男子生徒へ向けて投げ飛ばした。

「うぎゃぁああああああああああッ!」

 まるで自分が戦闘ロケットになったかのような気分で、頭から男子生徒に向けて物凄いスピードで加速しながら飛んでいく。

 んだよ、これ! なんで俺が飛んでんだよ!

 そう思ったのも束の間、すぐに目前に彼氏の首を絞める男子生徒が迫る。

 輝十はそのまま前転し、足先を男子生徒へ向けてこの加速を利用し――

「辞めろおおおおおおおおおおッ!」

「!」

 男子生徒の肋骨辺りに思いっきり蹴りをかました。

 男子生徒は吹っ飛んで校舎の壁に叩き付けられ、輝十は大木を両手で掴み、木の周りを一周して減速させ、軽く飛んで無事に着地する。

 輝十の身体能力あってこそ成せる技だった。

「……あの赤髪、なんてことしやがる」

 振り返ると男子生徒が叩き付けられた壁は、円状にくっきりひびが入っている。複雑骨折していてもおかしくない。

「だ、だっ、大丈夫、ですか!?」

 心配した埜亞が息を切らして輝十の元へ駆け寄った。

「あんた運動神経いいねぇ。普通の人間だったら一緒に壁に叩き付けられてるよ」

「てめえ……!」

 杏那は手を叩きながら輝十に近寄り、わざとらしい賞賛の言葉を捧げると、そのまま男子生徒の所へ歩いていく。

 片手で人間を持ち上げる男子生徒もだが、あんなに軽々としかも凄い力で人間を投げ飛ばせる杏那も異常だ。どんだけ怪力揃いなんだよ、と輝十は杏那の後ろ姿を見て思う。

 大したダメージを受けていない男子生徒は、首をぽきぽき鳴らして、制服についた砂埃を払いのける。

「お怪我はありませんかー?」

「え?」

 歩み寄った杏那は笑顔で男子生徒に手を差し出す。

 男子生徒は困惑しながらその手を掴み取るか悩み、しかし手を引っ込めない杏那を見てその手を取ることにした。

「見てごらんよ、この野次馬。せっかくの入学式に何してくれちゃってるの?」

「いッ!」

 杏那のわざとらしい笑みが消えた瞬間、男子生徒の口から小さな苦痛の叫びが漏れる。

 男子生徒の手をひいて立ち上がらせた杏那だったが、その際光の速さで何度も引っ張った為に男子生徒の腕が外れたのだ。

 その速さは人間の目で確認することは出来ず、輝十達には普通に立ち上がらせてあげたようにしか見えていない。

「最初は面白かったけど度を超えちゃまずいでしょ。俺達今日から高校生なんだから。ねっ?」

 そしてまたいやらしい笑みを浮かべて、男子生徒に同意を求める。

 男子生徒の顔には苛立ちや反発といった要素は全くなく、ただただ恐怖の色だけが滲み出ていた。

 何を話しているのか聞こえない輝十達は、ただやりとりをしている二人を見るだけで状況が全く把握出来ずにいる。

 と、その時。

「ねー腕が外れちゃってるみたい。保健室に連れてってもらえるー?」

 杏那が誰かに声をかけるが、誰も反応を示さない。

「ほら、きみ達だよきみ達!」

 杏那は手でおいでおいでしながら、カップル達に声をかける。

 もちろんカップル達はあからさまに嫌な顔をして、互いに顔を見合わせていた。

「バ、バカ言ってんじゃねえよ。保健室だったら俺が……」

「ちょっとそこの童貞は黙っててー! あ、きみ達じゃなくてそこの小さくてうるさいニホンザルみたいな奴のことー!」

 あはは、と自分の言ったことに笑う杏那。

「ニッ、ニホンザルだと!」

 初めて言われたその屈辱的罵倒に、輝十の顔はニホンザルの尻の色をしている。

 つーか、さっきから童貞童貞って……なんで初対面のあいつが知ってんだよ!

 そう考えると輝十の怒りは上昇するばかり。

「なっ、俺ってそんなに童貞っぽいのか!?」

「ふえっ!?」

 突然話を振られた埜亞はもちろん返答に困り、分厚い本を開いて顔を埋めていた。

 あまりにしつこいので、納得はしていないといった顔でカップルは仕方なく杏那の元へ向かい、

「……なんで俺達が」

 本音をぶつけた。

「こ、こいつが! こいつが道子のお尻を……ッ!」

「まあまあ、きみの彼女が触りたくなるぐらいいいお尻をしてたってことで」

「はあ!? ふざけんじゃねえ!」

 怒りが収まらない彼氏は杏那にまで怒りをぶつけ始める。

「そうだね、怒るのもごもっともだよね。うんうん、だってきみはまだそのお尻を堪能してないんだもんねぇ」

「なっ!?」

 一番突かれたくないところを突かれたのか、彼氏が言葉に詰まる。

「先に触られちゃって悔しかったのかなー?」

 あはは、と笑う杏那は完全に他人事だった。

「う、うるさい! おまえらに関係ないだろ!」

「うん、関係ないんだけどさーここで怒りを露わにしてまた同じこと繰り返すの? 体を張って助けてくれた人に悪いと思わないの?」

「うっ……」

 杏那は男子生徒の肩を叩き、

「ほら、何か言うことあるんじゃないのー?」

「…………」

「あるよね?」

 杏那に念を押されて、男子生徒は一瞬怯えた目をする。

 そして罰悪そうに、

「……悪かった。ごめん。もうしない」

 目を逸らしてカップルに謝罪した。

「ね、こう言ってることだし?」

 杏那は男子生徒の頭部を掴んで、お辞儀させる。

 カップルは眉尻を下げて、顔を見合わせ、その謝罪を受け入れることにした。


 カップルが男子生徒を保健室に送り届けたのを見て、杏那は輝十を横切って校舎に向かおうとする。

「お、おい! てめえ!」

「もう、まだ何かあるの? キッキッうるさいお猿さんだなぁ」

「誰が猿だ! 誰が! つーか、さっきの……」

 輝十はカップルが男子生徒を連れて行く姿を見ながら問おうとする。

「んー? ああ、あれね。あんたが連れて行っても別にいいんだけどさーそれだと何の解決にもならないでしょ? 溝は空いたままになるし」

「そう、だな……」

 悔しいことに杏那が言うことは一理ある、と輝十は思ったのだ。

 一緒に保健室に向かう姿を見て、終わったんだなという感じがした。自分が飛んで男子生徒を吹っ飛ばして、それで解決したかというともちろんしていない。

「いやまあそうだけどよ、何で俺があんな目にあわないといけねえんだよ!」

「別にいいじゃーん。ヒーローは飛んで現れるのがお約束じゃないの?」

「ま、まあ、そう言われればそうだな……」

 ヒーローに例えられて悪い気がしない輝十は、まんまとごまかされるところであった。

「って! そうじゃなくて! そもそもなんでおまえが……」

 と、言った時には既に杏那は校舎に向かっており、

「そろそろ休憩終わるよー? じゃあねーん」

 歩きながら輝十達に向かって手を振ってた。

「ああもう! くそ! 一体なんなんだよ!」

 ちくしょう……なんであんな奴が……なんであんな奴があああああ! しかもどっからどう見ても男じゃねえかよ!

 おかしい。絶対におかしい。この学校も、妬類杏那という婚約者も、何もかもがおかしい。

 輝十はそう思いながら、憎き父親の顔を思い浮かべた。

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