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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第8話 『出会いと別れの行く末』
71/110

(1)

「せーかちゃん、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよー? せーかちゃんっ!」

 遠い意識の中でする懐かしい声色。その声に呼ばれた気がした聖花は重い瞼をゆっくりと持ち上げた。

「……小夜千?」

 その声の主である彼女の名を呟きながら、瞳を開けるといつもの図書室の光景が目に移る。

「せ、聖花さん、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃいますよっ」

 そこにいたのは小夜千と呼ばれた彼女ではなく、いつもの分厚い本を抱きしめて、おろおろしている埜亞の姿だった。ぎゅっと目を閉じ、勇気を振り絞って聖花に声をかけていたのである。

「なんだ、あんただったの」

 決して埜亞に声をかけられたことが不服だったわけではない。しかし一瞬、残念そうな表情を浮かべたのを埜亞は見逃さなかった。

「あ、あのっ!」

「なによ」

「小夜千さんって……お、お友達、ですか?」

 恐る恐る問うた埜亞だったが、

「はぁ?」

 寝起きで機嫌が悪いのか、怒ったように舌打ちを返す聖花。

 埜亞は慌てて取り繕い、

「ご、ごめんなさいっ。踏みいったこと訊いてしまって……」

 しゅんとして何度も頭上が地面につくぐらい頭を下げる。

 そんな様子を見てしまっては、調子が狂うというもの。聖花は頭を掻きながら溜息をつく。

「小夜千ってのは、かつての友人なのよ。そうね、人間の言葉を借りて言うなら“親友”かしら」

「かつて……?」

 埜亞は無意識に呟くように復唱していた。もちろん悪気はく、ただ純粋に気にかかったのである。

 その復唱を聞き逃さなかった聖花は、目を逸らし、読んでいた本をそっと閉じた。

「ねえ、逆に答えて」

「は、はいっ!」

 突然の要求に埜亞は背筋をピンと張る。

「人間の価値観では友情というのは永遠なの? それともいつか終わりがくるものなの?」

 一切視線をあわせず、囁くように問いかける聖花。その表情は真摯で、どこか切なげで、決して冗談や生半可な気持ちで問うていることではない、と埜亞に思い知らせる。

「えっと……その……」

 しかし今まで友達がいなかった埜亞に、その質問の答えを導き出すことは出来なかった。

 必死に答えを導きだそうとして、でも出来なくて、埜亞は悔しそうに唇を噛みしめて俯いてしまう。

「ご、ごめんなさいっ。私には……その、よくわからなくて……」

 はっとした聖花は顔をあげ、

「あ、いや……悪かったわよ」

 埜亞が今まで置かれてきたであろう環境を察し、慌てて謝る。そしてそっと一枚の紙を差し出した。

「?」

 聖花は咳払いで照れを隠し、明後日の方向を向く。

「み、見ればわかるでしょ!」

 突きつけるかのように埜亞に渡し、埜亞はその紙に視線を落とす。

「魔法陣……? これ、魔法陣じゃないですかっ!」

 興奮のあまり、図書室にいることも忘れて声をあげる埜亞。

「バ、バカ!」

 聖花は慌てて埜亞の口を抑え、その声を遮る。

「ごめんなさいっ。つい興奮してしまって……」

 聖花は苦笑しながら溜息をついた。しかし決して怒っている様子ではない。

「その魔法陣、きっとあんたなら使いこなせると思うわ」

 そう言って、本を片手に本棚の奥へと歩いていく。

「ありがとうございますっ! で、でも……なんの魔法陣なんですか?」

 聖花は半分振り返って、笑って見せた。

「さあね。それぐらい自分で調べなさい。あんたの得意分野でしょ?」

 言って、そのまま聖花は奥の本棚へと消えていく。



「おーい、埜亞ちゃん! 帰んねえの?」

 埜亞は聖花の言葉や問いかけ、そしてこの魔法陣のことが気になり、放課後も机に吸い寄せられるように座ったままだった。そこへ不審に思った輝十が声をかけたのである。

「ざ、座覇くんっ!?」

「んだよ、そんな驚いて……今更だろ」

 目の前の席に座った輝十は、驚いて立ち上がる埜亞を見上げて不思議そうな顔をする。

「そういえば授業も上の空って感じだったよねえ。黒子ちゃんにしては珍しー」

 輝十の後を追うようにしてついてきた杏那が突っ込むと、

「おまえよく見てんな」

 なんてじと目で返す輝十に、

「なにそれ、やきもちー? 心配しなくても俺達、一つになったじゃん」

 嬉しそうに杏那が言う。

「いやいやいやいや! その言い方おかしいだろ!? しかも今の流れでなんで埜亞ちゃんに妬くんだよ! 普通、逆だろーが!」

「うーん、ちょっとなに言ってるかわかんないんですけどー」

「てめえ……!」

 立ち上がった輝十は、にやにやしている杏那の胸倉を掴んで上下に揺らす。

「あ、あのっ!」

 そんないつもの光景が埜亞の目には羨ましいぐらい仲睦まじく映るのだ。だからこそ、相談しようと思い切る。

「き、訊いても……いいですか?」

 いつになく真剣な様子の埜亞に、輝十は笑顔を向ける。

「なんだよ、改まって。水くせえな」

「うんうん。輝十に訊いても大した答えは返ってこないと思うけど、ちゃんとフォローするから安心して質問してもらっていいんだよー?」

「てめえはなんでそう一言、二言多いんだよ!」

 殴ろうとしたら避けられたので、諦めた輝十は咳払いで気を取り直し、

「で、なんだ? 訊きたいことってのはよ」

 質問を急かした。

「は、はいっ。人間の価値観で“友情”というのは……その、永遠なんでしょうか……?」

 言いながら段々と声が小さくなり、そのまま俯いて、膝の上でぎゅっと拳を握る埜亞。

 友達がいたことのない自分には答えられなかった質問で、だけど一番答えてあげたかった質問だった。プライドの高い彼女が自分に問うなんて考えられなかったし、それだけ必要としている答えかもしれないからだ。

 なのに、答えてあげれなかった……。

 悔しさと恥ずかしさで胸がきゅっと締め付けられる。埜亞はどうしようもない気持ちだった。

 そしてなにより“小夜千”と呼ばれた親友のことも気になったのである。なぜ“かつて”という言い方をしたのだろう……と。

 きょとんとした輝十はあっけらかんとして答える。

「んなもんあるわけないだろ? 永遠なんてねえよ」

「えっ……?」

 即答に驚いた顔をする埜亞だったが、お構いなく輝十は続ける。

「恋愛だってそうだろ? 永遠なんてねえ。どんだけ愛を語り合ったって、終わりがくる時は終わりがくるんだぜ?」

「……と、うちに童貞が童貞のくせに童貞の妄想力で申しております」

「てめえ!」

 怒る輝十を見て楽しそうな杏那。

「ごほんっ。まあ、なんだ。恋愛はおいといても、だ。友情に永遠なんてものはない。あるかどうかは続いてからじゃないとわかんねえからな」

「人間の男同士か女同士、または異性同士でも違うかもしれないけどねえ。永遠なんてものは簡単に“ある”なんて言っちゃいけないんじゃないかなー」

「おまえ人間じゃないだろ」

「人間じゃないから、客観的な意見を述べてるんでしょ」

 睨み合う二人を眺めながら、埜亞は二人の意見を噛みしめる。

「偏に友達つっても幅広いからな。中学時代の友達がみんな今も仲良いかっつーとみんながみんなじゃねえし、それが成人しても続いているかっつーと断言出来ないしな」

 うーん、と唸りながら考え出す輝十。

「友情の定義は難しいんじゃないかなー? 人間学で多少嗜んでるけど、曖昧なものって印象が強いしねえ」

「ま、続く奴とは続くし、続かない奴とは続かねえ。んでもって、一度離れても再会する奴は再会する。友情ってのは縁と互いの思い次第なんじゃねえかな」

「恋愛みたいにお互い口にしない分、難しいかもねえ。でもそれが人間関係の面白さだよねーほんと」

 腕を組んで、うんうんと語る杏那を見て少し驚いた顔をする輝十。

「おまえ、ほんと人間好きなんだな……」

 純粋に関心している輝十に、杏那は微笑みかける。

「好きじゃなかったら輝十と一つになんかならないでしょ」

「だからその言い回しどうにかしろ!」

 わざと恥じらいながら言う杏那に輝十は怒鳴り散らした。

 そんないつものやりとりは、もはや今の埜亞には入ってこなかった。二人の意見を噛みしめれば噛みしめるほどフリーズしてしまう。

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