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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第7話 『フィールド・リバーシ 後編』
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(30)

「ん……?」

 輝十は自分の手を握られる感触がして、はっと目を覚ます。瞳を開けて広がったのは高くて真っ白な天井だった。

 周囲を窺うように寝たまま首を動かし、辺りを見回す。横に並ぶベットや教室内の雰囲気からここが保健室だと気付かされた。

 保健室にいることがわかった輝十は体を起こそうとして、

「ってえ……」

 激痛と息苦しさに襲われる。折れた肋骨が響くような痛みを輝十に与えているのだ。それでもなんとか半身を起こし、自分の手の甲に手の平を重ねていた人物に気付く。

 すやすやと気持ちよさそうに寝息をたてて眠っている埜亞は、ベットに突っ伏して熟睡していた。これだけ一気に色々なことが起こったのだ。疲れたんだろう。

 輝十はそっと自分の手を抜き取り、自分の制服を脱いで彼女の背中にかけてやる。

「優しいんだね、輝十」

「!」

 突然の人の気配と声に驚き、びくりとして顔を赤く染める輝十。

「てめえ、いつからそこに……」

「さっきからずっとだけど。ねー?」

 杏那が同意した先を見て、輝十は思わず声をあげる。

「なっ! おまえら!」

 揃いも揃って盗み見かよ!

 杏那が声をかけた傍らには、菓汐を聖花の姿があった。

 菓汐は眉尻を下げた顔で一歩前に出るなり、輝十に向けて何か言いたげだったが、それをあえて言わせないかのように先に口を開く。

「あの後、どうなったんだ?」

 その輝十の問いに答えたのは杏那だった。

「どうなったもこうなったも、輝十の想像している通りじゃないかな」

 肩をすくめて喋りながらベットに近づき、埜亞とは逆側に腰掛ける杏那。

「無期限謹慎処分になるそうよ」

 聖花が菓汐を横目に、代弁するかのように言う。

「退学じゃないのが不思議なぐらいだよねっ?」

 会話を聞いていたらしい一茶が喋りながら保健室に入ってきて、

「輝十ぉ! 大丈夫なの?」

 駆け寄ってきた勢いに任せて輝十に抱きつき、輝十は激痛で悲鳴をあげる。

「いってえええええ! お、おま……!」

「あ、僕なら平気だよっ! 痛いのには慣れてるし」

「そういう問題じゃねえ! しかもなんで恥じらいながら言うんだよ意味わかんねえよ! 可愛いけど!」

 包帯で所々を巻いている一茶は見た目だけはか弱さが増していて、そこらの女の子より可愛い男の子をしていた。

 その騒がしさに目を覚ました埜亞は、ゆっくりと目を擦り、徐々に鮮明になっていく周囲の状況に混乱し始めていた。あわあわしだしたところを聖花に叩かれる。

「あっ、えっ、えっと……大丈夫ですかっ!? 座覇くん!」

 埜亞は勢いよく立ち上がり、座っていた椅子がバタンと後ろに倒れる。まるでそれを合図にするかのようにして、保健室は一斉に静まり返った。

「ああ、俺は大丈夫だよ。さんきゅーな」

 笑顔で答える輝十。埜亞はその笑顔にはっとして顔を紅潮させた。恥ずかしくなったのか俯いて座ろうとしたら椅子が倒れてその場になく、まるで一人コントのように床にそのまま尻餅ついて転がった。

「なにやってんのよ、あんた……」

 パンツ丸見えで倒れ込んだ埜亞を眺めながら聖花は溜息をつく。

「なにはともあれ、一応この件は一見落着かな」

「そうだな」

 きっと退学処分にしなかったのは、理事長のはからいだろうと輝十は思った。同じ血が流れている母親のことだ。きっとそうに違いない、と心の中で断言した。

「……て、輝十」

 震えた声色で話しかける菓汐。

「今回の件、本当にありがとう」

 言って、頭を下げる。

「そして、みんなも……迷惑をかけてすまなかった。従姉妹として、深くお詫び申し上げる」

 輝十は無言でベットから降り、菓汐の肩を叩いた。

「なに言ってんだよ。友達だろ」

「輝十……」

「俺は友達が困ってたら助けたい。それが女友達なら死ぬ気で助けたい。だって、男だもの」

 不穏な空気を感じ取り、杏那はじと目で輝十を睨みながら、

「なに某詩人のように言っちゃってるの、あの童貞は……」

 それに同調するように一茶も突っ込む。

「女友達を強調して言ったぁー! あれわざとだよねっ?」

 それらを無視し、輝十は続ける。

「そうやって人のことで頭を下げられるような悪魔にだったら、俺は喜んでこの身を預けるぜ?」

 杏那に同意を求めるように輝十は目配せし、杏那は溜息をつきながら、

「輝十がそう言うんだからいいんじゃない? 俺も別に気にしてないし」

「そ、そうですよっ! お友達じゃないですか! 私なんかじゃ役に立たないですけど、これからも微灯さんの力になりたいですっ!」

 ぎゅっと拳を握り、自分も言わなければ! と力んだ様子で口を挟む埜亞。

「……だってよ?」

 と、促す聖花。

「輝十がそう言うなら僕も協力する!」

 最後に一茶がそう言うと、輝十は泣きそうな菓汐に「なっ?」と同意を求めた。

「ありがとう……みんな、ありがとう……」

 埜亞が菓汐にハンカチを差し出し、気の利いた言葉が見つからない様子の聖花は傍らで苦笑していた。

「いーって。いつまたこういうことが起きるかわかんねえしな。そういう学園だってことは今回でよーくわかったぜ」

「今更? って感じだけどねえ」

「大丈夫だろ。その為に契約結んでやったんだからよ」

「契約結んでやった? ちょっとそれ言い方おかしいよね。契約結んでもらった、じゃない?」

「はぁ!? 俺がいつおまえと……」

 ――と、言いかけたところで保健室にまた人が入ってくる。

「……千月慶喜」

 その横には慶喜の肩を借りている家森全の姿があった。

「だ、大丈夫だったんですかっ!?」

 乗り出して問いかける埜亞に、慶喜は微笑んで小さく頷く。そして全に視線をやると、全は気まずそうに口を開いた。

「わ、悪かった」

 柄にもなく謝罪する全。

「なにが?」

 輝十の意外な問いかけに目を丸くする全。

「なにがって……こうなったことだよ。そもそもの原因は俺だからな。言っとくけどな、慶喜は悪くないぜ」

 全は気まずそうに目を逸らしたまま答える。

「違うだろ。あえておまえの失点を言うなら恋に盲目すぎたことじゃねえの」

「なっ……!」

 意外な答えに言葉を失い、顔を真っ赤にする全。

「でもよ、好きだったなら仕方ないんじゃねえの。好きな人のことを信じて、好きな人の願いを聞き入れて、普通のことだろ。その善悪の区別がつかなかったことと相手が悪かった……それが重なっただけでさ」

「……と、童貞が申しております」

「てめえ! 余計な一言付け加えんな!」

 杏那の胸倉を掴む輝十だったが、そのせいで肋骨の激痛に襲われて悶えるはめになる。

「ま、なんていうか……俺はおまえらを責めるつもりはないっていうか。おまえは好きな人の為に、千月はおまえの為に、行った結果悪い方向にいっちまっただけで」

 それを聞いた慶喜は驚いた顔をする。

「あれだけのことをしたのに……怒らないの?」

「なんで怒るんだよ。罪を憎んで人を憎まずって言うだろ。もう終わったことだしな」

 慶喜はそれを聞いて申し訳なさそうに埜亞にも視線を送る。まるで咎めて欲しいかのような顔で。

「夏地さんは……」

「わ、私ですかっ!?」

 きょろきょろ周りを確認し、それが自分に問いかけられたことだと気付く埜亞。

「わ、私ならぜんぜんっ!」

 やたら力んでしまい、場の空気を読み取ったのか、深呼吸して自ら落ち着きを取り戻す。そして改めるようにして、それを口にした。

「座覇くんの言う通りだと思いますっ。もう終わったことです。み、みんなで仲良くしましょう!」

 それを聞いた慶喜は、

「……だってよ、全」

 答えをすべて委ねるように、または逃げるかのようにして全に振る。

 全はその慶喜の内情を察しており、半ば嫌そうな顔をしたが、それでもこの展開を招いたのはそもそも自分だという自覚がある。だからこそはね除けたりはしなかった。その素直な気持ちを口にする。

「俺がピルプ嫌いなのは変わらねえ。でも……ピルプにも色々いるってのはわかった。命を助けられたのも事実だ。この恩は忘れない」

 全は揺るぎない瞳で、輝十の目を真っ直ぐ見て言う。

「俺も忘れないし、忘れられない。悪魔とか人間とかそういうことじゃなくて、生き物として敬意を払わせて頂くよ」

 慶喜は深々と頭を下げた。それにあわせて全も頭を下げる。

 彼らの気持ちが本物であることは、一目瞭然だった。もちろん責めるつもりは元々ないので、許すもなにもないのだが。

 輝十は頬を掻いて、照れくさそうにする。その様子を見た杏那が変わりに締めようと手を叩いた。

「はいはーい。おわりおわり。もうこの件はこれでおわり。みんな無事だった、それでいいじゃん。ねっ?」

「ああ、そうだな。命あってのなんとかっつーからな」

 言って、輝十は慶喜と全に向かって両手の平を差し出した。

「悪魔と人間の挨拶、だっけ?」

 慶喜は静かに笑うなり、

「微妙に違うけどね」

 言って、手の甲を差し出した。

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