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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第1話 『不幸は突然やってきた』
7/110

(7)

 それから仲が急接近したということもなく、話しかけると所々悲鳴をあげるが毎回突っ込むのはやめた輝十である。

 十一時が迫り、二人は体育館に向かうことにした。

「なげえんだなぁ、この学校。さっさと入学式終わらせろってんだ」

「せ、精霊式、く、組み分け式……入学式、の順番、で、行う決まり、みたい、です」

「へえ、なるほどな」

「さ、さん、三大式典、だ、そうです」

 前情報なしに入学してきた輝十と違い、埜亞はしっかりと予習しているようだった。

 これが恐らく“入りたくてこの学校を選んだ人間”と“なんとなくこの学校へ来た人間”の違いだろう。

「座覇……くんは、ど、どうして、この学校に、したんですか?」

「んーなんとなく? 親に勧められてかな。これといって行きたい高校もなかったし」

「なんとなく、です、か……」

 埜亞は口元に手を置いて首を傾げる。手を口元に、といっても指先はすべてパーカーの袖で覆われていた。

 体育館に着くと今度はクラスごとに男女別で座るようになっており、埜亞とは途中で別れて男子の席へ座る。

 輝十が座るとすぐに隣の席が埋まった。誰が座るかで揉めているようだったが、そういう光景は中学時代から見慣れているので関与しないことにしている。

 式が始まるまで、そう時間はかからなかった。

 それから始まった入学式は中学の頃と何も変わらない、普通の入学式だった。保護者が参列し、校長らしき人物のつまらなくて長い話。

 輝十は呆然とステージを見つめたまま、ブラジャーはワイヤー入りとワイヤーなしのどっちの方が魅力的かを考えることにした。

 形を綺麗に見せるならワイヤー入り、自然な揺れを作り出すならワイヤーなし、おっとスポブラを忘れちゃいけねえ……と一人で脳内討論を行っていた、その時である。

 新入生を代表して答辞を行うのは女子生徒だった。

 輝十の意識がそちらに移行する。

 ステージにあがっても全く物怖じしない、堂々とした態度。まさに代表として相応しいように感じる。

 凛とした顔つきをしており、冷たい印象を受ける。クールビューティーというやつだろう、と輝十は新入生代表の胸元を見ながら思う。

 長い髪の毛をハーフアップにしており、その毛先が丁度胸元にきていた。

「……なるほど、大きさより形を重視するタイプか」

 手を口元にあて、まるで研究者のような面持ちと口ぶりで呟く輝十。しかし言っていることは所詮乳についてである。

 いわゆる美乳というやつだろう。クールな顔立ちと非常にバランスがとれているな、と眺めている輝十は答辞自体は全く聞いていなかった。



 入学式が終わり、また休憩を挟むことになった。軽いホームルームのようなものをクラスで行い、解散となるらしい。

 輝十は埜亞と共に中庭のベンチに座っていた。

 丁度桜が咲いており、新入生を祝福しているかのように桃色の雪を降らしている。

 なんせ朝からわけのわからない式続きだ。特に回って見たい場所もなく、落ち着いて寛げる場所に行きたかったのである。

 とは言え、中庭には他の生徒も多かった。

「し、新入生代表、の方、だんっ、だんとつで、成績トップだったらしい、です」

「え? バストトップがなんだって? 別に色なんて気にしねえよ」

 ベンチに大股開きで座り、背もたれに体を預けてだらけている輝十が言う。半分冗談のつもりだったが、埜亞には冗談が通じなかったようだ。

 埜亞は分厚い本を開いて、その本に顔を挟んでマンドラコラのような悲鳴をあげている。こ、これはつっこんだ方がいいのか?

 そんなくだらなくて平和な時間は、輝十にとって割と心地がよかったのだが、

「嘘ついてんじゃねえよ! おまえに触られたって言ってんだよッ!」

 男の怒声が響き、それは一気にぶち壊された。

「なんだなんだ?」

 さすがに気になって輝十は座り直して体勢を整え、怒声のした方を向く。埜亞もその声に反応し、顔を本から開放した。

「おまえもしつこいな。だからピルプってのは嫌なんだ。感情的なくせに本能を理性で抑えて、いかにも綺麗な生き物かのように取り繕う」

 輝十達から目と鼻の先、むしろ輝十達が座っているベンチが観客席なのではないかと思うぐらいの場所だ。

 女子生徒に寄り添った男子生徒と男子生徒が対峙していた。

「うるさい! いいから道子みちこに謝れ!」

 恐らく怒鳴っているのは隣で泣きそうな顔をしている女子生徒の彼氏なのだろう。男子生徒を睨み付け、彼女の肩を抱いてる。

「入学式早々に修羅場かよ……つーか、カップルで入学とかすげえな」

 『一緒の高校に行こう』『うん頑張ろうね』なんていう会話を繰り広げながら切磋琢磨し、時には愛し合い、受験し、そして今ここにいる。

「俺はたった今あの怒鳴られている方の男子生徒を応援することにする」

「ひえっ!?」

 埜亞が問いかけのような悲鳴のような声をあげ、男子生徒達と輝十を何度も交互に見た。

 いやだって中学でもいちゃいちゃしてたくせに、高校でもいちゃいちゃしようなんて誰が許すんだよ。神が許しても俺は許さねえぞ。

「そもそも問題なのはどこを触ったかだ。尻と太ももはセーフ。おっぱいだとアウト」

「ふーん、なんでおっぱいだとアウトなの?」

「そりゃおまえ、俺が触りたいものを俺より先に触ったからに決まってんだろ! ……って、え?」

 自然に会話していた輝十だったが、途中でおかしなことに気付く。

 埜亞が食いつく内容ではないし、こんなに男っぽくて軽い口調で話すタイプではなかったはずだ。

 そう思った矢先、気配に気付き隣を見る。

「そんなに触りたければ触ればいいじゃーん」

 笑いながら言うその人物は真っ赤な髪をしていた。何よりも先にその髪の毛に目が奪われる。その色は某バスケット漫画主人公顔負けの目立ちっぷり。

「俺はあのカップルでも応援しようかな。ガチでやったら勝ち目ないだろうしねぇ」

「……つーか、誰?」

 同じ黒い制服を着ている男子生徒がいつの間にか輝十の隣に座っていた。

「あー俺? いやぁ、別に名乗るほどの者じゃないよ」

「いや、そこは名乗れよ! 同じ新入生だろ!」

 何故か勿体つける男子生徒に思わず全力で突っ込む輝十。

 男子生徒は必死になる輝十を横目に、小馬鹿にするように笑いながら、




「俺の名前ね、妬類杏那とるいあんな。とるいあんなだよ」




 ガシャーン。

 輝十の中で何かが壊れる音がした。

「ざ、座覇……くん?」

 そのあまりの硬直っぷりに、さすがの埜亞も慌てて声をかける。

「もしかして自分に硬化魔法中ですか!?」

 埜亞にそう思わせてしまう程、見事に固まってしまっていた輝十はショックのあまり息をしていない……かもしれない。

「お……お……おっ……」

 息を吹き返したらしい輝十が呪詛のように小声で漏らす。

「お?」

「お、男だとおおおおおおおおおお!?」

 怒声をあげた男子生徒なんて目じゃないぐらいに輝十は絶叫した。あまりの声量に、ぱたぱたぱた、と木から鳥たちが飛び去っていく。

「えー? うん、男だけどなに?」

「なにじゃねえよ! ナニ持ってんじゃねえよ!」

「あんたよりいいの持ってる自信あるけどねぇ」

 にやにや笑いながら茶化すように言う杏那に苛立ちが募っていく輝十。

「おいてめえ! ふざけんじゃねえよ! なんで男なんだよ! なんっで男が婚約者なんだよ!」

 我慢出来ずに胸倉を掴んだ。

「婚約者?」

 杏那が首を傾げた、その瞬間だった。

「イヤァァァァァァァァァァッ!」

 女子生徒の断末魔の叫びが聞こえて、輝十は杏那の胸倉を掴んだまま、杏那は輝十に掴まれたまま、二人は揃って声のする方を見た。

 そこにはさっきまで責められていた男子生徒が、彼氏の首を鷲掴みにしている異様な光景が広がっていた。

 彼氏の足は宙に浮いている。

「お、おい……なんだよあれ……やばいんじゃねえか?」

「死ぬね、あのままだと」

 一気に怒りが冷め、輝十の顔が青ざめていく。

 周囲にいる生徒達も身をひいて、その光景を怯えて見ている……かと思いきや口元に笑みを刻んでいる者もいる。

 輝十はその異常な雰囲気を肌で感じ、ここで初めてこの学園が普通じゃないのではないか、と考えた。

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