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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第7話 『フィールド・リバーシ 後編』
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(29)

「……もしかして」

 はっと思い出したかのように呟く菓汐。そして一歩前に歩み出るなり、

「歩藍、おまえ……もしかして私の父のことを今も恨んでいるのか?」

 そう問い、その声に輝十と杏那は耳を傾ける。

「戯言を。別に恨んでなどないわ」

 その返答を無視し、菓汐は続ける。

「おまえは私以上に懐いていたからな」

 険しい表情を浮かべ、何も答えない歩藍を見て菓汐に詰め寄る輝十。

「どういうことだ?」

「私がミックスなのは知っているだろう。母が淫魔、父が人間なんだ。父は使役士でも退治士でもない、ごくごく普通の人間だった。人と悪魔が恋仲になることは珍しいことではない。ただ生殖機能を持たない淫魔が人間の子を宿すことは本当に稀だった」

 語り出した菓汐へ向かってか、内容に関してか、歩藍は聞こえるように舌打ちする。力尽くでも喋り出した菓汐を歩藍レベルであれば止められるだろうに、止めないところに杏那は疑問を抱いていた。

「それが私だ。人間の家庭の温かさというのを知って育った。親戚付き合いというものを父に学び、人間の風習に従い歩藍達の家族とも幼い頃から親しくしていたんだ……」

 寂しげな笑みを浮かべて語る菓汐。そこまでは至って普通だ、と輝十は思う。

「私も半分は淫魔の血が流れている。ゆえに性に敏感になり、欲望のままに性を欲することだってある。人間に唯一備わっている理性がそれを必死で抑制しようとし、苦しんだことも多々あった。だから私は父を責めることも認めることも出来なかったんだ……」

 そこまで聞いてぴんときていない輝十を横目に、杏那が小さな溜息をついて補足する。

「浮気、か」

 菓汐はゆっくり頷いた。

「父は女癖が悪かった。いつからか温厚で優しい父の面影がなくなっていったんだ」

 瞬間――歩藍はその続きを遮るかのように、菓汐に向かって刃物のように尖った蛇を飛ばした。

 慌ててすれすれで避ける菓汐。それを見た歩藍は無の表情で立ち尽くす。

「ピルプとは無情な生き物よ。我々より非道な生き物だわ」

 そして冷め切った声色で淡々と述べた。

「あんた、菓汐の父に懐いてたんだろ? そりゃ子供心に傷もつくってもんだよなぁ」

 うーん、と唸りながら輝十は腕組みをし、頭を掻きむしりながら口にする。

「我々のような仮初めの感情とは違う。おまえらピルプはその瞬間は本気なのだからタチが悪いというもの」

 言って、歩藍は地面を蹴り、まるでその身を武器にするかのように突進する。慌てて輝十は杏那の腕を引っ張って共に避けきった。

「その反射神経だけは尊敬するよ」

「そりゃどーもって、んなこと言ってる場合じゃねえだろ」

 輝十は空を見上げた。怪しい雲行きが割れた結界の隙間から顔を覗かせている。警報音が鳴り響き、いよいよ結界も限界といった感じだ。

「教員達がくるね」

「時間がないな」

 輝十は杏那から手を離し、自ら菓汐の元へ駆け出し、飛び込んでいく。

「ちょ、なにやって……!」

 その狂ったとしか思えない行動を止める余裕も与えず、杏那を置いて輝十は一人で立ち向かいだした。

 やけくそだった。きっと彼女を説得しようとしても無理だろう。しかし時間は待ってくれない。この警報音と共に教員達が突入し、すべてに終止符を打つことになる。

「それじゃだめなんだ……!」

 輝十は自分に言い聞かせるかのように呟いた。

 そんな終わりは許されない。結果として片付いても、きっと過ちは繰り返される。それを誰かが正すしかないんだ。もちろん自分なんかがそれを正せるとも思っていないし、彼女の気持ちを理解出来るとも思っていない。

 それでも誠実に彼女と向き合いたい。

 輝十はそう思ったのである。彼女のやり方は許されるものではない。周りに迷惑をかけ、傷つけ、こんな大事にした彼女の行いは決して許されるものではないし、それなりの罰が学園側から下されるだろう。

 言ってしまえば、ここまでするほど彼女は人間を憎んでしまったのだ。

 最初からそうだったんだろうか? もしかしたら彼女は……。

 輝十は顔の前で腕を十字にし、飛んでくる蛇の攻撃を最小限に抑えながら突進していく。腕が切り刻まれ、血が滲み出る。それでも彼は止まらなかった。止まらない姿を彼女に見せつける為にも。

「……んなっ!」

 そのまま覆い被さるようにして、勢いよく歩藍を抱きしめる輝十。

 瞬間、杏那も菓汐も唖然とした。こんな時に何をやってるんだ……とさえ、杏那は思う。

「な、なにか作戦があるんですよねっ!?」

 しかし埜亞だけは違った。埜亞だけは違う観点から輝十を見ており、信じていたのである。

 問いかけられた杏那は、その言葉ではっとし、

「あの、バカ!」

 吐き捨てるように言って、輝十を睨み付けた。

 輝十に“作戦という作戦がないこと”など、杏那にはお見通しである。そしてそれが“彼なりのやり方”であろうことも。

 優しく、強く、包み込むように歩藍を抱きしめた輝十は囁くように口にする。

「ああそうだよ、俺ら人間はあんたのいうようにタチが悪い。卑怯な生き物だ。その瞬間の本気はきっと嘘でもなければ、仮初めでもない。だからこそ傷ついたんだろ。それはあんたが純粋な証拠じゃねえか」

「……るさい、離せ! このまま潰し殺すぞ!」

 歩藍は輝十をぎゅうっと抱きしめ返し、肋骨をへし折る。

「!」

 一瞬、輝十の顔が苦痛に歪み、

「座覇くんっ!?」

「やばい、歩藍は本気だ!」

 駆けようとする埜亞を杏那が止めた。それを見た菓汐も納得いかない様子だったが、足取りを止めて心配そうに見つめる。

 苦痛に顔を歪め、苦しそうにしながらも輝十は抱きしめた手を離さない。離そうとはしなかった。

「あんたは悪くないし、それで人間を憎むのも仕様がねえ。でもそんな奴ばっかだって決めつけんなよ。あんたら悪魔に色んなのがいるように、人間にも色んな奴がいるんだっつーの」

 歩藍は無言で締める力を込める。

 今にでも悲鳴をあげたい程の激痛が輝十を襲う。しかし輝十は血が滲み出る程、歯を食いしばり、決して悲鳴をあげない。

 ここで折れてはいけない、と思ったからだ。

 それは男としてのプライドもしかり、一人の人間として、彼個人として、目の前の彼女と真剣に向き合う為である。

「言い訳にしか聞こえねえかもしんねえ。それでもよ、俺はあんたにそんな顔させる人間じゃないって言い切ってやる」

 そう言われて、歩藍は自分が今どういう表情しているかに気付く。

「悲しかったんだよな。ただ、それだけなんだよな」

 言って、輝十はもっと優しく抱きしめた。

 彼女の傷を癒すなんていうおこがましいことは言えない。それでも昔のように彼女にとって、信じられる存在になれれば……。

「女の子なんだから泣けばいいんだよ。全部流して、すっきりすりゃいいんだって。それを男の子が慰める。それ、人間の間じゃお約束だからな」

 結界が完全に解き放たれ、教員達が押し寄せてくる。

「輝十!」

 慌てた声色で杏那が叫び、輝十は歩藍の背後に立った杏那を確認する。

「ま、悪いことしたら反省すんのも人間の間じゃお約束だからな」

 歩藍は何も言わず、何も答えず、しかしそれ以上輝十を抱き潰すことはなかった。

 ほんの一瞬、もしかしたら見間違いかもしれない程度――歩藍の口元が穏やかになったような気がして。

「リバーシ」

 輝十の呟いた台詞を最後に、歩藍は輝十の腕の中で石化した。

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