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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第7話 『フィールド・リバーシ 後編』
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(28)

 輝十は体が軽くなり、熱い何かが体内で込み上げてきて心地よさを感じていたが、同時に気怠さが襲ってくる。それは眠気に近いものだった。

「契約を結ぶということは、存在を分かち合うってことなんだ。つまり俺は輝十から精を頂けるし、輝十は俺から人ならざる力を得られる」

「通りでこの不思議な気怠さ……俺はおまえに精を吸われるたびに賢者タイム化するってことなんだな……」

 今このままベットにダイブして深い眠りにつければ、どんなに気持ちが良いことだろう。輝十はそんなことを考えながら、出来るだけ賢者タイムに陥らないように体を動かす。

「あのね、普通なら立つのもままならないんだよ? 童貞って凄いよ、ほんっと」

「褒めてんのか貶してんのか、貶してんだろてめえ!」

 胸倉を掴んで怒鳴る輝十を杏那が笑いながら宥める。

「まあまあ。普段から人並み外れた反射神経だったけど、それが今ならもっと発揮出来るはずだから」

 そう言われ、自分の体を見回す輝十だったが、これといって見た目には何も変化を感じない。しかし明らかに体を覆う“何か”があって、体内から込み上げてくる“何か”がある。その正体はわからないが、今まで生きてきて感じた事のないものだった。

「さーて、時間もないことだし。教員がくる前にお仕置きしちゃおっかなー」

 魂の契約を結んだことにより、接触しないでも輝十から精を摂取することが出来るようになった杏那。すっかり女型になり、回復した様子で余裕綽々と背伸びして見せる。

「それもそうだな。さすがにおいたが過ぎるぜ」

 杏那の言葉に同調し、輝十も共に歩藍と菓汐の元へ歩み寄って行く。


「これはどういうことでしょうか。何故、ピルプなどと契約を……」

 歯がみする歩藍の顔にはもう綺麗さを保つ余裕は残っていないようで、醜く歪んだ顔で近寄ってくる輝十を威嚇する。

 怒りと困惑に震えた声で問われた質問に杏那が真摯に答える。

「好きだから。それ以外に理由いるの? 俺は人間が好きだし“友達”という人間特有のカテゴリーが気に入ってる」

 唇を噛みしめ、納得いかない様子で爪を噛む歩藍。

「人間は面白い。俺達にないものを持ってる。俺達よりも弱い存在なのに、いざって時になると強さを発揮するんだ。不思議だよねえ、ほんと。だからこそ俺達はもっと彼らを知るべきだし、争う必要性を感じない」

 杏那が凛として言っているのを傍らで見ていた輝十はその言葉に続ける。

「あんたみたいなのって、新しいものを取り入れることに抵抗がある古参みたいだよな。いいじゃん、別に仲良くやりゃーさ。そりゃ最初は俺だって悪魔だの淫魔だの戸惑ったし、わけわかんなかったけどよ。文化の違いみたいなもんじゃねーの?」

 さらっと言ってのける輝十。それを文化の違いで片付けてしまう、その短絡さに菓汐は口を開けたまま唖然としていた。


「文化の違い、か」

 菓汐は呟くように復唱し、口元に手をあてて噴き出す。

 だからこそ“彼”はいいのかもしれない。悪魔や人間で区別をしない。自分のような存在も同等に扱ってくれる。いや彼の中ではきっとみんな一緒なんだろう。ちょっとの違いで、そんなに深く気にも留めていない。

 もしかしたら深く考えるほど頭が回らないのかもしれない、とまで菓汐は思ったが、そんなことは彼女にとってどうでもよかった。

 そんな彼だからこそ、いいのだから。


「あああああもうっ! なんであいつなんかと契約を……!」

 聖花が短くなった髪をわしゃわしゃと掻き乱しながら、憎々しげに杏那の姿を見る。

 それでも心のどこかでは認めているし、わかっていた。遅かれ早かれ、いずれこうなることは必然だったのだ。

 肩を落として深い溜息をつく聖花を横目に一茶の口元が緩む。

「短絡でちょっぴりバカで、他人を放っておけない優しさがあって、だからこそ敵陣に突っ込んでいける。そういう人って、人間で言うヒーローに一番向いている人なんじゃないかなっ?」

 納得いかない様子で、でも決して嫌味に感じない。それは認めている証拠なのだ、と一茶は聖花の気持ちを察していた。

 聖花は一茶の言葉に苦笑しながら仕方なさそうに頷く。

「そうね。人間の文献で読んだことがあるわ。だからあの妬類杏那が惹かれるのも、まあ、わかるのよ」


「どうせ黙っていても教員はくるのでしょう」

 まるで観念したかのようにおとなしくして見せ、結界が崩れ落ちていく天井を見上げる歩藍。

「でしたら、最後に悪足掻きさせて、頂きましょう……か!」

 瞬間――飛ぶように地面を駆け、一気に輝十との距離感を縮めてくる。

「輝十!?」

 心臓を鷲掴みするかのように蛇を絡めた腕を胸元に突っ込もうとしたが、輝十は瞬時にそれを避けて回避した。

「くっ……!」

「あっぶねえ! とりあえず俺を殺すつもりかよ!」

 思った以上に体の動きがいいことを実感した輝十。しかし油断は出来ないし、危険には変わりがない。

「おまえさえ……おまえさえいなければ……!」

 呪詛のように呟きながら襲いかかろうとする歩藍の顔は本気だ。それを見ては危機感を感じずにはいられない。

 それでもすべての攻撃を交わし続ける輝十。

「すごい……」

 菓汐は無意識に漏らす。あの歩藍の攻撃を息も切らさずに易々と避けているのだ。

「しっかしすげえな。おまえらいつもこんなんなのか?」

 輝十は体の自由さに感動し、杏那に問いかけながらも避け続ける。

「輝十は元々反射神経が人並み外れてるからね。それが何倍にもなってるんだよ」

 贔屓目で見なくても輝十のすばしっこさに歩藍が追いつけそうになかった。

「許さない……絶対に許さない……!」

 それでも必死に足掻いて輝十を捕まえようとする歩藍を見て、輝十は不思議に思う。

「ちょ、バカ! 輝十!?」

 輝十はわざと避けず、歩藍の拳を掴んで受け流した。頬に細い線が刻まれ、そこから血が伝う。

 杏那は浅い切り傷で済んだことにほっと胸を撫で下ろす、なんてことはない。悪魔の、しかもリリンの血をひく悪魔を、自ら掴んで接近するなど自殺行為もいいところだ。気を引き締め、いざという時に備え、茜色に染まった瞳で輝十と歩藍を見据える。

「……なあ、おまえなんでそんなに人間を憎むんだ? なにかあったのか?」

 歩藍は輝十の手をあえて振り払わず、睨み続ける。

「うるさい、黙れ。私はピルプなど信じない、認めない、絶対に」

「だからぁ、それにはなにか理由があるんじゃないのか?」

「あったとしたら、なんだと言うんだ」

 歩藍の声色がさっきよりもおとなしくなり、輝十は違和感を覚える。

「詳しいことわかんねえからなにも言えねえけどよ、そんな奴ばっかじゃないだろ」

「はっ、知ったような口を」

 歩藍は意地悪く笑い、反対の手で輝十の顔面を鷲掴みにしようとする。

「輝十、手を離せ!」

 それでも輝十は歩藍の手を離さず、のけぞって避ける。

「甘いッ!」

 歩藍はそのまま輝十の腹部を蹴り、油断した輝十はそのまま蹴りを受けてしまう。

「うっ!」

 吹き飛ぶ輝十を杏那が後ろから抱え込むようにしてキャッチし、

「だから離せって言ったじゃん! 生身だったら死んでるんだよ!?」

 ここぞとばかりに怒鳴り散らす。女型で女の声なので、高いその声が痛みに響く。

「いってえ……耳元できゃんきゃん喚くなっつーの。いいじゃねえか、生きてんだからよ」

「あのなぁ! 輝十の精力と体力が尽きれば俺も輝十も……!」

「わーったって。相手様があんだけ必死なんだぜ? こっちも誠意っつーもん見せねえとな。それが人としての礼儀ってもんなんだよ。例えそれが戦いであってもな」

 杏那の言葉をぶった切って言うなり、輝十は痛む腹部を抑えながら起き上がる。

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