(27)
「ああ。問題はどうやって終わらせるか、なんだけどな」
輝十は真摯な眼差しで菓汐と歩藍の戦闘を見据えながら呟く。
「それならもうこの方法しかない。きっとこれも運命なんだと思うよ」
「運命……?」
即座に問い返す輝十に、杏那もまた即座に答えた。
「うん。とにかく細かい説明はあとで。輝十、悪いんだけど俺にキスしてもらえる?」
「………………は?」
こんな時にこいつは何を言ってるんだ? と思わないわけがない。
輝十は口を半開きにしたままフリーズしていた。突然のおかしな発言に思考が追いついていないのである。
「される側なんて不本意だけど、動けないからさ」
輝十の動きが静止しているのは決してそういう理由ではなかったが、杏那はちょっとした言い忘れをまるで補足するかのように言う。
吸えるだけ吸った酸素をはき出すように、
「いやそうじゃねえよ! なに意味わかんねえこと言ってんだよ! なんで俺がおまえとキスしないといけねえんだよッ!」
声を張り上げて突っ込む輝十。
「だからその説明はあとでするって」
杏那は頭痛がするとでも言いたげな顔で、か細く答える。
「説明されてもいやに決まってんだろうが! なにが悲しくて男とキスしないといけねえんだよ!」
全身全霊で否定し、拒否し、その発言そのものが許せないといった感じでいきりたつ輝十。
やはり詳しい説明なしに言っても無駄だったか……と悩ましい顔をしながらも、それを口にする元気は今の杏那にはなかった。
「わかった、もういいよ。じゃあ、黒子ちゃん」
輝十をじと目で睨み返したのち、埜亞の手を引っ張る杏那。
「ひえっ!?」
突然手を引っ張られ、体を引き寄せられて動揺を隠せない埜亞は小さな悲鳴をあげる。
「キスしてもいいかな。初めてだったらごめんね」
埜亞は驚きのあまり引っ張られるがままで、杏那に覆い被さろうとする。事態が飲み込めていない彼女の動揺はピークに達し、赤面したまま「あわわわわわ」と人間らしからぬ声をあげて目を白黒させた。
「んなっ!? おま、こんな時になにやって……!」
輝十は瞬時に手を出し、埜亞の口を覆い隠してキスを阻止する。
「ちょっと、時間ないんだから邪魔しないでよ。輝十が嫌って言うんだから仕様がないでしょ」
「なんで俺が悪いみたいになってんだよ!?」
埜亞はぎゅうっと拳を握り締め、何かを決意したような強い眼差しで、
「あ、ああ、あのっ!」
2人の会話に割って入る。
「き、きっと! みんなを助ける為、ですよね! そうです、よねっ!? だ、だったら私……は、初めて……ですけど、みんなを助けるため、ならっ!」
言って、杏那の傍らで正座するなり目を閉じてきゅっと口を結ぶ。
「おい、なに言ってんだよ。だからって……」
「い、いえっ! みんなを助ける為ですっ!」
朱色に染めた頬は見るからに照れている証であり、瞑った瞼がぴくぴく動いているのは不安を隠しきれない証だ。腿の上に置かれた拳は小刻みに奮え、それでも断固としてその姿勢を崩さない――彼女のいじらしい姿に輝十は眉尻を下げる。
「健気だよねえ。女の子にここまでさせちゃう輝十マジさいてー」
「だからなんで俺が悪いみたいになってんだよ!?」
途端、呼吸が乱れ息苦しそうに寝返りを打とうとする杏那。
「お、おい……?」
苦しそうにしながらも声を振り絞って答える。
「黒子ちゃんの言う通り、これはみんなを助ける為なんだよ」
ここまできて冗談を言っているとはさすがの輝十も思わない。腹部に手を添え、苦しそうにしながらも必死に声を出している友人を目の前にして、冗談だろなんて言えるはずがなかった。
そんな杏那の気持ちを自分よりも先に汲み取り、その場で覚悟を決め、瞳を閉じている埜亞。
なにやってんだよ俺……。
恥ずかしい気持ちにさせられる、が、それでも男とキスをするのは理に反する。プライドにも反する。きっと何か理由があるんだろうが、それでも大事な唇を自ら男に差し出すなど、切腹の思いである。
しかしこのままでは埜亞はみんなを助ける為に身を削って杏那とキスするだろう。
それはそれで嫌だった。それは彼女の初めてが杏那に奪われることが嫌なのか、彼女の初めてが人助けで卒業してしまうことが嫌なのか、今はそこまで考える余地はない。
それでも嫌なものは嫌で、彼女のファーストキスを守り、みんなを助ける……としたら、今自分の出来ることは悲しいことに一つだけだった。
男には女の子を守るために身を削らなければいけない刻があるのだ。それが例え、本当の意味で身を削らなければいけなくとも……!
「んあああああもう! わーったよ、すりゃーいいんだろ! すりゃあ!」
盛大に頭を掻きむしり、半ばやけくそで杏那の胸倉を掴んで無理矢理上半身を起こし――勢いで口をつける。
一瞬、触れあった程度。時間は短い方がいいので、とにかく高速で終わらせたのだ。出来るだけ感触は実感したくないし、覚えたくもないからである。
口を離した瞬間、
「!?」
体内から沸き上がる熱い何かを感じる輝十。2人の唇が離れた合間に小さな光の粒が生じ、それが弾け飛ぶと瞬時に輪っかとなって広がり、魔法陣が2人を囲む。
「これは契約の……!」
埜亞はその魔法陣の意味がすぐにわかったようで、その眩しい光から目を逸らさずにいる。
吹き荒れる突風の真ん中には魔法陣に囲まれて立つ2人の姿。
「なんなんだよ、これ!」
手を開いたり、閉じたり、繰り返す輝十。
なんとも形容しがたい感覚が体中を覆っており、体の奥底から熱い何かが沸き上がってくる。それは決して嫌なものではない。むしろ気持ちが良く、自信に満ちた気持ちにさせられる。体も軽く、今なら空でも飛べそうなぐらいだ。
「おい、これはどうなってんだ? って、おまえ!」
目の前には女の姿になった杏那が微笑んでいて、輝十は目を見開く。さっきまであれだけ空腹に悶え、エネルギー補充出来ず今にも死にそうにしていたというのに。
「輝十」
輝十の問いには答えず、魔法陣の輪の中で杏那が台詞を読み上げるように告げる。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はぁ!? なんで結婚式みたいなんだよ……」
心底どん引きしている輝十に笑いながら、
「あはは、でも近いものがあるんだよ。これは契約の儀式なんだ。どんな時も俺は輝十を助けるし裏切らない、その誓い。死がふたりを分かつまで、俺は輝十との契約をここに結ぶ」
杏那は輝十に向かって拳を差し出す。
輝十はこれが悪魔との契約なのだと察した。そして思い出す。この学園にいることで何れ誰かと結ばなければいけないのなら……。
「気乗りはしねえが」
輝十も拳を差し出し、互いの手の平を叩き合う。
「他の奴と結ぶぐらいならおまえと結んでやるよ。腐れ縁ってやつだな」
瞬間、魔法陣が2人の体を締め付け、引き寄せ、くっつける。
予想外に密着させられた輝十はご立腹な様子で、
「んなっ!? なんだこれ……って、ちけえ!」
声を荒げるが、
「まあまあ、いいじゃん。今なら俺も女の姿だから悪い気しないでしょ」
すっかり元気を取り戻した杏那はからかうように胸を押しつけ、自ら体をくっつけた。
2人を縛り付けた魔法陣が弾け飛ぶように鎖へと変貌し、その姿が見えなくなっていく。
それに気付いた菓汐と歩藍はどちらからともなく戦いを止め、2人の姿に魅入る。
「これは……! 何故! 何故今!」
目に見えて動揺している歩藍。そんな歩藍を横目に、肩で呼吸しながら菓汐は輝十達が放っている光の柱を見た。
「あれが契約の鎖灯……」
すぐに輝十と杏那が契約を結んだのだと気付く。