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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第7話 『フィールド・リバーシ 後編』
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(22)

「どうよ!? って言われてもねぇ。その前にくーちゃん落としてから言ったら?」

「大丈夫だ、問題ない。絶対落ちる! 俺に!」

「その自信はどこからやってくるんだか……」

 ベンチに座って楽しそうに会話している男子生徒二人。手振り身振りの大仰な仕草で喋っている黒髪の少年とそれを受け流すように大人な対応をしている赤髪の少年がそこにいた。

「……赤い髪、ねえ」

 赤い髪をした男子高校生なんて早々いるとは思えなかった。いるとしたらバスケやってる輩じゃないのか?

「ねぇ、あの騒がしい方。なんとなく輝十に似てない?」

「え? って、おま! なんで!?」

 輝十は寝転んだまま、見下ろして話しかけてくる見慣れた顔を見つけた。今、一番ここにいることが疑問でならない人物である。

「さぁ? それはこっちが聞きたいぐらいなんだけど」

 杏那は輝十に手を差し伸べて立たせた。

「どういうことなんだよ、杏那! おまえさっき気を失って……」

 まるで亡霊でも見るかのような目で自分を見てくる輝十に向けて、

「さぁね。気付いたら俺もここにいたんだよ」

 溜息を漏らしながら肩をすくめる。

 杏那は輝十より冷静なようで、周囲を見回し、この状況をどうにか把握しようとしていた。

「うーん。見た感じ校舎も真新しいし、俺達がすべてのものに干渉出来ないあたり……」

 木を触ってみたり、草をむしろうとしてみたり、あらゆるものに接触を試みるがすべてすり抜けてしまった。

 杏那は顎を撫でながら、真摯な目つきで再度周囲を見渡す。

「何者かに見せられてる世界、と推測するのが妥当かな」

「見せられている世界……ねぇ」

 言って、二人はベンチで会話している男子生徒に目を向ける。

 もし何者かに見せられている世界なら、何か意図があるに違いない。そうなると輝十はあの赤髪の少年が杏那と他人だとは思えなかった。

「……なぁ、あの意地の悪そうな方っておまえに似てねえか?」

「意地の悪そうな方ってどれかなぁ? ちょっと俺わかんないや。美少年な方の間違いじゃない?」

 輝十は杏那を横目で睨み、足の臑を蹴る。

「った! なんで俺には触れるの!」

「知るか!」

 しかし言われてみるとそう見えてくる……と男子生徒二人を眺める。

「もう一人の俺達?」

「もう一人の俺達がいたとして、それを傍観してどうなるのかな? ちょっと意図が見えないよねぇ」

「だな」

 さすれば、考えられるのは……と、輝十は目を細める。そんな輝十を一瞥し、杏那がその結論を口にした。

「俺達の親、って考えるのが、まあしっくりくるんじゃないかなーなんて」

「奇遇だな、俺も今そう思ってた」

「…………」

「…………」

 言葉を失い、二人ははっとなって互いに顔を見合わせる。

「つーことは、俺の親父とおまえの親父は同級生だったってことか?」

「そうなるね。ますます婚約者であることに運命を感じるなぁ」

 どうやらこの世界では空腹を感じていないようで、元気な杏那はわざとらしく女子のようにきゃっきゃしてみせた。

「打算の間違いだろ!」

 輝十はそんな悪ノリしている杏那を再び蹴ろうとして避けられてしまう。嬉しそうな杏那にいらいらしながらも完全に無視し、輝十は二人の姿を見守る。

 そんな苛立っている輝十の横を一人の小柄な女の子が走って通り過ぎていく。

「女の子?」

 その小柄な女の子は男子生徒二人の元へ駆け寄っていった。

「もぉ! なにやってるの、二人とも。授業始まっちゃうよー」

 はぁはぁ、と息を切らしながらも胸を張って可愛く叱る女の子。

「あ、くーちゃん。いやこいつがなかなか離してくんなくてさぁ」

 赤い髪をわしゃわしゃを掻きながら、わざとらしく言う少年。

「てめえ、誤解を招くようなことを言うな! 俺は久莉夢ちゃん一筋だから! 絶対だから!」

 透き通った瞳で久莉夢くりむと呼ばれた女の子に熱い眼差しを送る、黒髪の少年。がっしりと握った両手は離さない勢いだ。

「え、えっとぉ……」

 困った様子で苦笑する久莉夢。

 それを見た杏那が目を見開き、

「あれは……」

 呟くように口にする。完全に無意識の独り言だった。

「なんだ、知ってんのか?」

 珍しく驚いた様子の杏那に問いかける輝十。

「あれ、栗子学園の理事長だよ。背丈も顔立ちもほとんど変わって……」

 と、言いかけた瞬間――杏那は何かに気づき、勢いよく輝十の顔を両手で掴んで引き寄せた。

「うわっ! ちょ、なにすんだてめえ!」

「なるほどねぇ、そういうこと」

 杏那の手の中から逃れた輝十は睨み付けたまま、

「意味わかんねえ。そういうことってどういうことだよ」

 あーもうやだやだ、と小言を言いながら触られた両頬をわざとらしく拭いて見せる。

「ねぇ、輝十。母親の顔って見たことある?」

「あ? んだよ、いきなり。あるけど小さい頃だから記憶にねえな」

 杏那は久莉夢を直視したまま、話を続ける。

「あの女の子もなんとなく輝十に似てると思わない? 小柄なところとか、鼻と口とか」

「そうかぁ? 自分じゃわかんねえな」

 輝十は言われるがまま久莉夢に視線を注いで見るが、自分ではよくわからなかった。だた全く似ていないと断言出来るほど、顔立ちが離れているわけではない。

「あのアホそうな方が解十さんだとして、くーちゃんと呼ばれる彼女が校長だとしたら……」

「おい、それって……」

 さすがの輝十もはっとした。杏那に掴み掛かり、胸倉を掴んで引っ張る。

「どういうことだよ、それ! 母さんは生きてるってことなのか!?」

「そうなるね。いや、そうだとすると色々繋がるよ。例えば輝十が他の人間より甘い香りが強いところとかね。理事長は学園のトップ。しかも栗子学園のだよ。人間とはいえ、普通じゃない。輝十は気付かないと思うけど、解十さんだって普通じゃない。二人とも相当なものだよ。その子供ならおかしくないもん」

 輝十は杏那の話を聞きながら、三人の様子を眺めて複雑な心境だった。

 自分は両親のことを何も知らない。知らなかったのだ。父親は一言もそんなこと話してくれなかった。

 なぜ母親が生きていることを教えてくれなかったのか。なぜ俺を母校である栗子学園に入学させたのか。なぜ、という疑問の波が輝十を溺れさせていく。

 つまり……全部、最初からこのつもりで栗子学園に?

「そういえば、おまえの父親の話聞いてなかったな」

 輝十に問われ、杏那は赤髪の少年に視線を向けたまま答える。

「死んだよ。正確に言うと死んだって聞かされてる」

 輝十は何も言わず、杏那の視線の先を追った。

 黒髪の少年を交わす為か、はたまた本音か。久莉夢は茶化すように、

「ほんと、仲良しさんなんだから」

 少年二人に向けて言った。

「性的な意味でもね」

「いつ性的な意味で仲良くしたんだよ!? 俺は女の子以外に興味ありません!」

「まぁまぁ……二人には私も期待してるんだからっ」

 二人を宥めながら、久莉夢は両手を大きく広げる。その言葉の真意を赤髪の少年が追求した。

「期待?」

「うん。人間と悪魔の架け橋。二人を見てるとね、きっと仲良くなれるって思わせてくれるんだ」

 彼女が広げた腕は小柄なのに大きく見え、まるで羽ばたく翼のようで。その笑顔に完全に魅了されていた黒髪の少年は顔を朱色に染める。

「な、仲良くなれるし、仲良くするし、仲良くなるよ! 俺、宣言するし!」

「くーちゃんじゃなくて俺に向かって言う台詞じゃないの、ソレ」

 高いテンションで久莉夢に宣言する黒髪少年とじと目で突っ込む赤髪の少年。

「そ、それもそうか! よし、仲良くしよう!」

 黒髪の少年は勢い余って赤髪の少年に両手を差し出した。

 どんな挨拶だよ、と思い、笑いながらも赤髪の少年はその手を二つともとる。手を強く握り、引き寄せ、そのまま抱き寄せた。

「おいこらてめえ! 俺は男と抱き合う趣味は……」

「俺が先駆けになろう」

「お、おい……?」

 強くがっしりと抱きしめる腕。そこにはいやらしい下心もふざけた悪戯心もない。冗談ではなく、本気だった。

「俺はおまえのこともくーちゃんのことも好きだよ。人間が好きだ。仲良く一緒に過ごしていきたい。これからも、その先も、ずっと」

 今まで茶化すようなことばかり言っていた赤髪の少年が、早口で捲し立てるように言う。

 余裕のない態度。しかし本気で、本音で、それを伝えたいという気持ちが深く伝わってくる。

 黒髪の少年は赤髪の少年の背中をぽんぽんっと優しく叩き、口元を緩めた。

 そんな二人の姿を見て、久莉夢は小柄な体をバネにして飛び跳ね、二人にまとめて抱きつく。

「うわっ!」「久莉夢ちゃんっ!?」

「私も大好き。二人とも大好きだよっ!」

 小さな体で大きな主張をするかのように、ぎゅうっと強く抱きつく。

「……二人とも」

「ふられたな」

「なっ、半分はOKってことだろーが!」

 さっきまで男の友情を確かめ合っていたというのに、すぐに胸倉のつかみ合いになってしまった。

 そんなやりとりを眺めながら、輝十がぼそっと口にする。

「……今の俺達みたいだな」

「うん、そうだね」

 今どうしてこれを見せられているのか。この平和な一時が一体なんだというのか。

 輝十が眺めながら疑問に感じていると場面が変わり始める。

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