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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第6話 『フィールド・リバーシ 中編』
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(20)

 一方、駆けだした慶喜は全の無事だけを祈り、目の前の階段を無心で駆け上り、重い扉を開け放った。

「全ッ!」

 フェンスの下で倒れている親友の姿に気付くなり、慶喜は目を見開いて言葉を失う。状況は想像以上に最悪で、一瞬で体を引き裂いたような傷みが彼を襲う。

「全……? 全!」

 何度もその名を呼び、駆け寄るなり真っ青になった親友を抱きかかえた。

「おい、しっかりしろ! 全! 全……!」

 全身が毒牙に犯されてしまった彼はもう自ら起き上がることも、喋ることも困難を極めていた。項垂れたままの全が苦痛に顔を歪めながら、口を小さく開く。

「なんだよ、はっきり言わないとわからないだろう」

 口を動かすのがやっとの全は、自分を抱きしめている慶喜の手にそっと自分の手を重ねた。

 苦しそうな顔を必死に笑顔にしながら、必死に口を開く。

「……………」

 文字にして、たった三文字。彼にはもうそれさえも声に出して言うことが出来なかった。

「違うんだ! 俺が、俺が悪いんだよ! ごめん……本当にごめん……ごめん……」

 噛みしめた唇から血が滲み出る。

「ごめん……」

 力尽きるように瞳を閉じてしまった全の体は、冷たくなりはじめていた。慶喜はそんな全を抱きしめたまま嗚咽を漏らす。

 軽率だった自分の行いを悔いたところで、この状況が変わるわけではない。それでも後悔の念しか今の慶喜にはなかった。


 初めて慶喜と全と出会ったのはピルプ換算で五歳の時である。

 親の背中に隠れて様子を窺っている慶喜に、全は笑顔で手を差し出した。

 警戒していた慶喜がその手を掴み取ることはなく、親の背中にすっぽり隠れてしまう。

「なんで隠れるんだよ! よろしく!」

 そう言って接近し、全は慶喜の顔を覗き込んだ。

「……ひっ」

 驚いて逃げようとする慶喜の手を掴み取り、

「よろしく! なぁ、一緒に遊ぼうぜ!」

 笑顔でそう言ったのだった。

 こんなに警戒している慶喜に対して、嫌な顔一つせず、自ら歩み寄ってきたのである。

 子供だからか、バカだからか……どちらもかもしれない。

 親同士が親しく、その流れで知り合ってから慶喜と全はいつも一緒だった。初めて出会った同い年の淫魔ということもあり、意気投合するにはさほど時間はかからなかったのである。

 不思議といつも一緒にいるとまるで兄弟のように相手のことがわかるようになった。そしていることが当たり前になり、いなくてはならない存在となって、半身となる。

 あれはピルプ換算で中学校へ進学した時だ。

 中学校には栗子学園のような特殊な学園がなく、一般の中学に悪魔ということを隠して通っていた。いずれ人間社会に溶け込んで生活しなければいけないので、なにも珍しいことではない。

 唯一人間と違った便利で不便という矛盾があるとすれば、人間を魅了する為にずば抜けた容姿端麗であるがゆえに、女の子に困らないということだろう。

 しかし世の中すべての女の子が容姿に魅了されるかというとそうではない。

「……謝るんだ、全」

「はあ!? なんでだよ! 俺は悪くねえだろ!」

 目の前で怯えながら泣く人間の女の子へ謝罪を求める慶喜。しかし全は納得いかない様子で、そんな女の子の前で怒鳴り散らす。

「怒鳴るなよ……いいから、謝ろう。泣いてるじゃないか」

「なんで泣くんだよ、わけわかんねえ! 俺が相手で不満なんかあるわけねえじゃん!」

 慶喜は深々と溜息をつき、全の頭を掴んで無理矢理下げさせた。

「んなっ!」

 そして自ら女の子に歩み寄って視線を合わせ、

「友人がきみを傷つけてしまったみたいだね。代わりに僕から謝らせてもらってもいいかな。本当にごめんね」

 全の代わりに謝罪をし、頭を深々と下げる。

「え、あっ……う、ううん。大丈夫だから」

 言って、頬を染めた女の子がその場を逃げるようにして走って去って行く。

 その背中を目を細めて眺めながら、

「あーなるほどな、慶喜の方が好みってわけ」

 全は茶化すようなことを言う。

「人間の女の子は俺達みたいな容姿に弱いのは間違いない。でも好みってのがあるだろう。おまえみたいな攻めタイプの乱暴なのが好きな子ばかりじゃないんだよ」

「めんどくせえな、人間の女って。黙って股開いてりゃいいんだよ、全く。ヤれりゃーいんだからさ」

「だーかーらーそういうところなんだって!」

「はいはい、わかったわかったー」

 その場では軽く受け流す全だったが、いつだって慶喜の言葉だけはきちんと受け取っていたし、守っていた。

 次第にコントロール出来るようになるのだが、それまでの間に性を欲するのは淫魔の本能であり、抑えがたい欲求でもある。

 同意の下、であれば例え複数の女の子を抱いてしまおうと問題はない。そこは人間の男と同じで、クズ扱いされ、修羅場の波に飲み込まれてしまうことを除けば個人の自由ともいえる。

 最も男の子の容姿にうるさく、性に盛んなお年頃である中学生。慶喜も全も基本女の子に困ることはなかったが、その分の代償は大きかった。

 全と違って優しさが武器の慶喜は特に同性に敵を作りやすく、気付かぬうちに寝取ってしまって彼氏に殴られることなどしょっちゅうだった。

 そのたびに全が駆けつけ、自分のことのように怒ってくれていたのである。

 いつでも二人は二人でバランスをとりあっていたのだ。


「全……」

 幼少時代からの大事な友達。大切な親友。

 いつだって一緒だった全の命の灯火が今目の前で消えかかろうしている。

 悪魔の自分が神に祈ろうなど、きっと誰もが嘲笑うだろう。祈ったところで神が自分などを救うはずがない。

 それでも人間の真似事をしてもいいだろうか。こんなときだけ、都合がいいかもしれない。それでも――

 その瞬間、

「な、なんだ!?」

 地面が大きく揺れ、地割れのような低く鈍い音が響き渡った。



「さすがに吸い過ぎなんじゃないの、あんた……」

 聖花は息苦しそうに肩を揺らしながら、傍らに立つ一茶に向けて言う。

「仕方ないでしょ、そうしないと戦えないんだ……か、からっ」

 同じく息切れしながら言う一茶。そのまま地面に突き刺した刀に体を預け、跪いてしまう。

 そんな二人の光景を汗一つ流さず、涼しい顔で眺めている彼女は嫌味な笑みを浮かべる。

「絶景ですね」

 歩藍は口元に手を添え、くすくすと笑った。

 制服が刻まれて、あらゆるところが露出されているが全く気にしていない。

「聖花! 一茶!」

 それを目の当たりにした輝十が苦痛に顔を歪めながら叫ぶ。

 二人の危機的状況は一目瞭然だった。しかし魔法陣を上書きしている最中にここを離れるわけにはいかない。

 なにより自分が行ってどうにかなるとも思えない。

「…………くっ」

 どうすれば、どうすればいいんだ。

 輝十はどうにかしたい一心で、しかしどうにも出来なくて、歯がゆい思いでいっぱいだった。

「い、いま、はっ……、め、目の前のことに、し、しゅ、しゅーちゅー、しましょう!」

 そんな輝十の心中を察してか、埜亞が苦しそうに口を開く。

「で、できることを、ま、まず、やるんです……!」

 その言葉にはっとした輝十は、埜亞の手をきつく握り締め、書くペースを速めた。それだけで激痛は何倍にも増す。それでも耐え、今出来る目の前のことに集中する。

「さすがに分が悪いっていうかぁ、ね……」

 かろうじて立っている杏那が息切れしながら歩藍を見据えた。

「そろそろ諦めたらいかがでしょう?」

 杏那にだけ優しい笑みを浮かべ、そのまま歩藍は薙ぎ払うように一茶と聖花を壁に払いのける。

 瞬間、壁に叩き付けられた二人はそのまま地面にへたりこんだ。

 聖花は意識を失い、一茶は折れたであろう肋骨を抑えて苦痛に顔を歪める。

 歩藍はそんな二人に目も向けず、杏那の目の前へ。

「これでやっと邪魔者がいなくなりましたね」

 ぬっと現れた歩藍は杏那を蛇で壁に貼り付け、ゆっくりと歩み寄る。

「……あ、杏那ッ!?」

「ざ、座覇くんっ! だめですっ!」

 再び集中が途切れてしまった輝十の名を叫ぶ埜亞。

 それを知ってか、歩藍は不敵な笑みを浮かべたまま輝十に見せつけるようにして、杏那の制服のボタンをとっていく。

「マジ勘弁してもらえないかなぁ。俺さ、人間しか無理なんだよ。ほら、ピルプでいう性癖ってーの? 人間の可愛い子にしか興奮しないタイプ」

 残った力で歩藍に蹴りを入れる杏那だったが、意図も簡単に受け止められてしまう。

「大情際が悪いですね」

 バシン、と弾くような音が響き渡り、杏那の足も拘束されてしまった。

「申し訳ありません、つい。嫌がれば嫌がるほど興奮するという点に置いては、ピルプも悪魔も同じかもしれませんね」

 歩藍は叩いた手の平についた杏那の血を舌を出して舐めながら言う。そしてその場で跪き、杏那のズボンに手をつけた。

 脱がされていく杏那を前に輝十に動揺が走る。

「座覇くん!」

「わーってるよ!」

 完全に輝十の集中力が掻き乱されてしまっていた。

 こんなところで公開交尾なんてふざけている……しかも美男美女とかふざけている……それを見るなだと? ふざけるな! 俺は見たい! 全力で見たいぞ!

「舐めるのか!? 掴むのか!? どっちなんだ!」

「……座覇くん?」

「あ、いや! ちげえ! 俺は何もいやらしいことは考えていない!」

 埜亞のじと目が突き刺さり、あれなにこれ魔法陣より痛いんですけど主に胸が……なんて思った輝十は書くペースを更に速める。

 いやらしいことを考える余裕はまだ彼にはあった。いや、こんなときだからこそ考えなくてはいけないと思ったのだ。

 冷静になり、落ち着いて、状況を見極め、今自分に出来ることを。

「……おっぱいおっぱいおっぱい」

 心を落ち着かせる魔法の呪文を唱えながら、輝十は埜亞の手の平にもう片方の手を添えた。

「ラストスパートだ!」

「は、はいっ!」

 その勢いに圧され、埜亞もまた片方の手を添えて書ききる。

「お願い、消えて……お願いだからッ! お願いだからああああああああああッ!」

 瞬間――激しい光りが魔法陣に向かって突っ込んでくる。ドン、ドン、と衝撃が二度響き、魔法陣が重なり合ってブレ始めた。

 地割れが起き、地響きと共に黒い地面が剥がれ始める。

「おい、これって!」

「はいっ! はいっ!」

 埜亞は目に涙を浮かべ、輝十の腕にしがみつく。

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