表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第1話 『不幸は突然やってきた』
6/110

(6)

 走っていく埜亞の後ろ姿を見て、困った顔で頭を掻く輝十。

 その時、何者かに背中を突かれて反射的に振り返る。

「ね、きみ……もしかしてこの学校のことよくわかってなかったりする?」

「へ?」

 突然話しかけてきた女子生徒は、人懐っこそうな笑みを浮かべて輝十に歩み寄る。

「プレート見て凄く驚いてたから。それにっ、精霊式の時もすっごく驚いてたよね」

「は、はぁ……」

 そんなに目につく程、自分は驚いていたのだろうか。もちろん輝十にその自覚はない。

 瞬間、周囲の視線を独占する。

 輝十はぎょっとして、周囲を見渡した。

 敵意のような視線と好奇心の塊のような視線を一気に受けた気がしたのだ。もちろん気がしただけで断定は出来ない。

 なんだこの視線……。

 それでも視線を集めてしまったのは事実で、輝十は目の前の女子生徒を改めて見た。

 女子生徒は視線を気にした様子は全くない。にっこり笑い、後ろで手を組んで顔を近づけてくる。

「わからないことがあるなら、私でよかったら答えるよー?」

 ハーフか何かだろうか。染めたとは思えない程、綺麗なブロンドの髪をしている。肩ぐらいの長さで緩くカールしており、まるで外国人の赤ちゃんのようだった。

「お、おう。ならお言葉に甘えよっかな」

 しかし異様に顔が近く、輝十は体を反らして離れる。

 F……いや、Gはあるんじゃねえか、これ。

 もちろんバストの話である。輝十は思わず、そこにしか目がいかなかった。

 むしろそこに目がいくように仕向けられていたのかもしれない。第一ボタンを開けているのがその証拠だ。

 女子生徒は幼い顔立ちとは裏腹に、成熟しきった体つきをしていた。何より埜亞と違って自分が巨乳なのを自覚していて、そこを強調しているように思える。いわゆる武器として活用しているタイプだろう。

 輝十はそこまで分析し、彼女の顔に視線を移した。

「私、瞑紅聖花べいくせいかっていうの。よろしくね」

「あ、ああ。俺は座覇輝十。よろしく」

「輝十くんはⅢ組なんだよね? 残念だなぁ、私Ⅱ組なの」

「そ、そうなんだ」

 なんでこの女さっきから体が近いんだ……?

 ぐいぐい近寄って話しかけてくる聖花に違和感と戸惑いを感じながら、輝十は一歩下がって体を離す。

 もちろん聖花はそれに気付いており、それでもなお近づいていく。

 おかしい。何かがおかしい。なんだこの感じ……。

 輝十はこの嫌な感じを知っている。おっぱいを前にしてこんな気持ちになるはずがなく、何か物凄い裏があるような、そんな気配を動物的本能が感じ取っていたのである。

 しかし輝十のおっぱい邪気眼によると、そのおっぱいは決して紛い物ではない。つまり彼女が“彼女”であることは間違いないのだ。

「ね、なにか知りたいこととかある? わからないこととか」

「え、えーっと……あ! 制服! この制服の色とか!」

 輝十は自分の制服を掴んでひらひらさせながら問う。聖花は同じ黒い制服だった。 

「これ? これはね、生徒を白と黒で半々にわけてるの」

「半々?」

「そう。クラスも白と黒の半々で構成されるんだけどね。白と黒で互いに競争心を煽ったり、不祥事への対処をしやすくする為に儲けられた制度なの」

「へ、へえ……」

 説明してくれるのは非常に有り難い輝十だったが、聖花の接近が次第に過剰になっていき、気付くと両手を握られている状態だった。

「これを生徒はオセロ制度って呼んでるみたい」

「そ、そのまま、なんだな」

 輝十の声が思わず上擦ってしまう。

 聖花は輝十の手をにゅぎゅっと握り締め、次第に指も絡めていく。

「あ、あのさ……さっきからなんかおかしくねえか。なんで俺、手を握られて……」

 と、控えめに問おうとした時、聖花の顔が近づいてきて、輝十の動揺はピークに達した。

「へっ!?」

 反射的に目を瞑ってしまうが唇を奪われることはなく、その代わりに耳元で吐息交じりの艶っぽい声が響いた。

「……いい匂い……凄く甘い蜜のような香りがするわ。こんなにそそる匂いは初めて」

 まるでその匂いとやらに酔っているような言い草だった。

「に、匂い? 俺、香水とかつけてないんだけど」

 もしかして家の匂いが制服についていたのだろうか。

 そう思った矢先――

「うわっ! 今度はなんだ!?」

 物凄いスピードで輝十に向かって黒い塊が突進してきて、まるで走り幅跳びをするかのように飛びかかってきたので、輝十は聖花の手を振り払って可憐に避けた。

 すると避けられたせいで受け止め先がなく、ずずずずず、という鈍い音をたてて廊下を全身でスライディングしていく黒い塊。

 勢いが収まり、輝十はその黒い塊に近づいてみる。

「……の、埜亞ちゃん? なにやってんだおまえ」

 そこには俯せで倒れ込んでいる埜亞の姿があった。

 埜亞は名前を呼ばれ、びくぅ! と反応を示して、むくっと起き上がり、制服を叩いてしわを伸ばす。

「だ、大丈夫か?」

 あの物凄い勢いで飛んできたものは埜亞だったのだ。しかもあの勢いのまま床を滑ったとなれば、相当痛いはずである。

「も、問題、ない、です」

 埜亞はとぼとぼと歩き、輝十の背後に立つ。

「え? おい、どうした?」

 輝十はわけがわからず、振り返って埜亞を見る。

「……も、問題、ない、です」

 何が問題ないのだろうか。二回目の“問題ないです”の意味が輝十にはわからなかった。

「……なんなのあれ。めんどくさ」

 輝十は頬を掻きながら、自分の背後から動こうとしない埜亞から聖花に視線を移す。

「え? なんか言ったか?」

 聖花は一瞬歪んだ表情を浮かべたが、その表情は輝十が目にする前に取り繕い、

「ううん、なにも言ってないよ。お友達来たみたいだし、私もう行くね。また後でねっ」

 言って、聖花は美少女としかいいようのない顔に笑みを浮かべ、輝十に手を振った。

「なんだったんだあれ。一瞬のモテキみたいなもんか?」

 あんな可愛くてでかいおっぱいの持ち主に声をかけられたというのに、どうしてこんなに胸が踊らないのだろうか。

 輝十は不思議でならなかった。

「で。走って逃げたと思えば走って戻ってきやがって。おまえは一体なんなんだおい」

「ひえっ!?」

 埜亞はまた本で顔を隠して、がくがく震える。

 調子の狂った輝十は大きく溜息をつき、

「そんな怯えなくなっていいだろ。別にとって食いやしねえよ」

 埜亞から視線を逸らした。

 こういう態度をとられると自分が嫌われているのかもしれない、と思うものである。

「その、なんだ、もし俺が嫌ならそうはっきり言ってくれて構わねえからよ」

 ちょっと変わっているとは思うが、輝十自身は埜亞を嫌ってはいない。苦手なタイプでもなかった。基本的にホモと腐女子以外なら友好関係を築こうとは思っているのである。

「せ、せっかく知り合ったんだし、俺は仲良くしたいと思ったんだけどよ」

 輝十が頬を赤らめて、恥ずかしそうに言う。

 我ながら何言ってんだと思うが、本音なので隠す必要もない。

 さっきの聖花のような容姿の奴がやたら多い中で、妙に親近感を唯一抱いた人間だ。それにいい乳を持っている。仲良くしたいと思うのが人として、男として、当然だろう。

 ぼんっ! と大きな音を立てて、埜亞の手元から分厚い本が舞い落ちた。

「お、おい……? 本、落ちたぞ?」

 本が落ちたというのに、本を持ったままの体勢で硬直している埜亞。それこそまるで魔法をかけられたかのようだった。

「お、おーい! 埜亞ちゃーん!」

 輝十は目の前へ行き、目前で手を振ってみた。

 それでも反応はなく、

「あ。あそこに三十歳童貞の……」

「高貴なる現代魔法使いさんですね!?」

 あの話題を振ると予想通りいい反応が返ってきた。

「どこですか!?」

「あ、いや……」

「魔法使いさんはどこでしょうか!?」

 本気で探し始めた埜亞になんといっていいか、輝十は困っている。

「わ、わりい。もういないみたいだ。見間違いだったのかもしんねえ」

「そう、ですか……」

 そんなに本気でしゅんとすんなよ! 胸が痛むだろ!

 また通常のどんよりオーラに戻ったところで、予想外にも埜亞が口を開く。

「あ、え、そ、その……」

「ん?」

 埜亞はもじもじしながら輝十に何か聞いたそうにしている。

「そ、そのっ……あの……ぬわっ、仲良く、し、たいと、いう、のは……本当、ですか?」

「ああ、マジだぜ。んなことで嘘つくわけねえだろ」

「!」

 埜亞は急に体を小刻みに震わし始める。

「お、おい……おまえ本当に大丈夫か」

「も、問題、ないです……!」

 その返事は声が大きく、輝十が逆に驚かされた。

「ほ、本当に、ほん、本当、ですか?」

「仲良くしたいかってこと?」

 埜亞が大きくこくんこくんと頷く。

「ああ、本当だよ。おまえのそのEカップに誓ったっていい」

「ひいっ!? な、なぜ、なぜなぜ……」

「はっ。言っただろ? 見ただけで女のスリーサイズわかるって」

 自慢げに言う輝十に埜亞は完全にオーバーヒートしていたが、どうしても気になったらしい質問を投げかける。

「もししかしてそれも魔法ですか!?」

「は? あ、いや……うーん、魔法って言や魔法かもな」

「胸を見るだけで揉むことは出来ますか!?」

「出来たら苦労しねえよ!」

 そんな魔法があれば俺は超無敵だっての!

 埜亞が少しがっかりしていたが、輝十はわざとらしく咳払いして話を戻す。

「だから、その、なんだ。おまえが嫌じゃなかったら、まあ仲良くしようぜ」

「いい、んです、か……?」

「だーかーらー俺がいいっていってんだろ。もうちっと自信持てよ、Eカップ」

「ふえっ!? は、はい、です……よ、よろしく、お願いしますっ」

 フードを被っている上にぐるぐる眼鏡をかけているので、顔はもちろんよくわからない。

 それでもかすかに緩んだ口元を見て、彼女が笑ったのだと輝十は気付いた。釣られて輝十からも笑みが零れる。

「って、おい! そこまでお辞儀しなくていいだろ!」

 次の瞬間、律儀にお辞儀してくれた埜亞だったが床に頭部がついていた。だからおまえば軟体動物かよ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ