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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第6話 『フィールド・リバーシ 中編』
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(19)

 埜亞は聖花が投げた分厚い本の勢いに圧されてふらふらするも、しっかりと胸に抱く。そして魔法陣の前で跪き、分厚い本を高速で開きだした。

「聖花さんと慶喜くんは出来るだけ離れてくださいっ!」

 そう言う埜亞の表情は真剣そのもので、まるで別人だった。視線はずっと本に落としたままである。

 戸惑う慶喜を聖花が引っ張り、足底に小さな風の渦を作ると飛ぶようにしてその場を離れた。

「お、おい!」

「大丈夫よ。あの子ならなんとかしてくれるでしょ」

 まるでそれが当たり前かのように、あっけらかんと言い放つ聖花。

 輝十もそうだ。彼女に絶対の信頼を抱いていることが慶喜には不思議でならなかった。

 慶喜の心中を察していた聖花は、慶喜を横目で見るなり呆れ気味に溜息を漏らす。

「あんただってあの友達のことは信じてるでしょ。そういうことなんじゃないの?」

「そ、それは……」

「私にとっちゃ、あんたの友達は信用出来ないわ。でもあんたにとっては違うんじゃないの? 絶対の信頼がある。そういうことでしょ」

 言って、髪の毛を靡かせようとしたが既に短くなってしまっており、聖花は照れくさそうに前髪をいじった。

 聖花と慶喜を離れさせたところで、高速で本を捲っていた埜亞の手が止まった。

「で、どうすんだ!?」

「上書きしますっ!」

 輝十の問いに即答する埜亞。しかし輝十にはその言葉の意味が理解出来ていなかった。

「なるほど、魔法陣に対魔法陣を突きつけるわけね……って、どうやって!?」

 一茶が口を挟み、輝十は目で二人の会話を追った。

「白魔術で黒魔術を打破しますっ! 上書きしてやるです!」

 そう言い切った埜亞の瞳は真剣で、怒りの灯火さえ感じさせた。

「理屈はわかるけどさぁ、一体どうやってやるっていうのっ!?」

 一茶が当然の質問を投げかけるが、埜亞は答えず、白いチョークを取り出して蠢く魔法陣の上に書き始める。

「――――ッ!」

 声にならない声を発し、苦痛に顔を歪めながらもその痛みに耐えて書き続ける埜亞。

「埜亞!?」

 輝十は慌てて魔法陣に手を突っ込み、埜亞の手の甲に自分の手を重ねて握り締める。

「……う、うわあああああッ!」

 予想以上の痛みが体を襲い、一緒になって悲鳴をあげた。

 女の子が、しかも埜亞が、この痛みに耐えている……その事実が輝十を少しだけ強くした。傍らで唇を噛みしめ、必死に手を動かす彼女の勇敢な姿を見てしまっては、男の自分が悲鳴をあげている場合ではない。

「ちょ、輝十!?」

 手を貸そうと一茶が魔法陣に竹刀を突き刺したところで、蛇が三人に目がけて飛んでくる。

 一茶は竹刀で次々と蛇を地面に叩き付け、その元凶を睨み付けた。

「なにをしているの?」

 平然とした顔に冷ややかな怒りを閉じ込め、平坦な声色で申す歩藍。

 邪魔をされたことに腹を立てた一茶は、歩藍を睨み付けたまま一歩前に歩み出る。

「……おまえこそなにしてくれてるの?」

 一茶は竹刀を両手で握って顔の前に持ってくるなり、鞘だったソレをゆっくりと取り外す。

 鞘を外したソレはまるで何かの術で閉じ込められていたかのように、鞘に対して圧倒的なでかさだった。太く銀色の輝きを放ち、機嫌の悪い一茶の顔を映し出す。

「言っておくけど、僕はそんなに優しい人間じゃないよ?」

「だからなんだというの?」

 女の子と見まがうほどの可愛い顔立ちからは想像もつかない殺気を放ち、表情を消した顔を歩藍に向ける一茶。

 そんな一茶に歩藍が怖じ気づくことはもちろんない。むしろ嘲笑うかのように余裕綽々の態度で見つめ返している。

「こっちは、ど、どうにかするから……あ、杏那を……!」

 輝十の細めた瞳にかろうじて映る杏那の姿。そこには肩で呼吸し、息切れしている彼の姿があった。胸元に手を添え、まるで息をするのがやっとと言わんばかりに苦しそうな顔をしている。

 空腹時でフィールド・リバーシを行い、尚かつ彼女の相手を務めているのだ。例え人より魔力が豊富であり、階級付きといえど、魔力に限度はある。ほとんど魔力を使い切っている杏那にこれ以上戦うのが厳しいであろうことは、誰の目にもうつっていることだった。

「あんたも情けない姿しちゃってぇ……それでも本当にクイーン・オブ・ナイトなのっ?」

 一茶は小さな体に対し、大きな刀を構えながら冷やかすように言う。

「う、うるさいなぁ。おなかすいて力が出ないんだから仕方ないでしょ」

「ふぅーん。顔がパンの某ヒーローにでも助けてもらったらいいんじゃない……か、なっ!」

 言って、地面を蹴り、一茶は一気に歩藍との距離を縮める。

「黙りなさい、低脳で下等で愚かな生き物。彼を愚弄することは許さないわ」

 歩藍の冷ややかで余裕に満ちた綺麗な顔が醜く歪んでいく。

 二人の戦いを横目に助けに入ろうとする慶喜を聖花が止める。

「いいわ、私がいくから。あんたは友達のところへ行きなさいよ」

 腕を伸ばして通せんぼしたまま言い、顎でしゃくって屋上に行くように促す。

「……でも!」

「もしなにかあったら後悔するわよ。大好きな友人の最期に側にいれなかったことを」

 聖花は一茶と歩藍の戦いを見据えたまま真摯な顔つきで言い放つ。

「いい? 時間は待ってはくれないの。後で悔やんでも何も変わらないの。行きなさいよ。すべては行動あるのみなんだから」

「…………」

「早くッ!」

 慶喜は黙って屋上へ向けて走り出す。

 聖花は決して振り返らない。傍らにいた彼がいなくなったのを横目で確認するなり、スカートを捲って太ももに装着していた扇子を取り出した。

「よくも人の魔力を好き勝手使ってくれたわね……」



「着きました」

 菓汐は養護教諭に言われるがまま、指定された場所に着ていた。

「しかしここに一体なにがあるというんです」

 訝しみながら周囲を見渡す。見慣れた光景一面に広がる緑色の地面。そしてこの学園のシンボルとも言える石碑。

 そこはいつも菓汐がきていた屋上だった。

「今から言うことは学園の機密事項だ。他者に漏らすことは許されない。緊急事態であるがゆえに今からおまえにそれを話し、託す。いいか?」

「は、はい」

「手短にいくぞ。その石碑が学園のバランスを保っていることは知っているだろう。それは本当だ。しかし決定的事実を生徒には明かしていない」

「決定的事実……?」

「ああ。それは慰霊碑であり、とある人物の墓なんだ」

「なッ!?」

 菓汐は末端を落としそうになり、慌てて掴み取る。

「四方を司る四大悪魔のうち東方を支配するオリエンスの墓だ」

「そ、それって!」

 菓汐はその先まで口にしようとしたが、無言でいる養護教諭の空気を読み取って言わずにおいた。今はそんなことを気にしている場合ではない。

「昔は今のように悪魔の種類で四方に学園をわけていなかった。ここが最初に設立された学園だ。オリエンスはここの生徒だったそうだ」

 まあそれはいい、と話を切る養護教諭。

「オリエンスは短気だがとても友好的な性質だったそうだ。人間とも親しかったときく。だからだろう。自ら死期はここに留まり、今後の学園の秩序を守ると強く決めていたそうだ」

 菓汐は養護教諭の話を聞きながらゆっくり歩いて石碑に近づいていく。目の前に辿り着くなり、石碑を見上げた。

 こんな場所にあるこれを一体誰が墓だと思うだろうか。

「英霊というやつだな。この学園は彼の力を賜ることができるんだ。あとは言わなくてもわかるだろう」

 菓汐は見上げたまま、石碑を見つめ続ける。

「はい。彼に力を借りてこの状況を覆すってことですね」

「覆すとは穏やかじゃないな、微灯」

 苦笑する養護教諭の声を聞きながらも菓汐は真剣な眼差しで石碑を見つめていた。その間で菓汐の気持ちを汲み取った養護教諭は、それ以上茶化すことはしない。

「いいか、相手は死んでいるとはいえその魂は死んでいない。本来ならば呼び覚ますだけの準備が必要なんだが……おまえならきっと力を貸してもらえるだろう。石碑に手を添え、伝えるんだ」

 菓汐は両手を石碑に添え、瞳を閉じる。

「伝える……」

 口パク程度の小さな声で心中を漏らす。

 菓汐が伝えたいことなんて、そんなに複雑なことではない。

 この状況をどうにかしたい、そしてどうにかする力がほしい。なぜどうにかしたいのか? それは自分が大事だと思った人達を、友人を、助けたいから――

「止めねば、歩藍を止めねば」

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