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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第6話 『フィールド・リバーシ 中編』
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(18)

「これを止めれば、結界を止めれば、全の命は助かる……」

 埜亞の下で交差しながら動いている魔法陣を凝視し、何かにすがるように呟く慶喜。

「でもどうするの? 正直、すっごく複雑な術式だよこれ。オリジナルだと思うし」

 一茶がもっともなことを口にし、

「そもそも黒魔術なんかに手をくわえるなんて……」

 考え込むように腕を組んで呟いた聖花の発言を聞き、輝十ははっとする。

「そうか……結界を解く前に埜亞の拘束を解けばいいんだ」

 慶喜は何バカなことを言っているんだと言わんばかりに絶望した表情を浮かべた。

「なっ!? こんな時に何を言っ……」

「こういうの得意なのはこの中でこいつだけだろ。こいつにどうにかしてもらうんだよ」

 反論しようとする慶喜の言葉に輝十が被せる。

「なるほどね、それは名案だと思うわ」

 聖花は輝十の意見に同意し、埜亞のことを知らない一茶はその場の空気と輝十に合わせて何も言わずにいた。

 親友が絶体絶命だというのに先に生きている埜亞をどうにかしようとしている。それでどうやって結界を解くんだ、と慶喜は全く信用していなかった。

「大丈夫だって! こいつを信じろ。今までこれだけがこいつの友達だったんだ。友達のことを一番わかっているのは当然だろ?」

 輝十は慶喜の肩に手をおき、魔法陣と埜亞を交互に見る。

 真っ直ぐな瞳は揺るぎない自信に溢れていた。もちろん根拠なんてない。成功する確信だってないはずなのに、輝十の瞳には失敗という文字は一切見え隠れしていなかったのだ。

 そんな彼を前にして、慶喜は何も言うことは出来なかった。

「拘束の魔法陣だけなら解けないこともないと思うっ」

 一茶が竹刀で魔法陣を突きながら言う。

「でもね、それ相応の“解除する為の代償”が必要だと思うよ」

 眉尻を下げて言う一茶に、慶喜が歩み出て即答する。

「俺のもう片方の目を使ってくれ」

「は!? おまえ盲目になる気かよ!」

 輝十は慶喜の肩を掴んで振り向かせ、彼の行いを止めようとする。

「構わない。俺のせいなんだ。俺が責任を負うべきだろう。俺の片目を代償に発動したのは“彼女を拘束する魔法陣”だ。つまりもう片方の目でそれを止めることは可能だろう」

「そう、だろうけどよ。だめだ。それは絶対だめだ」

「じゃあどうするっていうんだ! こんなところで討論している場合じゃない!」

 慶喜は振り返り、輝十の両肩を掴んで勢いよく揺らす。

 結論の出ない言い争いをする男二人の間に入り、落ち着いた声色で言う。

「私の髪の毛でどうかしら」

 輝十と慶喜は揃って聖花を見た。

「髪は女の命よ。これで足りないとは言わせないわ」

 聖花は二人の同意など最初から求めてはいない。そう告げるなり一人で歩み出て、魔法陣を目の前にし、埜亞を見上げた。

「おい、聖花……」

「いいの、だーりん。私はね、彼女が、埜亞が、大嫌いなのよ。本当はどうだっていいの。でも……放ってはおけないじゃない」

 落ち着いた声色で言う聖花。輝十はその背中を見て、振り返らずとも今どういう表情をしているのかなんとなく想像ついた。

「……昔の友人に似ているから? そうね、でもきっとそれだけじゃないわ」

 自分に言い聞かせるように呟き、緩んだ表情を引き締める。

「させないわ!」

 まるで巨大な何かが迫り狂うような恐怖感を与えながら、歩藍の手から放たれた白い蛇が聖花に向けて無数に飛んでくる。

「!」

 彼がそれを楽しげに、まるで子供が玩具を手に入れたような表情で阻止する。

「くっ……面倒な人間が迷い込んでるみたいね」

「それって僕のこと? ひどいなぁ」

 竹刀をバトンのように回転させ、天使のような笑みを零して見せる一茶。

 歩藍は余裕の表情を崩さないかと思いきや、眉間にしわを刻んで目の前の状況を睨み付けていた。

「助かる。ぶっちゃけ結構やばいんだよねぇ」

 苦笑しながらお腹を触って言う杏那は、一茶の傍らに並び立つ。

 素直な姿勢の杏那を横目に少し驚きながらも、

「勘違いしないでよっ? 僕はあんたの為じゃなくて輝十の為に力を貸すんだからっ!」

「はいはい、なんでもおっけー」

 予想外のキャストを迎え、予定通りに進まない展開に歩藍は苛立ちを隠せずにいた。親指の爪を噛みながら、杏那だけを見据えている。

 そんな一生懸命な彼らの姿を目にして、こんな自分をどうして責めないんだろう、と慶喜は思う。

 元はといえばすべて自分が悪いというのに……全だって彼らには多大な迷惑をかけた人物で、助ける義理なんてないはずだ。

「おい! 急ごうぜ!」

 呆然としている慶喜は輝十の声で我に返る。

 今はそんなことを考えている場合ではない。助かったら、いやもしだめでも、自分は彼らに感謝をしなければならない……そう胸の内に秘めたまま。

 輝十の声がスタート合図となる。

「恋敵は敵であると共に友達なのよ、覚えておきなさいね」

 言って、聖花は魔法陣を掴み取るように手を地面につき悲鳴をあげる。

「聖花!?」

 そのあまりに苦しそうな悲鳴を聞いて、手を出そうとする輝十を慶喜が引き止める。

 藻掻き、苦しみ、体が引き裂かれるような痛みと燃え尽くされるような痛み、そして心と共に心臓を抉られるような傷みが彼女を襲った。それでも彼女は涙一つ見せず、弱音を吐こうとも逃げだそうともしない。

 彼女の血眼になった目にはもう魔法陣しか捉えることが出来ていないのだ。

 いつか助けることが出来なかった友人の為に。

 いや自分の為に。

 そして目の前の新しい友人を今度こそ自分の手で救い出すために――

「持っていきなさいよ、私の綺麗なこの髪。なんだったら色素もくれてやるわ。足りないなら腕でも足でも持っていけばいい。だから、さっさと、解除しろおおおおおおおおおおッ!」

 シュン――と光の柱が空を突き破る勢いで天を貫く。

「……まさか」

 歩藍はその光の柱に目を向ける。

 輝十は腕で顔を覆い、瞳を開けた時には光の柱を背に埜亞を抱きかかえた聖花の姿があった。

 まるで戦場を駆け抜けていきた戦士のように、激しい光をバックに姫を抱きかかえて歩いてくるその姿は「美しい」としか形容の仕様がない。

「ショートも似合ってる。可愛いよ」

 それはお世辞でも気休めでもない。輝十の本心だった。

 聖花の肩まであったゆるふわブロンドヘアーは、ばっさり切ったようになくなり、ベリーショートになっていたのである。色も色素が抜けて、綺麗だった金色がシルバーになっていた。

 輝十が褒めると聖花は照れくさそうに満面の笑みを零して、その場に埜亞を落とした。

 落とされたことによって、意識を失っていた埜亞は無理矢理起こされる。

「ほら、いつまで寝てんのよ。さっさと起きなさい」

「うう……いたたぁ……あ、あれ!? わ、わわわ、私、あれからどうしてっ!?」

 驚いて目を覚ました埜亞は周囲をきょろきょろ見回す。そして慶喜の姿を見つけるなり驚いた顔をしたので、慶喜は申し訳なさそうに目を逸らした。

「おい、大丈夫か!? 痛いところは? 気分は?」

「ひえっ!? ざ、座覇くんっ! だ、大丈夫、です!」

 肩をがしっと掴まれて、埜亞は目の前に輝十の顔があることに照れながらも答える。

「そうか、よかった……」

 と、良い感じなところで、苛立った聖花が埜亞の首根っこを掴んで輝十から引き離し、

「助けてやったんだから、あんたには働いてもらうわよ!」

 そのまま魔法陣の目の前へ。そして残った青い魔法陣を見せる。

「あ、あのっ! これは……?」

「詳しい説明をしている暇はないわ。簡潔に言う。この魔法陣を解除しなさい」

「簡潔すぎだよっ! もう少し情報を与えないと!」

 尽かさず一茶が突っ込むが、埜亞は既に黙って真剣な表情で魔法陣と睨めっこしていた。無言で周囲を見て自分で把握し、真っ黒な地面を触って何かを掴もうとしている。

「あの子には必要ないのよ」

 聖花はまるで自分のことのように自慢げに一茶に言う。

「結界……しかも黒魔術ですね。どうしてこんな……!」

「で、どうなの? 解除出来るの?」

 そこで聖花の言葉をぶったぎって慶喜が頼み込む。

「頼む、全を……友達を助けてくれ! こんなこと言える義理じゃないのはわかってる、わかってるんだ……でも急がないと、全が!」

 埜亞は慶喜の手を優しく握り締め、強い眼差しを向けた。

「大丈夫です。大丈夫ですから」

 そして聖花に視線を向け、

「出来る出来ないじゃないです。やります」

 最後に輝十を見る。二人は静かに頷き合い、小さく深呼吸をする。そして無言で落ちている分厚い本の元へ駆け寄り、その場で開いた。

「あの子はなんなの?」

 埜亞を知らない一茶にとって、当然の疑問だ。

 その疑問には聖花がまるで自分の家族を紹介するかのような素振りで、さらっと口にする。

「ただの人間の女の子よ。誰よりも私達のような存在が大好きなちょっと変わった、ね」

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