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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第6話 『フィールド・リバーシ 中編』
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(17)

「んだよ、それ……」

 その一部始終を見ていた輝十は無意識に拳を強く握り締めていた。全身に抑えきれない怒りがこもり、まるで爆発の刻を待っているかのようだ。

「そいつの気持ちを弄びやがって……ふざけんじゃねえ!」

「ちょ、輝十!?」

 勢いで歩藍に掴みかかろうと飛び出す輝十を慌てて杏那が止めに入るが、手を払いのけられてしまう。

 杏那が取り逃がした輝十の腕を慶喜が掴み取り、ぎゅうっと強く握って引き止めた。

「なっ!?」

 意外な人物に引き止められ、輝十はぎょっとする。

「いいんだ」

「よくねえだろ!」

「いいんだ、俺がもっと冷静に判断すべきだったんだ」

 項垂れながらも輝十の腕を掴む手には、必要以上に力が込められる。

 痛い、とは決して口にしない。目の前の慶喜の姿を見てしまっては、そんなことどうでもよかったのだ。自分の腕の一本や二本でその気持ちが拭われるのならいくらでもくれてやる……とすら、輝十は思えた。

 それぐらい、見ていられない状態だったのである。

「そうよ、わかっているじゃない」

 歩藍は当然だと言わんばかりに口を挟む。

 輝十はその一言で完全に、頭に血がのぼっていた。すべてにおいて納得いかないこの展開と、すべてにおいて許せない目の前の女。

 歯を食いしばり、今にも暴れ出してしまいそうな獰猛な怒りを無理矢理自分という檻に閉じ込める。

 そして慶喜の手を払いのけ、両肩を掴んで上下に激しく揺さぶった。

 閉じ込めた怒りの代わりに、本音だけは言わずにはいられなかったのである。

「ちげえ! 騙したあいつが悪いんだよ! おまえは……おまえは、嫌だったんだろ! 本当は!」

 突然、叫ぶように発する輝十に圧倒されて呆然とする慶喜。

「冷静に判断すべきだったぁ? 知るか、んなもん。おまえらを利用した方が悪い。それ以外なにがあるってんだよ」

「座覇輝十……」

 輝十は慶喜から手を離し、改めて歩藍を睥睨する。

「利用した方が悪い? それは違うわ、座覇輝十。利用される方が悪いのよ。そして彼らの場合は望んで利用されたのだから、私に罪はないわ」

 それでも歩藍は傲然とした態度でいいのけた。

「だ―――――もう! ごちゃごちゃうるせー女だな! 揉むぞ!」

 にっこりと余裕の笑みを浮かべ、

「どうぞ、お好きなだけ。その命と引き替えに、なら」

 自分の胸元を撫でながら言う歩藍。

「そうか、御言葉に甘えて……なんて、な、なんねえ! 絶対にだ!」

「ねえ、今揺らいだよねぇ?」

 じと目で突っ込む杏那。

 一方で、歩藍を違う目線で見ている人物がいた。

「……相手するには分が悪い、というより厄介な相手ね」

 と、震えた声で呟く聖花である。

 彼女らしからぬ声色で、しかも額にはびっしょり冷や汗をかいていた。

 そんな聖花に気付いた歩藍は、微笑みながら声をかける。

「そこの金髪スクブス。座覇輝十を抑えつけなさい」

「……い、いやよ」

「私が抑えつけなさいと言っているのよ」

 その威圧的な声色に拳をぷるぷる振るわせる聖花。

「おい、聖花。どうしたんだ……?」

 その異様な光景にさすがの輝十も戸惑いを隠せずにいる。

 彼女が何かに恐れを成すなんて想像出来ないからだ。四大悪魔の血筋だと称される杏那にでさえ、平気ででかい態度をとるような彼女が。

「従わなくていい」

 杏那は聖花に歩み寄るなり、肩に手を置いて囁く。それだけで聖花の震えが不思議と止まっていた。

 その光景を見ていて、理由を察したららしい一茶が呟く。

「なるほどっ。もしかして彼女は……夜の魔女、なの?」

「ごめーとー。スクブスの性質を持つリリンの母であるリリスの血筋かな? 俺が言うのもなんだけど、イレギュラーなのが入学しちゃったねぇ。分類的には東に位置する栗子学園で間違いないんだろうけど」

 その通りだと言わんばかりに、歩藍は杏那に向かって敬意を払ってお辞儀して見せる。

「リスだかスズだかしらねえが、てめえみたいな悪魔の中の悪魔みたいな奴がこの学校にはいるってことはよーくわかったぜ」

「それはそれは、大変嬉しい褒め言葉を」

 輝十の台詞を笑って聞き流し、改めて杏那に向き合う。

「お初にお見えにかかります、妬類杏那様。八人の下位王子、四大悪魔オリエンスの血をひくお方。端麗な容姿と燃えたぎる炎色の髪と瞳。クイーン・オブ・ナイト」

 女だと主張するかのように、艶っぽくうっとりする歩藍。

「私の目的はあなた様を手に入れること、一点のみ。あなた様の子孫を残し、優秀な悪魔の繁栄。あなた様もわかっておられるでしょう? この悪魔共の現状を。退化は加速するばかり。このままでは本当に人間社会に溶け込んでしまう」

 人間である輝十や埜亞に突き刺すような視線を送りつつ、話を続ける。

「それも本音であり、目的ではありますが……一番はあなた様との快楽に溺れたい。溺れて溺れて我を忘れる程に溺れてしまいたいのです。もちろん私が跨り奉仕に務めます」

 必死に訴えかける歩藍の話を杏那は真顔で聞いていた。まるで全く興味がないことを表情だけで知らしめるかのように。

「とりあえずこいつがクソビッチってことはわかった。おまえこういうのが好きなのかよ……」

「そんなわけないでしょ! 俺は淫魔でもまともな方なんだから!」

 輝十がやや引き気味に言うと杏那は全力で否定した。

「淫魔などと卑下なさるのはおやめになって下さい!」

 そのやりとりを見て、慌てて口を挟む歩藍。

「うるさい」

 杏那は歩藍の存在自体を拒否するかのように、威圧的にぴしゃりと言う。歩藍に対する態度はまるで氷河期のようで、輝十には杏那が全くの別人のように思えた。

「俺はおまえの相手をするつもりもないし、輝十と絶縁する気もない」

「そうですか。ならば、力尽くで……となりますね」

 これだけ杏那に執着していながらも、拒否されて悲しむ素振り一つ見せない歩藍。むしろ楽しそうに恍惚の表情を浮かべている。

 歩藍は胸元のボタンを自ら外し、綺麗な谷間を覗かせる。

「押してダメなら脱いでみる作戦か……なんて策略的な!」

「脱いでみる作戦? そんなのやって何の意味があるのぉー?」

 まるで子供が無邪気に「なんでなんでー?」と問いかけるかのように、一茶が輝十に問う。

「なんの意味があるの……だと……」

「うん。だって、普通そんなの引っかからないでしょ?」

 普通引っかかるだろ……谷間があったら挟まりたいだろ! と思った輝十はそっと本音を胸の内にしまった。

 次に谷間へと視線を向けた時、輝十の思いは興奮から驚愕へと瞬時にシフトチェンジする。

「んなっ!」

 谷間からにゅるにゅると白いものが伸び、歩藍の体に巻き付いていく。

「白い蛇……やっぱり夜の魔女で間違いないみたい。あれに噛まれたら生気も精気も吸われ尽くされちゃうよ」

 一茶は竹刀を握り締め、いざという時の為に構える。

「時間がありません。この結界が切れてしまえば、教員達が押し寄せてくるでしょうからね」

 歩藍は力尽くで杏那をモノにするつもりなのだろう。恐れも、怒りも、感じない。ただただ快楽に溺れたいという欲求だけが表情から滲み出ていた。

 項垂れていた慶喜は真っ黒な地面を見ながら、歩藍の台詞を聞いてはっとする。

「結界……?」

「結界ってこの黒いやつのことか? これがなんだってんだ?」

 一茶に問いかける輝十の台詞を聞いて、それは確信に変わった。

「!」

 何か閃いたらしい慶喜は、輝十の胸倉を掴んで必死に訴え出す。

「これだ! これに全の命が代償に使われてるんだ!」

「つーことは、まだ生きてるってことか! だったらこれを解除すれば……!」

 慶喜と輝十は顔を見合わせ、埜亞の元へ駆け寄る。

「無駄でしょう。一度発動させたものを止めようなんて」

 歩藍はそれを横目に呟き、杏那に向かって蛇を放つ。

「杏那!?」

 埜亞の元へ駆けながら、拘束されようとしている杏那が目に入って立ち止まる輝十。

「あれー? 輝十ってば心配してくれるのー? 嬉しいなぁ。出来れば普段からそうやって優しくしてくれると嬉しいんだけど」

 腕に絡みついた蛇に引きずられ、歩藍の元へ引き寄せられながらも余裕そうに言う杏那。

「……大丈夫そうだな」

 言って、輝十は再び埜亞の元へ駆け出す。

 もちろんそう口で言いながらも、輝十は何度も振り返って杏那の姿を確認していた。

 それでも足を止めなかったのは、杏那なら大丈夫だろうと信じていたからだ。そして自分がそう信じることで、妬類杏那という奴はその期待に絶対応えてくれることもわかっている。

「負けたらもううちの洋菓子やんねえからな!」

 輝十はあえて前を向いたまま、走りながらに叫ぶ。

「えーそれはすっごい困る、なぁ!」

 そうしている合間にも、もう片方の腕も蛇に絡みつかれてしまう。

「あんた達も行きなよ。俺なら大丈夫だから」

 立ち尽くしていた聖花と一茶にも声をかける杏那。

「あんたの心配なんかするわけないでしょ」

「そうだよっ! 僕は輝十しか助けるつもりじゃないんだからねっ!」

 そう言いながらも杏那と輝十を交互に見て、なかなか輝十の元へ行こうとしない二人。

「はいはい、わかったわかった」

 笑いながら言うなり、やっと駆けだした二人の背中をちら見する。

「輝十と黒子ちゃんのこと、頼んだよ」

 瞬間、杏那の瞳が茜色に染まって光り、腕に絡みついていた蛇を一瞬で灰にした。

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