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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第6話 『フィールド・リバーシ 中編』
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(15)

「不幸中の幸いですね。助かりました、男の姿で」

「なにそれ。女だと可愛すぎるからってこと?」

 二人は両手をつかみ合い、力任せに押し合う。なんてことない取っ組み合いだが、その速さはただの人間の目で捉えることは出来ない。

「だーりん! 早く!」

 その光景に圧倒されて呆然としている輝十に聖花が声をかけた。

 三人で埜亞の足下へ行くが、何重にも魔法陣でロックがかけられており、鎖が体に絡みつき胸を貫いている状態だ。手も足も出ない状況である。

 もちろん、だからこそ慶喜はその場を離れて杏那とやりあうことが出来るのだろう。

「ほんっと厄介なもん作ってくれたわね、人間のくせに。こんな魔法陣見たことない……完全に専門外だわ」

 聖花が血が滲み出るほど唇を噛みしめ、埜亞を見上げて悔しそうに呟く。

「胡桃は何かわかるか?」

 輝十が問うと、一茶が魔法陣を竹刀で突き出す。すると竹刀の先にじりじりと焼きちりそうな音がし、まるで放電しているかのように小さな稲妻が姿を主張する。

「うーん……なんかひっかかるんだよねぇ」

「ひっかかる?」

「うん。この魔法陣の発動は恐らく、あいつの片目を代償に行われてると思うんだ」

 一茶は自分の片目を指しながら言う。

「そこまではごく普通の黒魔術なんだけどね。ちょっとこれを見て」

 一茶が竹刀で魔法陣を突くたびに、魔法陣から飛び出る稲妻が竹刀の先に絡みつくように蠢く。

「まるで魔法陣自体が生きてるみたいなんだ。これね、竹刀から魔力を逆流させて反発させてるから平気なんだけど、普通の竹刀で触ったら一瞬で燃えて跡形もなく消えてるよ。もちろん僕も」

 一茶はその場で屈み、首を捻りながら今だに動いている魔法陣を凝視する。

「そもそも魔法陣ってのは“何か”の発動ツールに過ぎないはずよ。魔法陣自体が生きてるっておかしな話ね」

「でしょでしょーそこなんだよぉ!」

 聖花が腕を組んで魔法陣を睨み付けている傍らで、一茶が勢いよく立ち上がった。

 発動のツールに過ぎない……その発動は片目を代償に行われている……だとしたら、この動く魔法陣の原動力は?

 輝十は顎を撫でながら真剣な眼差しで魔法陣を見つめた。

 もちろん輝十に専門的な知識は全くない。だが、重要なのはきっとそんなことではない。そんな気がしていたのである。

「たった片目ごときの代償でこれは出来ることじゃないと思うな、僕は」

「……そうなると他に代償が必要になるってことだろ?」

 他の代償……?

 自分で口にしておいて、輝十はそこに違和感を抱く。それと同時にすごく嫌な感じがしていた。

「うん、そうなるねっ。うーん、つまりぃ……」

 専門分野だからか淡々と予測を立てる一茶。その傍らで輝十は嫌な予感を拭うことは出来ない。

「彼の魂か、それとも誰かの……」

 輝十は一茶のその言葉を聞き、はっとなって、慌てて慶喜と杏那に目を向ける。

「どうしたの!? だーりん!」

 その尋常じゃない慌てように聖花も便乗する。

「ダメだ! 二人とも! おまえらが戦っても意味ねえッ!」

 声を必死に張り上げる輝十の背後から、

「ちょ、輝十? それ、どういうことっ!?」

 その答えを求めて一茶が声を被せる。

 なんで気付かなかったんだよ……なんでもっと早く気付かなかったんだよ、俺!

 誰かの為に自分を犠牲にする慶喜。そしてそれを利用する誰か。

 信用ならない悪魔との取引。そして黒魔術の代償。失う、何か。

 きっとこれは最初から目的を果たすためだけのもの……!

「この魔法陣は慶喜だけの代償じゃ済まない! 多分……いや、きっと! もう一つの代償は慶喜の友達の“なにか”なんだよ!」

 慶喜の動きがぴたりと止まる。

「……なんだって?」

 さすがの慶喜もそれだけは聞き流すことが出来なかった。

 “もしも”のことを考えたら、自分を錯乱させる為の相手側による策略だ、とも思う余裕はなかった。

 その可能性が少しでもあるなら、すべてが無意味になってしまう。

「おまえを動かしてる奴は最初からそのつもりだったんだ……!」

 慶喜の表情が絶望色に染まり堕ちていく。

 それを目の前にして、杏那は眉尻を下げた。

「悪魔との取引が真っ当じゃないことぐらい、あんたもわかってたはずじゃないの?」

 絶望に満ちた慶喜に現実を知らしめるかのように、事実をぽつりと口にする杏那。 

「い、いや……まさか……そうだ、混乱させるために言ってるだけなんだろ! そうなんだろ!? もう俺の片目は視力がない。ちゃんと代償を払って魔法陣を発動させ……」

「魔法陣はまだ発動中だよ? むしろ生きてるよ? その片目は“発動の代償”。それ以降は新たな代償を支払う必要があるはず。少なくとも拘束だけに使われる魔法陣とは思えないなぁ」

 一茶が当然のごとく言いのける。

「そ、そんな……」

 その場で慶喜がうなだれる。自分の両手を見て、足を見て、心臓を掴み、顔を両手で包み込む。

 ない。他に自分の名にかが奪われた感じは、失った気配は、ない。

 ……だとしたら、もう一つの代償とはなんなのか?

「まさか……!?」

 慶喜は慌てて立ち上がり、周囲を窺い出す。

 右を、左を、輝十達の存在などすっかり忘れて必死に目を凝らす。

 そしてまるで何かに取り憑かれたかのように屋上を見上げ、その片目でしかと見た。

 輝十達はその視線の先を追う。



「あ、あの、一体……なんであいつが……」

 屋上から見下ろした先で慶喜の姿を発見した全は言葉を失っていた。

 彼女に、華灯歩藍かとうふらんに、盲目な彼にでもさすがにこの状況がおかしなことぐらいわかるのだろう。

 妬類杏那が気にくわないのも、人間が気にくわないのもわかる。

 自分に内緒で一人で挑んでいるのは納得出来ないが、それでもまだわからないことではなかった。慶喜はいつもそうだ。自分に隠れてなんでも一人でやってしまおうとする。心配をかけまいとして。

 きっと慶喜は自分と同じ気持ちで、同じ志だと思っていた。だから彼らに喧嘩を売ってる光景は特におかしなことではない。まだ許容範囲内だったのだ。

 たった一点を除いて。

「なんで……なんであいつ黒魔術なんか使ってんだよ!」

 誰に言うでもなく、叫ぶように声を荒げる全。

 人間の魔術を使うなんて以ての外。なにより“代償”を払ってまで慶喜がするはずがないからだ。

 慶喜はいつだって自分のストッパー係だった。無茶をしようとする自分を傍らで宥めようとしてくれる。冷静な判断を下す。

 そんな慶喜が自分の何かを失ってまで、一人で無謀にも妬類杏那に立ち向かうなど到底考えられない。

 それは親友である自分が一番よくわかっていることだった。

「あなたは素敵な友人を持ったわね」

 口元に手を添え、上品に笑みを零しながら歩藍は言う。

「それはどういう……意味、ですか?」

「わからない? 彼、あなたの為に一人で立ち向かっているのよ」

「なっ! なんで!? 意味がわから……」

 全はフェンスまで駆け寄り、フェンスと掴み、そのままフェンスを押し壊す勢いで下を覗く。まるで檻に捉えられた者が必死に抗って外に出ようとするかのように。

「片目を失ってまで、あなたを守ろうだなんて。素晴らしい友情ね。素敵じゃない。笑っちゃうほどに」

 言って、腹を抱えて高らかに笑い出す歩藍。

「華灯……さん?」

 そんな意地の悪い笑い方をする歩藍に違和感を抱く全。

 それでも信じられない、いや信じたくなかった。自分の憧れの、大好きな人がそんな――

 全の中では既に答えは出ていた。

 それでもそれをすぐに受け入れようとしないのは、その恋心ゆえにだ。

 わかっている、わかってるんだ。

 それでもいつものように優しい笑みを浮かべて見せる歩藍を完全に否定出来ずにいる。

 そんな全に歩藍は現実の非道な矢を向けた。 

「彼ね、私に言ったのよ。『なんでもするから全を傷つけることだけは辞めてくれ』って。今にも泣きそうな顔で必死に懇願してきたわ」

 全は言葉を失った。

「だから聞いてあげただけよ。取引してあげたの」

「取引……?」

「ええ。あなたの親友はとても真面目ね。悪魔のくせに悪魔との取引を真面目に引き受けるなんてどうかしてるわ」

 歩藍の笑みは嘲笑へと変化していく。その様を目にして、全は拳を握り締めた。

 整理のつかない心情が葛藤を繰り返す。

 目の前の人が例え大好きな人でも、それでも、自分の親友を悪く言うのなら……もちろん許せることではない。

 全は絶望と困惑と憤怒に満ちた顔をしていた。

「今の家森くん、とってもいい顔をしているわ……」

 うっとりした顔で歩藍が全の頬に手を添える。

 それは一瞬。考える間も与えず、瞬時に距離を詰め寄る歩藍。それは実力差を見せつけると共に、全に最後の夢を見せた一時だった。

「家森くんと千月くん、あなた達二人はとてもよく似ているわ」

 言って、歩藍は全の頬を握りつぶす勢いで爪をたてた。

「ッ!」

 苦痛で顔が歪む全。

「その人間っぽいところが、とってもね」

 憎悪に塗れた表情で言うと、歩藍は手を離す。

「バカね。正当な取引など、この私が引き受けるわけがないでしょう」

 にやりと嫌味に笑って見せた。

 瞬間――突然、胸に耐え難い痛みと呼吸が出来ない程の息苦しさが全を襲う。

 全に原因不明の心臓発作がおき、その場に倒れて胸を押さえ、丸くなって藻掻き苦しみ出す。

「あなたの気持ち、とても鬱陶しかったわ。人間みたいに這い寄ってきて気持ちが悪い。でもね、役には立ったのよ? 光栄ね。一度ぐらい抱いてあげればよかったかしら」

 息苦しそうに呻き声をあげる全の頭を撫でながら優しげに言う歩藍。

「生きていたらご褒美として抱いてあげるわね。生きていたら」

 そして苦しむ全を蹴っ飛ばし、背を向け、屋上を去ろうとする。

「…………あら」

 屋上の入口に向かおうとしてすぐ、歩藍はソレを目にした。

「最低だな」

 まるで門番のように入口の前で仁王立ちする彼女は、怒りに戦慄く。

「最低? あなたに言われたくないわ。穢らわしい。人間の血の混じったクズ。お久しぶりね、菓汐」

 歩藍は親しげにその名を呼び、

「ああ。とても久しいな。きっとおまえは私に会いたくなかっただろうがな」

 二人の邂逅の瞬間は、穏やかなとは程遠いものだった。

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