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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第6話 『フィールド・リバーシ 中編』
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(14)

「埜亞ッ!?」

 思わず名前を叫ぶ輝十は冷静さを失いかけていた。

「次はその肌に傷をつけますよ」

「てめえ……」

 輝十は瞬きも忘れて慶喜を睥睨する。

「あ、ご心配なく。傷物になっても僕が引き取れますから」

 冷静さを失いかけている輝十に気付いていた慶喜は、あえて挑発するようなことをネクタイを緩める姿を見せつけながら言った。

「冷めた顔に似合わず、下卑たことを言うんだねぇ」

「所詮、淫魔ですから」

 平常心を全く崩さない杏那の問いに慶喜は即答する。

 そしてそのまま跪き、埜亞の足下にある魔法陣を触って印を組み直す。すると青い魔法陣が赤い魔法陣と重なるように出現し、新たな光の鎖が現れて――

「!」

 埜亞の胸を貫き、その意識を奪う。

「て、てめえ……ッ!」

「ちょ、輝十!」

 勢いよく飛びだそうとする輝十を杏那が腕を伸ばして行く手を阻む。

「意識を失っているだけです。今は、ですが」

 まるで埜亞の心臓を縛っているかのように、埜亞の胸元を光の鎖が貫いたままだった。

「あんたねぇ……レディの扱いがなってないんじゃないの?」

 聖花が怒りを必死に抑え込みながら口にする。

 ここで自分が突撃してしまえば、彼は本当に埜亞をどうにかしてしまうだろう。最初の彼とは違う。それは目を見ればわかることだった。聖花はただただ歯がゆく、歯軋りする。

 慶喜は呼吸を整えながら、魔法陣から指を離す。その額には汗が滲み出ており、それを拭いながら立ち上がった。

「無理しちゃって。そろそろ許容オーバーなんじゃないのー? “その代償”だけじゃ済まなくなるよ?」

「……覚悟の上、ですから」

 慶喜は余裕そうな杏那を睨み付ける。その余裕がはったりではなく、本当なのだから余計に怯むことは出来ないのだろう。

「で、条件ってなんなんだよ」

 まんまと挑発に乗っかっている輝十は、感情を必死に押し殺しながら低い声で問う。

「妬類杏那との絶縁です。妬類杏那と座覇輝十は婚約者同士だと聞いています。後にペアになるでしょう。それをすべて剥奪させて頂きます」

 それを聞いた輝十は拳を握り締め、歯を食いしばる。

「……輝十ぉ?」

 何も言わず、苦渋の選択を迫られているかのような表情で俯く輝十を心配し、屈んで顔を覗き込む一茶。

「取引条件は以上……か?」

 慶喜は間をあけ、横目で埜亞を確認すると、小さく頷く。

「そうです」

「そうか……」

 輝十は俯いたまま戦慄き、握り締めた拳から力を抜いた。

「よし、引き受けた! そいつでよければ持っていってくれ!」

 そして勢いよく顔をあげる。

「言うと思った! 意図も簡単に友達を売らないでくれる!?」

「売ってねえよ。これからも友達だろ? お・と・も・だ・ち!」

 婚約解消出来て、埜亞も助けられるなら一石二鳥だ、と輝十は考えたのである。

「俺はおまえを忘れねえ……例え、この先ずっと会えなくなったとしても」

「良い奴っぽく言ってるけど、完全に売ってるよねぇっ!?」

 杏那は輝十の胸倉を掴んで上下に揺らす。

 その二人のやりとりをじと目で見つめる一茶が口を開く。

「僕は賛成だなぁ。正直、なんで彼がこの学園にいるのかも不思議なぐらいだし」

 退治士の家系を背負った、真摯な顔つきで呟く。それは二人の間柄への突っ込みではない。事実を口にしている、そんな口調である。

「そうね。あんた絶縁しなさいよ。その方が私にとっても好都合だし」

 一茶に同意するように口を挟む聖花。

 杏那は輝十の胸倉を掴んだまま無言で舌打ちをする。

 明らかに一茶も聖花も杏那の“なにか”を知っている前提で話をしており、輝十にはそれがなんなのかわからなかった。

「なぁ、前から気になってたんだけどよ。おまえ、なんかあんの?」

「なにかって?」

「なんっつーか、みんなおまえを腫れ物のように扱うっつーかよ。なんか“違う”みたいな感じじゃねえか」

「…………」

 杏那は無言で気まずそうに目を逸らした。

 その態度だけで「言いたくない」といった気持ちは充分に察することが出来る。なので輝十はそれ以上強く問わなかったのだが、

「もしかして知らないんですか?」

 慶喜がここぞとばかりに口を出してきた。

 口に笑みを刻みながらその先を言おうとする慶喜を杏那はきつく睨み付ける。今までの平静が一気に乱れていた。

「彼は8人の下位王子と称される四大悪魔オリエンスの血筋なんですよ」

 その場にいる皆が杏那に視線を向ける。

「淫魔とのミックスですが」

 と、嫌味のように慶喜は付け加えた。

「やっぱりそうだよねっ! 見た瞬間にだと思ったもんっ!」

 一茶が興奮気味に弾んだ声で言うと、杏那の表情は余計に険しくなる。

「すべてを燃やす炎色の髪に淫魔の端麗な容姿……しかも血筋のいい方を色濃く受け継いでいるので、下級悪魔としては本能的に平伏しそうになる」

「だったら平伏してくれればいいのにーその額を地面に擦りつけて、ねっ?」

「自我が育っていなければ、みんながそうしてるでしょうね」

 輝十は顔をしかめながら問いかけた。

「つまりこいつはなんか凄い悪魔と淫魔のハーフってことか?」

 いまいち理解出来ていない輝十に一茶がわかりやすく補足する。

「そうだよー! サラブレットってことかなぁ。しかも下級悪魔の淫魔と四大悪魔のオリエンスだから人間で言うと身分差を越えた恋?」

 と、身振り手振りで説明し出す一茶を後ろから蹴飛ばす杏那。

「もうっ! なにするの!?」

「ちょっと足が滑っただけぇー」

 子犬のようにきゃんきゃん吠える一茶を無視し、杏那は大きく溜息をつきながら頭をわしゃわしゃと掻く。

「……ま、全部その通りなんだけどさぁ。そういう特別視ってーの? 好きじゃないんだよねぇ、俺」

「んだよ、俺は特別視なんかしねえだろ。もっと早く言ってくれりゃーいいのによ」

「あははーごめんごめん」

 杏那は手を顔の前で合わせて、軽い調子で謝る。

 口ではそう言いながらも輝十なりに杏那の微々たる変化を感じ取っていた。菓汐のようにミックスという曖昧な立ち位置は色々とあるのかもしれないし、それが何か偉い悪魔の血筋なら余計にかもしれない。

 だからそれ以上何も言えずにいると、満を持した慶喜がその言葉を放つ。

「はっきり言おう。あなたの存在が邪魔なんだ」

 表情一つ変えずに言う慶喜に、杏那は冷めた顔で言い返す。

「ふーん、あっそ。だからなに? あんたが俺をどうにか出来ると思ってんの?」

 その威圧感だけで、慶喜は冷や汗を流すがぐっと唇を噛みしめて堪える。

「その取引はお断りさせて頂くよ。もちろんいいよねっ?」

「よくねえよ! 埜亞はどうすんだよ埜亞は!」

 速攻で突っ込んでくる輝十に向かって、呆れかえった溜息を漏らす杏那。

「助ければ別に取引しなくてもいいってことでしょ」

 言って、一歩前に歩み出る。

「お、おい! 杏那……?」

 杏那は輝十の声かけに応えず、真っ直ぐに慶喜を見据える。その射るような目線に反発するように慶喜も見つめ返した。

 杏那は静かに瞳を閉じ、そしてゆっくりと瞼を持ち上げる。その瞳に真っ赤な炎を宿して。

 茜色の瞳と炎を宿したかのような紅い髪――その妖艶な姿は男の姿だというのに一瞬で目を奪われてしまう。

 それを目にし、さすがの慶喜も息を飲む。しかしながら覚悟を決めた身。

 慶喜の黒い髪が静かに浮かび、漆黒の瞳が群青色に染まっていく――が、浮かび上がった前髪の下に隠れていた、もう一つの瞳にはもう輝きがない。

「もうそっちの目、見えないんでしょ。片目で戦うつもりなんだー?」

「……問題ありません」

 緩んだ口元を引き締め、拳を握ったり開いたりを繰り返し、爪先で地面を何度か蹴る。まるでスポーツ選手が本番直線にする仕草のように。

 空気が一瞬で凍る。

 それはまるでこれから流れるレクイエムに反応しているかのように。

「俺が食い止めてる間に黒子ちゃんを頼むからね」

 杏那がそう言った瞬間、光と光がぶつかり合うかのように物凄い速さで交差する。

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