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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第6話 『フィールド・リバーシ 中編』
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(13)

「あれ? なんでおまえらが一緒に……」

 慶喜と埜亞の組み合わせは輝十にとって意外程度だったが、杏那は違和感を抱いており、輝十の傍らで眉間にしわを寄せた。

 一茶はその光景を見て何かを感じ取ったらしく、

「なになに? 修羅場ぁ?」

 なんて好奇心を露わにし、輝十の制服の裾をくいくいっと引っ張る。

 慶喜は輝十の問いにも、杏那や一茶の視線にも応えず、無言で埜亞の手を引っ張り、

「……千月くん? き、きゃあっ!」

 引っ張った勢いで、そのまま自分に引き寄せ、意図も簡単に片手でひょいと抱きかかえた。

 慶喜が肩に埜亞を乗せた瞬間――

「まずいわッ!」

 身を潜めて様子を窺っていた聖花が慌てて叫びながら姿を現す。

 もちろん輝十にはその聖花の言葉の意味がわからない。わかるのは尋常じゃない焦りようから感じる危機感だ。

 それでも慶喜は冷静だった。埜亞を抱えたまま屈み、もう片方の手を地面につく。そしてそのまま印を組むかのように指先を器用に動かし、口を小さく開いて術式を唱えた。

「危ない!」

 その危険性にいち早く気付いたのは杏那だ。慶喜を中心に地面が真っ黒に染まり、赤い魔法陣が現れ、そこからすべてを引き離すかのように暴風が吹き荒れる。

 杏那は瞬時に輝十の腕を掴み、足に力を入れてその場に留まるが、暴風はそれを幾度も邪魔する。次第に地面が割れ、杏那の足の形に沈んでいった。

 一茶は咄嗟に竹刀を地面にさして凌ぎ、近くにいた聖花から魔力を供給して円状の薄い膜を作り出していた。その防壁で輝十を保護すべく、輝十達の元へ歩み寄る。聖花は対暴風を起こし、目の前で風と風を対立させていた。

「輝十! だいじょうぶ?」

「ああ、なんとかな。こいつのおかげで助かったぜ」

「このまま吹き飛ばされてたら壁に叩き付けられて内蔵バーンだよ、まったく」

 杏那は足先を揺らし、こびり付いたコンクリートの破片を取り除きながら言う――と、同時に風が収まった。

「一体どうなってんだよ……これ」

「黒魔術の一種だと思うけど、悪魔が人間の術を使うってあまり聞かないんだよねぇ」

 杏那が真っ黒に染まった地面を見ながら言うと、

「んなっ……!」

 風が収まると共に中心部から慶喜が姿を現した。予期せぬ事態を引き連れて。

「埜亞!?」

 さっきまで慶喜に抱えられていた埜亞は、光の鎖に体を縛られて宙に浮いていたのである。

 一度大きく刻まれた赤い魔法陣は縮小し、埜亞の足下でまるで息をするかのように揺れ動いている。

「き、亀甲縛りみたいな拘束の仕方しやがって……なんなんだよこれ!」

「さぁ? 宣戦布告的なものじゃないの?」

「けしからん拘束だ……早く助けないと……」

「輝十、声色と顔が一致してないんだけど」

 にやけ顔を抑えることが出来ない輝十に、杏那は呆れた顔をして突っ込んだ。

 埜亞は光の鎖で全身を縛られることにより、元々大きなおっぱいが激しく強調され、これでもかというぐらいにでかさを主張していた。

「よくわかんないけどぉ。フィールド・リバーシの制限時間もあと少しだし、これって計画的犯行ってことだよねっ。ねーねーいい? 戦っていいよね?」

 その豊満すぎる女神の象徴に目を奪われていた輝十は、一茶のその言葉で現実に舞い戻る。

 戦いたくてうずうずしていると言わんばかりに、竹刀を構えて口元を緩める一茶。

「そうね、私も同意見だわ」

 ここぞとばかりに殺気を放つ聖花。

「いいでしょ? だーりん。私ずっと見てたのよ、こいつの動向。最初は大丈夫かもって思ったけど、私の思い違いだったみたい。こいつきっと初めからこのつもりだったんだわ」

 忌々しそうに言う聖花の顔は苦いものだった。自分の判断ミスを責めているのだろう。

「だめだ。状況を把握しないと」

「だーりん!?」

 聖花の声には、こんな時にそんなことを!? という思いが込められていた。一茶も納得いかない様子だったが、輝十が言うなら……と仕方なく受け入れているようである。

 杏那はそれを黙って見ており、輝十と同意見らしかった。

 ここで戦いを挑んでも何も解決はしない、と輝十は思うのだ。本当は今すぐに駆けつけたい、埜亞を助けたい、その気持ちは聖花と同じなのである。

 そんな心を必死に宥め、抑えつけ、冷静を呼び覚ます。拳をギリギリと握り締め、自分を保っていた。

 輝十は他にも気になることがある。


「争いも、乱暴も、好みません。正直、俺は悪魔とか人間とかどうだっていいんだ……」


 と、言っていた慶喜のことだ。

 これは本当に彼の意志で、望んでやっていることなんだろうか? 


「……守るために手段は選ばない。選べないんです」


 違う。絶対に違う。

 きっと彼は悩んでいたはずだ。葛藤していたはずだ。だからこそ、そんな無防備な言葉を自分に放ってしまったのではないだろうか?

 彼は誰かの為にこんなことをやっているんじゃないだろうか? 自分の意志に反し、それは誰かを守るために。

 輝十はそう思いたいという願望も含め、そんなことを考えていた。

 そんな輝十の視線を受け、心を見透かすように、

「そんな心配はいりません。僕の意志ですから」

 と、冷たく言い放つ慶喜。

「ち、千月くん……?」

 埜亞はそんな慶喜に視線を送るが、慶喜はその視線をも無視する。

 おかしい、と埜亞は思っていた。拘束されて、一番の危機的状況に陥っていながらも腑に落ちず、一番納得いかなかったのだ。

「彼のご察しの通り、これは人間が作り出した黒魔術の一種です。フィールド・リバーシ中における魔力の使用は制限されますから。黒魔術は大変便利なんですよ」

 平坦な声色で言う慶喜に、同じく平坦に返す杏那。

「代償を払ってまで、きみは何をするつもりなの?」

「代償?」

 輝十がその語句に瞬時に食いつき、傍らにいた一茶が答える。

「黒魔術は普通の魔術とちょっと異なるんだよ。その術式の発動は発動者の代償を原動力に行われる。魔力だけで成せるものじゃないんだ。そもそも悪魔が使うものじゃないもん」

 輝十はそこにまた違和感を抱く。代償……そんなものを払ってまで守りたいもの……それが何なのか、それを導き出すことが解決の糸口になるのではないか、と考えたのである。

 こうまでしているのに自分を敵を見る目で見ない輝十に、慶喜はわざと嫌味を含んだ言い方をする。

「人間が他人に危害を与えるために作り出した、不道徳な魔術ですよ。怖いですよね。そうやって無意味に傷つけ合う。その為になら代償さえも払う。それが人間なんでしょう? 実に下等だと思いませんか? 下級悪魔の我々より下等ですよ」

 挑発するように言っているのだろう。しかしそれが無理をしてるように見えてしまうのは、輝十も埜亞も同じだった。杏那だけが涼しい顔をしている。

「どうして、ですか……」

 埜亞は悲しげに慶喜を見下ろすが、慶喜は気にも留めない。

「目的は? 目的はなんなんだよ」

「取引です」

「同じ悪魔の俺が言うのもなんだけどさぁ、悪魔との取引ほど信用出来ないものはないよねぇ」

 杏那が口を挟むと、

「全くだわ。何が本当の目的なのよ。早く言いなさい。じゃないと力尽くで……」

 聖花が小さな竜巻が身に纏いながら言い、それを輝十が慌てて制す。

「とりあえず聞くだけ聞く。いいだろ?」

「構いませんが……お忘れですか? こちらには人質がいるんですよ。拒否権はないと思いますが」

 輝十はきっと慶喜なら埜亞に手を出さないだろう、という先入観を抱いていた。慶喜はそれがわかっていたので、あえて埜亞を傷つける行為に出る。

 本気、を見せつける為に。

 埜亞の小さな悲鳴と共に制服は引き裂かれ、埜亞の溢れんばかりの胸を支える下着が露わになった。

 一瞬で何が起きたのか埜亞は理解していなかった。引き裂く刃物のような突風がきたかと思えば痛みはない。

 その痛みは傷みとなって、次第に埜亞の心臓を握りつぶす。

「い、いや……いやっ……!」

 埜亞はここにきて、現状を把握したのだ。嗚咽のように小さく否定する言葉を吐く。

 見られたくないのに隠したくても隠せない。自分の恥ずかしい姿。

 埜亞は恥ずかしさのあまり泣きそうになっていた。目に涙をいっぱい溜めて首を左右に振っている。

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