(11)
「ほらほらぁ、早く早くー」
「わ、わーってるっての! そんな焦らせんなよ!」
輝十と杏那は白い制服の生徒を追いかけ、行き止まりまで追い込んだところで二人で挟み撃ちにする。
「わりぃな、これも学校行事ってことで許してくれ」
予め手を合わせて謝り、怯える人間生徒を石と化す。
その光景をベンチに腰掛け、遠くから眺めていた一茶は目を細めた。
彼らはここにくるまでに何人かと遭遇している。行事だからと割り切って悪魔と人間でペアになっている組もいくつか見かけていた。
だからこそ一茶は思う。輝十達ほど友達同士のように親しげなペアはいなかった、と。
あくまでその場で組まれた即席なペアに過ぎない。ぎこちなさは拭えないし、上下関係も目に見えている。しかし輝十達には上下関係は存在しないし、主従関係も存在しない。
「……まるで昔からの友達同士みたーい」
一茶はつまらなさそうに呟いたが、それが思った率直な感想だ。
つい最近知り合ったもの同士とは思えないやりとり、そして一茶の退治士の家系の目から見ても納得のいく息のあった動き。
一茶は二人から少し距離を置いて見れば見るほど、二人の関係性が気になり出す。
「あーぁ、もう無理ぃ……」
追いかけた生徒を石にし終え、ベンチに戻ってきた杏那は座るなり背を預けてぐったりする。
「なに言ってんだよ。これからだろ? 一位になろうぜ、一位!」
同じく戻ってきた輝十が興奮気味に言うと、
「そう言われてもねぇ。おなかすいて力出ませーん」
おなかを触って見せる杏那。
「そういえば、おまえ男の姿だもんな」
「おとこのすがた……?」
一茶が不思議そうな顔をして口を挟む。
「ああ。こいつお腹いっぱいになると女の姿になるんだぜ」
輝十は笑いながら杏那を指して言うなり、自分の胸の前で手の平を丸く動かしておっぱいを表現する。
そんな冗談に一切触れず、一茶は口元に手を添えるなり首を傾げた。そして口の端を吊り上げて嫌味な笑みを刻み、静かに口を開く。
「……そっかぁ、噂は本当なんだ」
一茶はベンチから立ち上がり、両手をお尻のところで組んで突きだし、鼻先が触れあうぐらいに近く杏那の顔を覗き込む。
「その溢れる魔力を性型を変えて抑制するといわれている、クイーン・オブ・ナイト」
楽しそうに喋る一茶を無表情で見つめ返す杏那。
「クイーン・オブ・ナイト?」
聞き慣れない単語に輝十が反応を示し、一茶は杏那から顔を離して輝十に近づいて腕に絡みつく。
「しらないっ? 黒いチューリップのことだよ。女型にも男型にもなる彼の二つ名みたいなものかなぁ?」
そして無邪気な子供が大人をからかうように、下から上目遣いで答えた。
「お、おう。なんだそれ。おまえってそんなに有名なの?」
腕に絡みつかれた輝十は動揺しながらも杏那に問いかける。
「さぁ? 周りが勝手にそう呼んでるだけでしょ」
問いかけられた杏那は、聞かれたくないことを聞かれたと言わんばかりに顔を逸らし、むすっとしていた。
「淫魔のくせにクイーンとかナイトとかしっくりこねえな」
一茶はくいくいっと輝十の制服の裾を引っ張って、自分に意識を呼び戻し、
「うん、だってそれはぁ……」
何かを告げようとしたが、無言で立ち上がった杏那に首根っこを掴まれて引き離されてしまう。
「ちょっとぉ! なにするのっ?」
「うるさい。そろそろ次行こ、次」
杏那は一茶の首根っこを掴んだまま引っ張って歩き出す。
「んもぉ! 離してくれないっ? すっごいかっこわるいじゃん! 男の美学に反するんだけどっ!」
「男か女かわかんない見た目のあんたがなに言ってんのさぁ」
「き、きみが言うぅ!? それきみが言うぅ!?」
口喧嘩しながら歩き出す二人に置いて行かれた輝十は、そんな二人の後ろ姿を見て首を傾げた。
「……うむ」
輝十達、三人の様子を隠れながら見ていた菓汐は小型タブレット端末を取り出し、何かを打ち込んでいく。
生徒達には公にされていないが、フィールド・リバーシでは教員によるポイント評価が行われている。制限時間内に最後まで残った者の中で代表を選ぶ際に重要視されるものだ。
評価の基準は“協調性”“共闘性”“個々の能力性”“石にした生徒数”である。
もっとも高く評価されるのは人間と悪魔の織り成す“協調性”である。ほとんどの生徒同士が即席のペアとなることやペアすら組もうとしないことを考えたら、このポイントが一番取得しにくいものだと考えられる。それと同時に今後の学園生活でもっとも重要とされるスキルなのだ。
そしてその上で石にした生徒が多いと更にポイントが高くなっていく、というわけである。
菓汐は養護教諭の薦めで、その手伝いをしていた。
生徒目線での協調性は特に興味深く、教員では感じとれないものが多くあるだろう、というところから参加することが許されたのだった。
よって管理委員として、別の観点からの評価として、教員とは同等ではないにしろ大きく影響のあるポイントとなる。
もちろん評価しているのは輝十達だけではないが、菓汐は主に輝十達の後を追っていた。
「べ、別に……だからどうというわけでは……」
そう自分に言い聞かせる菓汐。しかしつい目で追ってしまう輝十を見て、思わず顔が熱っぽくなる。
『おまえがどうしたいか、どうなって欲しいか、自分の意志で管理すればいい』
養護教諭の言葉を思い出し、菓汐はぎゅっとタブレット端末を握り締める。
「自分がどうしたいか、か」
あの時、自分を助けてくれた輝十を思い浮かべ、ミックスでも関係ないと言ってくれた言葉を思い出し、胸の奥がきゅうっと苦しくなるのを感じた。しかし決して嫌な苦しさではない。
今までそんなことを言ってくれた人は、悪魔にも人間にもいなかった。だから自分が悪いのだと、自分が穢らわしいのだと、そう思うことで自我を保ってきたのだ。
それを崩壊させ、彼は自分に自分であるきっかけをくれたのである。
自然と口元が緩み、穏やかな気持ちになる。しかし彼がその後おっぱいについて熱く語っていたのを思い出して冷静さを取り戻し、げんなりした。
「そういうところさえなければな……」
それでも彼は彼女にとって特別のように感じられ、にやにやする気持ちを抑えることは出来なかった。一人でいるからか、気が緩んでしまうのだろう。
そうこうしている間に輝十達を見失ってしまい、焦って周囲に神経を研ぎ澄ませた、その時だった。
「!」
菓汐は心臓を鷲掴みにされたかのような、恐怖と緊張感を一気に味わう。
心音に落ち着くよう必死に呼びかけ、息を潜め、無駄だとわかっていながらも気配を消す。
「こんな行事やる意味ないっすよねー!」
その男子生徒の声は聞くだけでハイテンションだと判断出来る。それだけ浮かれている声色だった。
「そうね、すごく意味のないものだと思うわ」
そんな男子生徒とは打って変わって、落ち着いているしっとりした声色の女子生徒。
菓汐は二人の会話を聞きながら、ここで動くよりは相手の出方を窺った方がマシだと考えた。どうせバレているのだから。
そこには記憶に新しい、家森全の姿と学年主席であらせられる華灯歩藍の姿があった。
テンションの高い全が華灯の一歩後ろからまるで子分のようにくっついて歩いている。
「教室戻りますか?」
輝十達が向かった方向とは逆方向に歩きながら全が華灯に問う。
「ええ。屋上に行こうと思うのだけど、家森くんも一緒にどうかしら?」
「は、はいっ! 喜んで!」
犬のように尻尾を振ってついてくる全に冷めた笑顔を向ける華灯。
「あ、あの! なんで俺に声かけてくれたんですか?」
それはまるで“普通の年頃の少年”のように、恥ずかしそうに、しかし勇気を振り絞って問いかける全。
華灯は冷めた笑みを維持したまま答える。
「どうしてかしら。私の気まぐれかもしれないわね。だったら振り回してごめんなさい」
「いえいえいえいえいえ! そんな! 俺なんかでよければ振り回しまくってください!」
それは憧れの女性の傍らにいれるだけで幸せだ、と言わんばかりの姿勢だった。
全は華灯についていきながらぼやく。
「つーか、こんな時に慶喜のやつどこ行きやがったんだよ」
そのぼやきを聞いて、華灯はほそく笑んだ。そしてそのまま視線を菓汐がいるであろう所へ移す。
「そうね、そういえば千月くんの姿が見当たらないわね。面倒なことに巻き込まれていなければいいのだけど」
まるで凍り付く菓汐に言って聞かせるかのように白々しく口にする。
「…………」
校内へ入っていく二人を見て、菓汐は追うか悩んだ。
自分が追ったところで何が出来るというのだ。しかし止められるのは自分だけじゃないのか? 自分が出来ること、自分にしか出来ないこと……。
灰色の私がすべきこと。
菓汐は輝十を、そして一緒に助けてくれた埜亞達のことを思い浮かべながら決意し、二人を追うことにする。
「……邪魔はさせん。絶対に」