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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第1話 『不幸は突然やってきた』
5/110

(5)

「話は戻るんだけどよ。そんでこの制服の色ってのは……」

 と、輝十が本題に戻ろうとした時、起立という号令がかけられてうやむやになってしまった。

 解散していく二階の上級生達を見る限り、精霊式とやらは終わりなのだろう。

 なんだ? 上級生はわざわざ制服に色つくのを見にきたってことか?

「新入生、着席。これより組み分けキットを配布する。一列目から順に前へ」

 どうやら今度はステージにはあがらないでいいようだ。ステージの前に並んだ教師達が小さな袋を新入生に渡していく。

 それと同時に上級生がいなくなった二階と一階が真っ黒な遮光カーテンで閉め切られ、講堂内が一気に薄暗くなった。

「おい、今度はなにが起きるってんだ?」

 埜亞に小声で問うと、

「く、組み分け、式、です」

 おどおどしながら震えた声で答える。

 薄暗い中でそんな喋り方をされるとホラーでしかなかった。

「組み分け式? 何回式やんだよ、ここの学校は」

「ひうっ!?」

 もちろん埜亞相手に不満を言ったわけでも責めたわけでもなかったが、何故か埜亞は怯えていた。

 四列目の番がきて、組み分けキットを貰った輝十は席に戻って首を傾げる。

「なんだよこれ」

 それがごく普通の反応だ。

 驚きも何もしない埜亞の反応が異常なのである。しかし気になって周囲を見渡すと輝十のような反応をしている生徒は稀であった。

 簡易的に透明の袋に入れられているのは、真っ黒な正方形の紙で、サイズは折り紙ぐらいだろうか。そして裁縫用にしては少し太めの金針。裁縫用ではない証拠に糸通しの穴が空いていない。そこに制服と同じ五芒星が掘られている。

「な、今度はこれで何すんだ?」

「へっ!? たっ、多分、契約的、なこと、だと……お、思います」

「契約? なんだそれ。入学手続きみたいなもんか?」

「そ、そう……です、ね」

「おまえ普通に喋れねえの? おっ、おも、おもい……とか、吐息交じり辞めろって」

 変なことにしてる気分になるだろ! あ、いや別に悪い気はしねえんだけどよ。

「はぅあっ!? ごっ、ごめ、ん、なさい……」

「……三十歳童貞の高貴なる現代魔法使いについて知りたいか?」

「知りたい! 凄く知りたいです! 教えてくれるんですか!?」

 なんなのこのギャップ。萌え要素ゼロなんですけど。

 どよーんとした重いオーラから、きゃっきゃした女の子らしいオーラに変わった埜亞は身を乗り出して輝十に迫る。

 そんな埜亞を手の平で押しのけて、輝十は再びその組み分けキットを見た。

「行き渡ったようだな。では開封し、中の紙と針を取り出して下さい」

 女教師の指示に従い、新入生達は一斉にキットを開けて紙と針を取り出す。

「開け終わったか? では次に、その金針で左手の親指を刺し、紙に血を一滴でいいので垂らして下さい」

 避けて通れないので仕方がないが、輝十は正直嫌だった。痛い思いをするのは精神的だけで充分である。

 嫌々親指に刺し、血を紙に擦るようにして垂らした。

「後はその紙を各自終わるまで直視して下さい」

 へ? 紙を見てろってことか? 血を垂らした黒い紙を眺めてろってどんなオカルト儀式だよ……。

 そう思っていたのも束の間で。

「んなっ!?」

 ただの真っ黒な紙だったそれが、火に炙られているかのように真っ赤な文字を浮かび上がらせていく。

 輝十は激しく何度も瞬きをし、目をごしごし擦り、再び紙を眺める――が、それは幻覚でも見間違いでも何でもなかった。

 それは現実だったのだ。

 まるで呪いに使うような奇妙な記号が浮かび上がると、それは次第に日本語へ変換されていく。

「契約書?」

 そう浮き出てきた下には“契約者名”として自分の名前が書かれており、校長印らしきものも浮かび上がっている。

 やはり埜亞が言った“契約”というのは入学手続きのようなものだったのだろうか。しかしそうだとしても、こんなマジックじみた手続きがあっていいものだろうか。ここは一応国立の高校だったはずだ。

「契約……はっ! もしやこれは!」

 身を捧げる契約!? あしながおじさんという名のロリコンショタコン変質者と交わす、奨学金と貞操の等価交換……。

 輝十は想像しただけでもぶるぶるっと身震いがした。

 だらしない体つきのショタコンババァならまだしも、俺の場合はぜってえショタコンの下劣なおっさんに決まっている。

 この非現実的なシステムよりも輝十にとっては今後の自分の身の方が心配だった。

 泣きたい気分で紙を再び見ると、

「……今度はなんだ?」

 さっきまでの文字がすべて消えて、円状の小さな魔方陣のようなものが書いてあった。その魔方陣の中心部には某お友達のマスクのような“目”があった。

 目のマークの瞳は渦を巻いており、見ている人間の目を回してしまいそうだ。

 輝十が気になってその“目”を覗き込むと、

「あだっ!」

 コンタクトにゴミが入った時のような傷みを両目に感じ、目をぎゅっと閉じる。

 チクリとした痛みは一瞬ですぐに消えた。コンタクトとは無縁の輝十は、目にゴミでも入ったのではないか、と涙を溜めて擦る。

「目にチクリとした痛みを感じれば完了だ。講堂を出る時に回収します」

 その女教師の言葉が終わりを告げていた。

 輝十ははっとあることを思い出し、目を擦りながら急いで隣を見る。

 もしかしたら埜亞が眼鏡を外したのではないか、と考えたのだ。

「ひえっ!? ど、どう、どうしました、か?」

 視線に気付いたらしい埜亞は物凄い早さで眼鏡をかけ、残念ながら輝十はその姿を拝むことは出来なかった。

 輝十の方を向いた彼女の顔は再び本に隠されている。おまえ映画泥棒の本バージョンかよ。

「各自クラスを確認後、休憩を挟んで入学式を行う。十一時までに体育館に集合するようにして下さい」

 女教師のその言葉が解散の合図となり、起立・礼の流れを経て、新入生は一斉にざわつき始めた。背伸びするもの、周囲と会話するもの、その空気は入学式らしいものだった。

 無知とは時として幸せである。しかしその反面、必ずいつかリスクを負うもだ。

 輝十はまさか自分が今そういう状況だとは夢にも思わないだろう。


「クラスってどうやって確認すんだ? な、埜亞ちゃ……あれ?」

 隣にいたはずの埜亞は既に姿を消していた。解散と共に講堂を出たのだろうか。

「連れねえなぁ。でもま、そんなもんか」

 やはり女の子は女の子同士がいいだろうし、と特に深くは気に留めなかった。同じ学年なのだ。何れまたどこかで会うだろう。

「ここで俺が『男の子は男の子同士がいいだろうし』って言うと超展開になるんだよな……どんなファンタジーだよ」

 輝十の同性と腐女子への警戒心は、いつどこでもいかなる時も薄れることはない。

 この場合、誰かに話しかけるのが妥当である。しかし輝十はその方法は選択しなかった。

 あの不特定の視線がそうさせるのだ。

 入学式初日で同性を魅了しても困るので、輝十は人の流れを観察しつつ、流れにのって校内に入ることにした。

 一度クラス分けを確認する為に校内に入った輝十だったが、その時は“張り出されたクラス分けの紙”を捜すことだけを目的としていた。だから気付かなかったのである。

「うわっ! な、なんだこれ!」

 教室の出入り口に設置されたプレート。これは小学校や中学校でも存在したクラスや教室を現すものだが、なんとそれがすべて真っ黒なのだ。黒いプレートというだけならまだわかる。何の文字も掘られていないのだ。

 しかし不思議と次第に文字が見えてくる教室もあった。

「……教員室?」

 いわゆる職員室のことだろう。真っ黒なプレートに光のような文字で刻まれている。

 プレートが見える教室、見えない教室があり、見えない教室の方が圧倒的に多かった。

 階段を上り、恐らくここが新入生の階なのだろう。生徒が教室前でうろうろしているのが見受けられた。

「あ!」

 その中で唯一クラスが見えるプレートがあり、輝十は思わず走って教室に向かう。

「お! Ⅰ-Ⅲって見える! つーことは、ここのクラスだってことなのか?」

 輝十が教室の入口でプレートを見上げると、

「ひやっ!?」

 聞き覚えのある悲鳴が耳に入った。その声の主に目をやると、

「よ、また会ったな。もしかして埜亞ちゃんもⅢ組なのか?」

 同じくプレートを見ていた埜亞が輝十の存在に気付いて悲鳴をあげたのだった。

「そ、そう……です」

「へえ、同じクラスってわけだ。よろしくな」

「は、はっ、はあぁっ……」

 返事をするのかくしゃみをするのかどっちかにしろよ、と突っ込みたくなったところで、

「……あ、あり?」

 埜亞は踵を返して走って逃げていってしまった。

「俺、なんかしたっけ」

 逃げるようなことをした覚えはなかった。スリーサイズ当てたり、おっぱい揉むぞって言ったぐらいで、何も覚えはなかった。

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