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俺の不幸は蜜の味  作者: NATSU
第5話 『フィールド・リバーシ 前編』
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(9)

「試しにやってみるー? どうせ輝十のことだからよくわかってないでしょ」

「どうせってなんだよ、どうせって!」

「まあまあ、いいからいいから。おなかすいて力あんまりないし、手早くお願いするよん」

 杏那は輝十を手招きし、気絶している悪魔を挟んで自分と反対側に立つように促す。

「そ、それで……どうすんだ?」

 さっきの一茶を見て、少し楽しみになっている自分がいた。照れくさそうに手首をいじってブレスレットを二度見する。

「やっぱりわかってないんじゃん」

 問い返す輝十にじと目を送る杏那。

「い、いいから! ほら、早くやっちまおうぜ!」

 急かす輝十に向けて、杏那は溜息を漏らして説明を始める。

「本当は相手の目を見ないといけないみたいだけど……そのあたりはちょっと改変しても平気かなぁ」

 横目で一茶を見る杏那。

 その視線に気付いた一茶は硬直し、しかし頷きもいなければ返事もしない。

「改変ってなんだよ。勝手に変えられるのか?」

「まあ、これぐらいなら。誰かが傷つくわけじゃないからねぇ、大丈夫だと思うし」

 杏那は突然緩んだ表情を引き締め、真剣な顔つきになり――その瞳は茜色に染まっていく。

「気絶している奴に向かって手を翳して“チェック”」

 輝十は言われるがまま気絶している悪魔に両手を翳す。

「チェ、チェック!」

 気絶している悪魔の元に光の魔法陣が現れ、すぐに升目に変わる。

 体に何かが流れ込んでくる感覚がし、心の奥底にある誰も触れられない自分だけの何かが掴まれ、高ぶっていく感覚に陥る。

 まるで体が浮いてしまうかのように軽く、みなぎる感じだ。

「手を叩いて“ターン”」

「ターン!」

 と、輝十が言った瞬間、空を突き抜けるように光が立ち上ってその生徒を包み込み、生徒は気絶したまま白い石と化した。

「い、石……!?」

 目の前で石になった生徒を見て、輝十は驚いて尻餅ついてしまう。

「な、なぁ、杏那。こいつどうなるんだ? ちゃんと元に戻れるのか?」

「大丈夫だよ。これが終わったら元に戻るし、人間であっても生命に問題はないからねぇ」

「そうか、ならよかった」

「ほんっと説明聞いてなかったよね、輝十」

 呆れたように言う杏那だったが、心中は違った。ほっとしていたのだ。

 例え自分を狙ってきた相手であろうとも命の心配をする優しい彼に、魅力を感じずにはいられないのである。

「情けは人のためならず、だねっ。でも僕なら迷わずやっちゃうなぁ」

 輝十の背中からひょいと顔を出し、石化した生徒を無邪気に見つめる一茶。可愛らしい顔でさらっと残酷なことを口にする。

「きみと輝十を一緒にしないでくれる?」

「僕達は人間同士だもん。一緒だよーだっ。ね、輝十?」

「なにが?」

 まるで威嚇し合う猫同士のように睨み合う二人を見て、

「なにがどうなってそうなってんだよ……」

 事態が飲み込めない輝十は一人困り果てていた。

「しかしあれだな。某錬金術師みたいなポージングだな」

「んー? ポーズはどうでもいいんだけどねぇ。やりたいようにやったらいいよー」

「なんかこう、せっかくなら必殺技みたいなのがいいよな! やっぱ!」

 輝十は楽しそうに語り、ブレスレットを触った。

 二人の親しげな空気を読み取り、一茶は気後れしてしまうが、

「なにやってんだよ、早く行こうぜ」

 輝十に声をかけられて、はっとする。

「え? でもぉ……」

「なに遠慮してんだよ。同じチームだろ?」

 輝十は言って、自分の制服を掴んでひらひらさせて見せた。

 一茶は眉尻を下げ、確認するかのように杏那に視線を送る。

「輝十の言う通りなんじゃない? 俺は構わないよ」

 と、言いながらも杏那は決して好意的な表情はしておらず、顔は明後日の方向を向いていた。

「あ、こいつ? こいつなら気にしなくていいから。ほんっと気にしなくていいから」 

 杏那にちらちら視線を送る一茶に気付いて輝十がフォローを入れ、一茶は改めて一緒に行動することを決意する。

 無言で輝十の腕にしがみついたのが、その返事だ。

「……って、なんでまたしがみつくんだよ!」

「またホモに近づくんじゃないの、輝十」

 つまらなそうに言う杏那に、全力でそれを否定する輝十。

「女の子みたいな男の子はノーカウントだろ!?」

「あれぇー? おっぱいで判断するおっぱい神であらせられる輝十様がそんなこと言っちゃう? 言っちゃうぅ?」

「うぐっ……!」

 杏那の正論は輝十に大ダメージを与えた。精神HPがマイナスになるほどにダメージを与えた。

 そうだ、俺は神なのだ。おっぱいのだけど。

 おっぱい神であるこの自分が、いくら神秘的に可愛いからといって揺らいでいいのか? 否、だめだ! だめなんだってばあああああ!

 頭を抱えている輝十の制服を袖をくいくいっと引っ張り、一茶は視線を彷徨わせる。

「あ、あのねっ、輝十。俺、男の子だから女の子は無理だけど……男の娘ぐらいになら喜んでなるよ!」

「なるな! 紛らわしいから絶対になるなっ!」

 即答でお断りする輝十。それこそ世の理に反してしまう程に性別の判別が出来なくなってしまうので勘弁願いたい。


 一方、その頃。校内にて。

 輝十達と同じ黒に所属している聖花は、色の違う埜亞を追っていた。色が違うので協力することは出来ないのだが、心配で追いかけてきてしまったのだ。

 聖花は決してそれを口にしないし、自分でも認めたくはない。素直になろうとも思わない。

 それでも彼女の中には彼女なりの譲れないものがあり、信念がある。それを貫き、突き進む。だからこそ埜亞を放っておけないのだった。

「なにやってんのよ、あのバカ……」

 むしろ自分こそ何をやっているのだろう、と問いたかった。

 本来ならすぐにでも輝十の元へ駆けつけたかったのだ。しかし埜亞を気に留めずにはいられなかったのである。

 埜亞はいつもの分厚い本を抱きしめ、どうすればいいかわからずきょろきょろしながら立ち尽くしているところだった。

 しばしそこで立ち尽くした後、なにやら結論が出来たようで小走りで廊下を走り出した。

 聖花は埜亞に気付かれないように、身を潜めながらその後を追う。

 埜亞は図書室を訪れていた。ドアの前で左右を確認し、中へ入っていく。

「……そんなところも似てるのね」

 聖花は思わず独り言を漏らした。

 まず協力者を見つけないことにはこのゲームは始まらない。一人でうろうろしていても誰かに裏返しにされるのがオチだ。それだけならまだいい。ルールを無視する輩が現れたら……?

 それが自分と同じ黒なら、手出しをすれば失格行為とみなされてしまうかもしれない。

 聖花は苛立ちを抑えきれなかった。イライラだけが募っていく。

 無計画に動く無防備な埜亞にも苛立ったし、何よりそんな彼女を自分はためらいなく助けてしまうだろうことが一番苛立った。

 手の平を握って開いてを繰り返し、その苛立ちを必死に抑え込もうとする。

 図書室に人の気配はしなかった。埜亞は窓から校庭を見下ろそうと窓際に向かい、

「き……きゃあああっ!」

 悲鳴をあげ、自分の口を両手で抑え込む。分厚い本が床に落ちるのと共に埜亞も尻餅ついた。

「!?」

 聖花は飛びだそうとしてすぐに本棚の後ろに身を潜めなおした。

 埜亞の目の前には白い石になった生徒がいたからだ。それに驚いて尻餅ついたのである。

「驚かせんじゃないわよ、もう」

 聖花がほっとして溜息を漏らしたところで、埜亞が立ち上がり――聖花はその気配に気付いて戦慄する。

「埜亞!?」

 埜亞は自分の名を呼ばれたことに気付き、ゆっくりと振り返る……が、そこには予想外の光景が待っていた。

 目に移る、目前に迫る、黒い制服の女子生徒。

 埜亞の体感速度はスローモーションだが、実際は物凄い速さで迫り狂っている。

「まずいわ」

 女子生徒は単独だ。つまりゲームを無視した行動に出ようとしているのである。離れていても感じる程の殺気を放ち、我を忘れた勢いで埜亞に襲いかかろうとしていた。

 聖花が慌てて身を乗り出そうとしたところで、

「目を逸らさないで!」

 第三者の声がし、一旦身を隠す。

 今度は男子生徒の叫ぶ声がし、埜亞は言われるがまま自分に迫る黒い制服の女子生徒を直視した。

「そのまま、チェック!」

「……ちぇ、ちぇっく!」

 埜亞はそれを慌てて口にすると、迫る生徒を光が包み込み、足下に升目が現れて動きを封じ込めた。

 自分の体内に何かが流れ込んでくるのを感じ、埜亞の表情は自然と引き締まっていく。

 ブレスレットが光り輝き、埜亞の髪が赤いリボンと共に靡く。そして制服がまるで下から風が吹き荒れているかのように浮き上がった。

 これが何を示しているのか埜亞はわかっていた。だからこそ沸き上がる好奇心を抑えることは出来ない。

 そこにはもう、弱い彼女は存在しない。

 その瞳はしっかりと目の前の女子生徒を射止めて離そうとはしなかった。

「ターン!」

 生徒を包み込む光が天井を貫き、そのまま生徒はその場で黒い石へと化す。

 聖花はその様子を訝しみながら固唾を呑む。

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