(8)
この少しの間で輝十達は完全に囲まれていた。
もちろんそれだけならゲームとして窮地だ。悪魔と人間に挟まれたらオセロでいう“裏返し”にされてしまうからだ。
しかし“裏返し”にされる心配はなかった。
こんなか弱そうな一茶をますます置いていくことが出来なくなる。だからといって奴らを相手に喧嘩する術など持ち合わせていない。ゆえに逃げることが唯一の策だと輝十は考えたのだ。一茶ぐらいなら抱きかかえて逃げることが出来る。
と、思案を巡らせていると――
「お、おい! 胡桃!?」
可愛らしい女の子のような容姿から、もしかしたらこの状況に怯えているのではないか、と思ったらそれは全くの見当違いだった。
胡桃は別人のような鋭い目つきをして立ち上がり、輝十を庇うようにして前に立つ。
「おかしいよね。人間と悪魔で協力しないといけない行事なのに」
そう言っている一茶の口元は何故か笑っている。まるでこの状況にわくわくしているかのように。
「ねぇ、協力するつもりなんて最初からないってこと?」
一茶は背中の竹刀を左手に握り、周辺に語りかけるように話す。
「ねぇってば」
やや間があき、もそもそと4人の男子生徒が姿を現した。
「時間はまだ十分あるんだし、遊んでから協力しあったっていいだろ?」
4人とも人間を惑わすには十分すぎる容姿をしている。きっとイケメン好きの女子高生ならホイホイその顔と言葉に釣られて、開かずの股を開いてしまうのではないだろうか。
それこそが淫魔であり、手口である。
もちろん男の輝十にとってそれがどんなに美少年だろうとイケメンだろうとそういう対象にはなりえないので、この状況を喜ぶことはなかった。むしろピンチである。
「貞操の危機再び……」
自分達を囲む4人を見渡しながら、輝十はぼそっと呟いた。
綺麗な顔立ちをしていながらも下卑た笑いを零している時点で程度が知れている。
やはりこうなるのか、と輝十はがっかりした気持ちにもなった。学校行事の一環であっても人間と協力するような悪魔ばかりじゃないということだろう。慶喜達が脳裏を過ぎる。
「大丈夫だって、本番はなしだから。俺らも校則に触れるつもりはないしね」
見た目は本当に人間そのものなので、イケメンが軽いノリで女の子を口説いているようにしか見えない。
「ちょ、本番じゃなくても嫌に決まってんだろ!」
輝十はそれを聞いて突っ込まずにはいられなかった。むしろナニを突っ込まれてたまるかよ!
やっと最終回を迎えたと思っていたホモ展開に、輝十は全身が猛烈に痒くなっていた。逃げることよりも体を掻くことに必死である。
「なんで寄りにも寄ってスクブスじゃねえんだよ……」
けしからん可愛い悪魔女子に言い寄られた方がまだ断り甲斐があるというもの。男に言い寄られて本気で断るなんて展開、誰が得するんだよ!
嫌すぎて頭を抱えている輝十の前で竹刀を構える一茶。
「……胡桃?」
彼は本気だ。素人から見ても、その構えは素人ではない。さっきまでひ弱で女の子のようだった彼の背中が男らしく見えてくるから不思議だ。
「僕だけじゃ……役不足、かな?」
握っている竹刀が違う竹刀に見えて……いやいやいやいやいや!
一瞬頬を染めてしまう輝十ははっとなって、男相手にナニを考えているんだと頭を抱えて絶叫する。もはや彼にとって敵は目の前ではなく、自分の中にいるようだ。
「僕だけじゃ、だめ?」
一茶はゆっくりと制服を脱ぎ捨てる。その色っぽすぎる脱ぎ方に輝十は目を奪われてしまっていた、途端――
「ギャ―――――!」
脱ぎ捨てたブレザーが宙を舞い、輝十の頭を覆い隠してしまった。
突然目の前が真っ暗になってしまった輝十は余計に混乱に陥った。とうとう禁断の世界にでも足を踏み入れてしまったのではないか、俺は罪人か、と一人で騒ぎ立てる。
混乱し、散々叫び、ブレザーの存在に気付いた輝十は頭からそれをとる。
その時には既にコトは始まっていた。
「どうなってんだよ、これ……」
輝十の目に映った光景は予想だにしないものだった。
一茶は人間とは思えない身軽な動きで、飛んだり避けたり、迫り来る悪魔を受け流して竹刀で打ちのめす。攻撃に迷いも容赦も一切ない。相手が悪魔だからだろうが、それでもあんな虫も殺さないような天使顔をして想像もつかない威力で叩きのめしていた。
ただの人間に何故あんな動きが出来るのか。それを目にすれば誰もが抱く疑問だろう。
聖花の時も慶喜の時もそうだ。特殊な能力を使い、彼らは人外であることを力を持って示してくる。
目の前の4人もそうだ。拳そのものに力を込めて攻撃してくる者もいれば、芝生を棘のようにして放ち、胡桃の身動きを止めようとする者もいる。
だが胡桃はそのすべてを交わし、距離を一瞬で縮め、竹刀を振り下ろす。
それは少年漫画に出てくる主人公のようなかっこよさ。軟弱に見える彼が体に対して長く見える竹刀を振り回し、可憐に敵を薙ぎ倒していく姿。
さっきまでの一茶はもういない。勇者のような男らしさだけが彼から滲み出ていた。
ぐったり倒れ込んで呻き声をあげながら気絶した4人を見渡し、一茶は深呼吸する。そして振り返って元の可愛らしさを含んだ笑みを輝十に向けた。
「ど、どうかな? 僕、男らしかった?」
照れくさそうに頬を染める。顔と台詞が一致していない。
「あ、ああ……おまえ強いんだな」
輝十は改めてその場を見渡す。そして歩み寄ってきた一茶を見た。
この人形のように細い彼がたった一人でやった、結果だ。もし彼が一人でやったと聞いてもきっと信じられないだろう。この目で見たからこそ信じられる。それほど彼はギャップが激しかった。
自分はなにをやっていたのだろうか。
ここにきて初めて、輝十は自分の無力さを実感した。もちろん自分に何か出来るとは思っていない。逃げるぐらいしか出来ないだろう。それはわかっていることだ。
それでもこうして目の前で違いを見せつけられたら――輝十は男として抱かずにはいられなかった。
悔しさ、を。
「この人達の魔力をね、頂いて戦ってたんだ」
一茶は手首につけたリングを顔の前に翳して輝十に見せる。それは人間生徒に配られたリングである。そのリングが何かを主張するかのように光を放っていた。
「リングが光って……!」
「うん。これで制御してるみたいだよ。規制がかかってたもん。このゲームではゲームに必要な分だけ、リングを介して使えるみたいっ」
言われて輝十は改めて自分のリングを観察した。もちろん光っていない。
「魔力を頂くことなんて出来るのか?」
一茶は小さく首を横に振る。
「んー悪魔の種類や相性にもよると思うけど、普通は契約を結んだ相手だけだと思う。僕はそういう家系の人間だから……」
言って、竹刀を背中に納めた。
「ふーん。退治士の家系、ってところかなぁ」
屈んで倒れている悪魔を突き、起きないことを確認しながら杏那が呟く。
「杏那!? てめえ遅かったじゃねえか!」
「なにそれぇーもしかして待っててくれたのかな?」
「待ってねえよ!」
即答で答える輝十。しかし少しほっとしているのは紛れもない事実だった。
……しかし一茶にとっては違ったようで。
輝十に近づいてくる杏那を睨み付ける一茶だったが、杏那を間近で目にして一瞬にして顔が青ざめる。
「あれぇー? 輝十ってば、また新しい女の子捕まえたの?」
「女の子じゃねえよ。よく見ろ! ほら、ここ! こーこ!」
「きゃあっ!」
輝十は一茶を羽交い締めにし、見ろと言わんばかりに胸を強調させる。一茶は思わず女の子のような悲鳴をあげた。
そんな一茶をまじまじと見つめ、笑顔を向ける杏那。しかし目が笑っていない。
あわあわしている一茶にそっと顔を近づけ、
「……まだソレ言わないでね」
釘を刺すように耳元で呟く。
一茶は杏那を一睨みし、輝十の拘束から一瞬で逃れ、傍らに移動して輝十の腕に抱きつくようにしてぎゅうっと絡みついた。
「な、なんだよ、急に」
まるで杏那に怯える子猫のようで、不思議に思う輝十。
「おまえ、なんかしただろ」
「なーんにもしてないよ、なーんにも」
杏那は明後日の方向を見てわざとらしく肩をすくめる。
「ま、とにかくぅ。ゲームはもう始まってるからねぇ」
話を反らすように話題を変え、杏那は再び気絶している悪魔の所まで歩み、見下ろす。