(6)
まるで狙っていたかのように、杏那の台詞と共に号令がかかる。
壇上で喋っているのは今朝会ったばかりの魔術婦と呼ばれる資格を持つ養護教諭だった。ハスキーな声がざわついている講堂内に響き渡る。
「既に分かっているものも多いだろうが……」
養護教諭の喋り声と共に同時進行で教員達から配られる小袋。
「なんだこれ。あれ? おまえのは?」
「それ使うの人間のみだからねぇ」
細めのブレスレットが二つ入った小袋が回ってくるが杏那の分はない。
「そのブレスレットは人間生徒のみに配布している。行き渡ったか? 手元に届いたらすぐに装着しろ」
輝十は言われるままに両手首につける。一見普通のシルバーブレスレットだ。
疑問符を頭上に飛ばしまくっている輝十の傍らで、埜亞は嬉しそうに自分の手首を見ている。
「いいか、一度しか説明しない。聞き逃すなよ」
言って、養護教諭は咳払いする。
「これから行うのは“フィールド・リバーシ”という一学年で行う恒例行事だ。難しく考えなくていい。学年交流のゲームみたいなものだ」
養護教諭の説明が始まるとわかりやすいように左右に立体映像が現れる。
「既に精霊式で色分けされている制服の色、黒と白。それがいわゆるチームみたいなものだ」
模範的生徒の立体映像が白い制服と黒い制服で現れ、見やすくわかりやすいようにゆっくり回転する。
「フィールド・リバーシというのはリバーシそのもの。黒と白の制服を着たおまえ達自身が石となって行うわけだ。そしてリバーシの盤面はこの学園敷地内全域」
ここで既にわけがわからなくなって混乱していた輝十は、助けを求めるように埜亞に視線を向ける。
「つまりオセロですよ。私は白い石。座覇くんは黒い石ってことです」
「そこまではなんとなくわかるんだけどよ」
輝十が埜亞に問いかけたところで、養護教諭が続きを口にする。
「わからん奴の為に追加説明しておいてやろう。リバーシというの盤面を使って黒と白の石で行い、同じ色で違う色の石を挟み、自分の色に変えていくゲームだ。フィールド・リバーシも要領は同じだ。同じ色の制服同士で違う色の制服を挟み、自分の色に変える」
養護教諭はマイクを握り直し、前のめりになる。
「いいか、問題は“どうやって色を変えるか”だ」
ここが本題なのだろう。そう思わせる喋り方と雰囲気を醸しだしている。
「人間と悪魔で協力しなければ色を変えることは出来ない」
予め知っている生徒もいたが、知らなかったであろう生徒はざわつき始める。
「悪魔の魔力を人間に供給し、その魔力を使って人間が相手の制服の色を変える。どちらが欠けても出来ないシステムになっている」
更にざわつきだす生徒達を静めるかのように、養護教諭が教壇を叩く。
「ちなみに色を変えられた生徒はその場で本当の石になるからな。無様な姿を晒したくなければ協力し合うことだ。もちろん終了後戻る。生命に問題もない」
養護教諭の口元が緩み、どこか楽しそうな口調に変わった。
「配布されたブレスレットで必要以上の魔力が体内に送り込まれないようになっている。ついでに魔力を扱えるようにもしてくれる。言わば術具だ。大事に使え」
輝十は再び自分の手首を見る。そんな大層な物には見えないのにな、と不思議だったのだ。
「人間と悪魔で嫌でも協力しないといけない。これがこの行事の一番の目的だろうね」
杏那がなにげなく言ったその言葉には重みがあった。
人間と悪魔が協力しなければならない――それは輝十自身は成せることだ。杏那や聖花を拒否しようとは思わないし、協力しなければならないとなればもちろんする。
しかし他の奴らはどうなのか? それを考えると輝十は慶喜達の姿が思い浮かんだ。
「方法はシンプルだ。人間と悪魔で相手を挟み、人間が相手の目を見て「チェック!」すると地面に升目が現れる。そうしたら「ターン!」で石を自分の色にする。その繰り返しだ。制限時間内に残った者が今年度の代表となる。もちろん不正や危険行為は“色ごとのペナルティ”だからな。連帯責任だということを覚えておけ」
以上、と言い終えた養護教諭はマイクを置いて壇上を降りていく。
立体映像のおかげで輝十にも割とわかりやすく、ある程度は理解することが出来た。ある程度は、だが。
しかしそれでもわからないことがあり、気になって埜亞に問うた。
「な、今年度の代表ってなんだ?」
「学年の代表……学年委員長みたいなものです。黒の代表、白の代表を決めるんです。そしてその人達がリーダーとなって一学年を取り仕切ることになるんですよ」
「そのトップも各色二名ずつ、人間と悪魔で選出するんだよー」
埜亞に続いて、杏那が補足する。
「……あのさ、なんでおまえらそんなに詳しいんだ?」
輝十は自分があまりに無知すぎてついていけず、しかし二人は予め知っていたかのように解説してくれることが不思議で仕様がなかった。
「え、えっとぅ……」
埜亞が言おうか言うまいか迷っている様子だったので、
「三大式典で貰った学園についての説明書類。まーったく読んでないでしょ、輝十」
杏那が代わりにはっきりと言ってやる。
「はぁ? んなもん、読むわけねえだろ。俺は携帯の分厚い説明書は読まないで使って覚える派なんだよ」
どや顔で言う輝十を呆れた顔で見る杏那。
「とりあえずやってみりゃわかるんじゃない?」
おろおろしている埜亞を落ち着かせる意味も含めて、杏那はそう言い放った。
そうやって話している間にも事は進み、ざわつく講堂内を生徒達が動き出す。色ごとに分かれ始めたのだ。
「なるほどな、色で固まるってわけか」
輝十は動き出す生徒達を見て、はっとなる。
白と黒に分かれていく生徒達。ならば、その“どちらにも属さない色”の生徒は一体どうなるのか。
「……おい、これって微灯さんはどうなるんだよ」
それは少し苛立ちを含んだ声色で。決して杏那を責めているわけではなかったが、結果責めるような言い方で問うてしまう。
「参加権限が与えられないかもしれない……ね」
輝十の意をくんで、はっきりと、しかし茶化すような言い方はせず答える。
もちろん自分にはどうしてやることも出来ず、しかしここで知らんぷりすることも出来ない。輝十がそんな複雑な心境で菓汐に視線を送っていると、
「心配するな。私なら大丈夫だ」
言葉をかける前に菓汐から声がかかる。
それは力のない笑みではあったが、笑うことを忘れてはいなかった。輝十の気遣いを嬉しく思っていたからこそ、ここで今までのようなきつい表情を浮かべることはなかったのだ。
「体育を見学するようなものだ。気にしてはいない」
きっと気にしていないというのは嘘だろう、と輝十は思う。
どうにかしてやれないんだろうか……と思案を巡らせた時だった。
「微灯。おまえはこっちへ来い」
生徒の隙間を通ってやってきた養護教諭が菓汐を呼びつける。
「え……?」
もちろん展開が読めず、菓汐は困惑する。
「いいから来い。おまえには私の手伝いをしてもらう」
「手伝い……とは?」
まどろっこしいことが嫌いな養護教諭は菓汐の腕を掴んで引っ張り、無理矢理連れてその場を離れていく。
「び、微灯さんっ!?」
埜亞が驚いて名前を呼んでいたが、輝十は逆に安心していた。きっと何か養護教諭に考えがあるのだろう。今朝のやりとりから強引で乱暴ではあるが、信頼は出来ると輝十は判断している。
「まあ、任せるのが一番だよねぇ」
「だな」
立ち去っていく菓汐の姿を見て、やっぱりね、灰色だもんな、などこそこそと菓汐をバカにするような言い方をしている生徒を輝十は睨み付けた。
「あ、あのっ! わ、私も……そろそろ、いって、きます」
周囲の生徒を睨むことに神経を奪われていた輝十は、埜亞のその台詞で我に返る。
「そっか、埜亞ちゃんは制服白だもんな」
「はいっ。一緒じゃなくてすごく残念です……」
埜亞は本当に残念そうにしており、分厚い本を抱きしめている手が小刻みに震えていた。普通にしているつもりだろうが、それを見ればいかに不安なのかがわかる。
「一人で大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですっ! もう……大丈夫です! いってきますね」
埜亞は震えてはいたが、フードを被ることはなかった。赤く大きなリボンを揺らし、笑顔でその場を離れていく。
「何かあったらすぐ言えよ! 色とか関係なく!」
その後ろ姿に輝十が叫ぶと埜亞は振り返って嬉しそうに手を振った。
「大丈夫かな、あいつ」
杏那は駆けていく埜亞の背中を眺めながら、輝十の言葉にすぐ反応出来ずにいた。どうしてもこの間の一件が引っかかっていたのだ。全も慶喜も制服は白……埜亞と同じ色、ということになる。
「……変なことに巻き込まれないといいけど」
「は!? 変なことってなんだよ、変なことって!」
その一言が輝十の不安を煽ってしまい、質問攻めにあってしまう。
「もしもの話だよ、もしもの話。大丈夫だってばー」
杏那はめんどくさそうに輝十を振り払って、黒い制服の集まるところへ先に向かった。